炎の大魔導師とわきたつ競馬場 -10-
「それはそうと、あなたの顔がリンリンシチーの掲示板にお尋ね者として張り出されているのを見ましたが、そのように堂々と顔出ししていて問題はないのですか」
わたしは中身のないうわべだけの会話は好みません。会話をするのなら意味のある内容か、もしくは完全にくらだらない内容かの二択に限ります。
「ああ、あれか。きみの言葉を借りるなら、問題ないよ。あの写真にはわたしの顔に髭があっただろう」
「髭どころか、目は虚ろ、顔色は悪く、完全にコソ泥の風貌でした」
「コソ泥とはきみも口を慎みたまえ。わたしはドゥバイーの王族なのだよ。ほら、ごらん。今のわたしは王族の馬主として完璧な格好をしているだろう。スーツはアルモー二だし、靴はフェラカモ、時計はパテットフィリップ。だれもあんなお尋ね者の小汚い写真とわたしが同一人物とは気づくはずもないよ、ハッハッハッ」
確かに身なりは整っていますが、お尋ね者は通常変装くらいします。基本の顔が変わっていないのなら、バレないと考えるほうがただのお気楽者です。
「仮にフレデリックの正体がドゥバイーの王族説であるなら、なぜお尋ね者として追われているのか、理由を簡潔に説明してください」
「王族説って……。本人がそうだといっているのだから、素直に信じたらいいではないか」
「不可能です。フレデリックのこれまでの言動および行動に、信じるに値する余地は微塵もありません」
ドゥバイーの王族であるなら、供も連れずにどこでもひとり歩きなのは不自然ですし、不在の酒場に侵入していたのも、なにより炎の大魔導師であるわたしに自称氷の大魔導師として前触れもなく決闘を申し出てきたのも、すべてにおいてチグハグで、説明がつかないことばかりです。
「・・・・・・どんな見た目になってもミリアはミリアのままなのだな。きっとおばあちゃんになっても変わらないのだろうな」
フレデリックはふいに空になったわたしのどて丼が入っていた器の横に、小さなターフショップのビニール袋をそっと置きました。
「これはなんですか」
「いいから、開けてみたまえ」
ビニール袋の中から出てきたのは、リバティンのバッジでした。金属製のしっかりしたものです。
「貸してごらん」
フレデリックはわたしの手からそのバッジを受け取ると、わずかにかがんで、わたしの襟元にそのバッジをつけてくれました。ほんのりさくらの色合いの、春にピッタリなかわいいバッジです。
ふだんのわたしなら、炎の大魔導師として似合う色は赤一択ですが、少女化した今なら、薄いピンク色も似合わないこともないかもしれません。
「きみにあげるよ」
さきほどフードコートに入る前、軽くトイレ休憩をはさんだので、そのときターフショップに寄って買ってきたのでしょう。
このリバティンとは、レース中に不慮の事故で亡くなった牝馬です。G1をいくつも勝つようないわゆる名牝でした。もう彼女が懸命に走る姿を見ることはかないません。
「リバティンはありがたくいただきますが、論点のすり替えと買収行為は好みません。二度目は問いません。お尋ね者になった理由を10秒以内に述べてください。10、9、8、7……」
リバティン。わたしにあやしきものを追求する力を貸してください。




