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ミシロの末裔2

 デッキに入れ替えたディスクを再生すると、キュルキュルとデッキは音を鳴らすだけで、画面には何も映らなかった。

 再生ボタンを押しても、停止ボタンを押しても、情けない音をさせているだけのデッキに天秋(たかあき)は困惑する。

 叩こうとして手を伸ばして、ここが「異界の図書館」であることを思い出したからだ。

 映像再生用のデッキーーつまり、調子の悪い機械ーーに対してなぜかやってしまう「叩いたら直る」を実践しようとして、頭の片隅に「これは本当に機械なのか?」という疑問が浮かぶ。


「…どうしよう…」

「なんだ、壊したのか」


 背後からかけられた声に、びくりと肩が跳ねる。

 驚きながら振り返ると、トレードマークの赤い上着を着た不遜な態度の司書が立っていた。


「壊そうとしたわけじゃない」

「故意なら、出禁にしてやれるのにな。…再生できないのか。それなら、気合いが足りないんだろ」

「気合い? …やっぱり、これ…付喪神とかそういう…?」

「違う。貴様の気合いが足りてないんだ、愚鈍(ぐどん)」


 司書が言うには、閉架記録庫は異界の施設であるため、電力の代わりに利用者の生体エネルギーを使っているらしい。

 使い慣れていない利用者の中には、メディアを再生させる時に「見るぞ」と気合いを入れなければ今の天秋のように再生ができないと司書たちに泣きつく者も多いという。


「その設備案内は、毎回説明してほしい。忘れる前提なんだから、死活問題だろ」

「シミになったり、ミイラになるのは貴様たち生きた人間だけだ。神々からしてみれば、微々たるエネルギーで、大した負担ではない。イレギュラー側に合わせたりはしない。人が望み、神が許すから立ち入れるんだ」


 どうせ忘れるだろうが、と司書が嘲るように言う。その態度にカチンときた天秋は、正面から司書を睨みつけながら問いかけた。許可はどちらの神が出したのか、と。

 天秋の問いを聞いた司書は、ニヤリと唇を歪める。


「…どちらだと思う? 当てられたら、再生できるようにしてやろう」

「いや、仕事なんだから再生できるようにしてやれよ、肇(はじめ)」

「ッチ。口煩い奴がきたな。…それなら、智史(さとし)がやればいい。実践はしたことがないだろう、新人?」

「む…万が一のフォローは頼むぞ、先輩」


 赤い上着の司書に向かって、聞き覚えのある声がかかる。

 声の主を追って視線を向けてから、やはり、と天秋は思った。

 旧知の仲であることを隠さずに赤い上着の司書を肇と呼び、彼から智史と呼ばれていたのは大耕(だいさく)だった。

 彼の訃報を清斗(きよと)から聞いていたが、「閉架記録庫の司書」になっている事実が、彼の死を否応なく天秋に突きつける。


「よし! 再生できるようになったぞ、谷縞くん。…しかし、この量を…全部見るのか」

「ミイラになってくれるなよ」


 2人の司書は、それぞれ天秋の肩に軽く手をおいて、去っていく。

 それは激励のようでもあり、後継者に何かを託した者たちが退場していくようにも見えた。


 改めて画面を見ると、黒背景に白い文字で「ミシロの末裔」とタイトルが表示されていた。

 取り替える前のディスクの映像と違うのは、文字が任侠映画で見かける様な荒々しく角ばった毛筆のフォントだったことだろうか。


「何と抗争する気なんだよ、紙代村は」



 ようやく映像を見始めた天秋は、首を傾げた。

 音声はなく、なぜか白文字の文章が下から上に流れるように移動していく。宇宙を舞台にした一大スペースオペラ映画の冒頭を彷彿とさせた。

 無音のまま流れていく文章を内心呆れながら目で追っていた天秋は、登場人物の紹介が流れ始めたところで、年代が清司の祖父の代よりも50年ほど遡っていることに気付いた。100年も前となると、その頃は無声映画が主流の時代だ。

 文章が画面の外に消えると、モノクロの映像が流れ出す。


(これ、サイレント映画ってことか? …フォントはともかく、普通に読み上げが必要なところを文字として流してただけ…?)


 しまった、と思いながら慌ててシークバーを戻し、文章を改めて追いかけた。

 簡潔なあらすじと登場人物紹介によれば、清司の祖父から3代前に、当主不在の時期が15年ほど続いた時の再現映像のようだ。


 身重の妻を残して、当主が事故で亡くなった。悲しむ間もなく妻は男児を出産する。

 しかし、未亡人が生きづらい時代だった。妻は巫の役目を全うすることを理由に、次代当主となる息子の養育から引き離されてしまう。

 息子が神の依代として十分に成長した頃には、既に天瀧家の当主がかろうじて継承してきた土地神への畏怖は消え去っていた。


『嗚呼、先代様に合わせる顔がない…! 天瀧の当主だけはミシロ様への畏怖を失ってはいけなかった』

『そんなことありませんよ、奥様。当代様は、無事、ミシロ様をその身に宿されたのです』

『貴方達にはわかりますまい。今に天罰が下される!!』


 彼女の言葉を証明する様に、その年、村全体を洗い流すほどの大洪水が起きた。

 流されていく村を、高台に避難していた幾人かの村人たちが、青い顔で見つめていた。


『村が…村が…!』

『ミシロ様を蔑ろにした報いです。加護を悪用し、ついには依代を肉の器たらしめたのですから』


 妻が神罰だと断ずると、1人の村人がその言葉を否定した。過去に神が与えた罰は干魃(かんばつ)だったはずだ、と。

 それに同調するように項垂れていた他の村人たちも彼女の言葉を否定し始め、遂には息子も否定した。

 妻は神通力が枯れたとされ、1人の村人の下に静養と銘打って監禁された。その村人は、彼女が巫となる前から想いを寄せており、先代当主の事故死もこの男が企んだものだった。


 画面は暗転し、再び白い文字の文章が現れ、ゆっくりと画面の上に向かって流れていく。


『世話役の男と懇(ねんご)ろになったと噂された妻は、貞女は二夫に見えずと残して自害した。以後、紙代の神主は陰で案山子(かかし)と呼ばれるようになった』




 再生の止まったディスクを取り替えながら、天秋は思わずため息をつく。

 見始める前は、何と抗争する気だ、と呆れる気持ちが強かったが、見終わってみれば紙代村の村人と天瀧家の抗争の記録だったことがわかる。

 以前、閉架記録庫で読んだ『蛇を神にした男達の手記』の時には「天瀧家の呪い」になるようなものはなかったはずだ。

 ならば、この抗争に敗れてただの肉の器となってしまったことがきっかけになったのだろう。

 ふと、この映像を誰が作ったのかが気になった。

 妻の動向や思考の方が詳しく読み取れ、かつ、それが「正しい」と感じるような構成になっていた。それであれば、彼女が主人公として設定されていたことになる。


(敗けた側の視点で作る…もしかして、天瀧家の誰かが作った? 案山子扱いされていることに気付いたから? それとも…)


 答えを求めて、天秋は新しいディスクの入ったデッキの再生ボタンを押した。




 タイトルの後に画面に映し出されたのは、喧々諤々に口論を交わす男達の姿だった。

 白衣に薄い青の袴を着た男の顔に、見覚えがあるような気がした。


『神社を移したいなんて無茶を言うな! 神社本庁に属してないんだ、絶対に揉めるぞ』

『ここら一体をダムにすると決めたのは国で、移動先も用意しているのは国だ。だったら、紙代神社だって移転させるべきだろう? なぜ問題になると?!』

『神社本庁は、国の機関じゃない。だから揉めるといってるんだ!!』


 ダム建設が決まった頃の話のようで、紙代神社も移転させるべきだという者と反対する者とで口論になっている。

 白衣の男に神主と、テロップが表示される。彼は神社の移転に反対する立場をとっており、加巳之皓御霊(かみのしろのみたま)との契約も終わらせるべきだと主張していた。

 対して、神社移転を推し進めたい一団の中に、シロマナの現社長・馬奈木がいる。

 新聞やテレビの特集で取り上げられた時に見た写真では還暦数歩手前といった風貌だったが、『ミシロの末裔』に映る姿は青年と言って差し支えない。


(ダム建設が決まって移住が始まる頃、だよな。あの年代だと、大学進学率は3割くらいだから、働いてる人の方が多いのか…)


 映像に映る神主も馬奈木も他の村人たちも、自分とそれほど変わらないように見えるが、村の運営に早くも関わっている。

 そういう姿を見ていると、大学生生活をモラトリアム期間と呼んでいたのも、なんとなく納得するものがある。


『移転するには土地が必要だが、行政は用意してない。用意があるのは、住民が住む家だけだ! 買わなきゃいけないんだよ。でも、買える金はないし、よしんば買えても社を建てるのに何年もかかる。その間、ミシロ様の社をどこに置くんだ? 天瀧家(ウチ)か? 民家にこぞって人が集まって拝んでたら、カルト扱いされるぞ』


 神主の口から具体的な危惧が飛び出し、流石に村人達も押し黙る。

 特にこの場にいる者は、コミュニティの中心人物であり、祟りを利用して利益を得ていることを知っているはずだ。

 既にコミュニティが形成されているところで、紙代村の習慣を押し通せば「カルト宗教」として警察に通報される可能性は誰も否定できなかった。


(ダム建設の時から契約を終わらせようって話はあったのに、今も続いてるってことは説得しきれなかったのか)


 うまく説得できていれば陽大(あきひろ)も帆菜実(ほなみ)も巻き込まれずに済んだだろうに、という気持ちがどうにも消せない。

 親世代が負債を解消できなかったことを、恨めしく思ってしまう。


(…いや、そもそも負債って思ってないか)


 つらつらとした思考を続けながら、場面が切り替わるのを見た天秋は、映ったものを正しく認識できずにぎょっとした。

 神主が若い女性に紙代村の様子を案内しているシーンだった。

 2人の足元では白い蛇が静かに這っていたのだが、神主が蛇を踏み抜き、それを咎めるように蛇がシャー! と威嚇したのだ。

 踏まれた蛇は特に怪我をしたということもないようで、威嚇はするが噛み付いたりはしていなかった。

 はっきりと威嚇音までしているが、神主も女性もそれに気付かない。


「どういう、ことだ…?」


 その後の映像でも2人は度々、蛇を踏んだり物を上に置いたりしていた。

 その度に蛇は怒りを表していたが、女性が正式に神主と結婚して巫になる頃には、危害を警戒してか2人から離れたところにいるようになった。


(もしかして、あの白い蛇が見えていない…?)


 これまでの一連の出来事の中で、大きさは違っても何度も白い蛇は天秋達の前に現れた。

 紙代村の歪みを表した料理本から。親友との通話越しに。親友の想い人の夢の中に。蛇嫁取りとそれを思わせる動画を観た者のもとへ。

 今や存在することを隠すこともない白蛇が超常の存在であることは、想像に難くない。

 天秋も、咲紀も、帆菜実も、陽大も、天瀧清司も。

 誰もこの白蛇の実在を疑っていなかった。


 だが、このディスクに収録されている神主と巫は、1度として白蛇の存在を認めるような行動をしていなかった。


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