表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

残された郷土資料

 疲れからなのか、あるいは度重なった恐怖由来のストレスからなのか。やけに重く感じる体になんとか喝を入れて、天秋(たかあき)は大学の研究棟へと足を踏み入れた。

 少し歩いては立ち止まり、ため息をついてそろそろと進む。そんなことを繰り返しながら、目的地である高見教授の研究室の前にたどり着いた。


「天秋?」

咲紀(さき)…? 高見教授に用か?」

「うん。ほら、この間の講義で怪異譚を現実的に読み解く方法の話があったじゃない? 実際の資料を見ながら、読み方教えてもらえるって」

「あ。あー…そうか、今日だったっけ…予定登録するの忘れてた」

「天秋はもう読み方知ってるから来ないかと思ってたよ。前に先輩に教えてもらったって…あれ? 先輩だっけ? でも、陽大(あきひろ)以外の先輩…??」


 朗らかに話していた咲紀だが、自分の言葉に首を傾げた。

 彼女は天秋の幼馴染なので、天秋の交遊関係が然程広くないことは知っている。だからこそ、その関係性を持つ知人に該当する人物がおらず、過去の出来事と整合性が取れていないことを不思議がっているのだ。


「でも、サークルに入ってなくても陽大だったら知ってそうだし、高見教授とも仲良さそうだから、可笑しくないかな」

「そう、だな」

「……陽大、どこにいるんだろうね。無事だと良いけど」


 天秋の歯切れが悪い返事を、咲紀は「兄のように慕っている先輩が、実は行方不明になっていること」を思い出して沈んでいる、と考えたようだった。

 実際、間違ってはいないので特に訂正はしないが、咲紀に連絡があったことを伝えるべきかは悩むところだ。

 これまで連絡のあったタイミングや、頑なに居場所を伝えようとしないこと、意図的に帆菜実(ほなみ)との関係を断とうとしていること。ーー何より、あの腐り落ちる寸前の毒蜜を滴らせたような雰囲気を漂わせていたことを話す気にはなれなかった。

 話してしまったら陽大が自分たちの元に帰ってこなくなる、そんな確信めいた考えが頭にこびりついて離れなかった。



 研究室の中に入ると、(うずたか)く聳えた紙と本の地層の影で、高見教授が何かの資料を熱心に読み込んでいた。

 扉の開閉音は聞こえていたらしく、資料から視線は外さなかったものの、彼の学生達が入室したことには気付いたらしい。


「あぁ、もうそんな時間か。すまんね、先に資料を確認させてくれ。急ぎでね…」

「はい、わかりました」

「あの、サークル所属のあきひ…高平先輩の私物回収を頼まれてますが、どこに…」

「高平くんの私物なら、そこのロッカーに入ってるよ。ダム湖に沈んだ村の郷土資料で、汚したくないって置いていってね。手書きだと読めないレポート書くけど、調査とかはしっかりやる子だよ」


 休学になってるけど、戻って来なさそうで残念だよ。


 何気なく付け加えられた言葉に、咲紀と顔を見合わせた。陽大が休学していた事自体、初耳だった。

 高見教授によれば、当初は退学予定だったが、理由が家族看病のためとなっており休学でも復学・就職に影響は少ないだろうと休学となったそうだ。ただ、本人が復帰は難しいかも、と零していたらしい。

 復学するつもりがなかった、あるいはなくなったから処分を頼まれたのか、と天秋は苦く思った。

 紙の束が、紙の地層に戻される音がする。

 「急ぎ確認の必要な資料」の精査が終わったらしく、高見教授のウキウキとした視線が2人を捉えた。


「さて、待たせたね。約束通り、資料の読み解き方についての補講を始めようか」


 それから数時間の間、彼の言葉は絶えることを知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ