末期の採取
耳障りなノイズが、波となって画面の上を走っている。
決まった時間で切り替わる光景は、時折乱れながら古い日本家屋の中を映し出していた。
音声は含まれていないのか、無人で音を立てるものが存在しないのか、映像からは区別がつかない。
「なんだ、これ…」
神のもとを去った少年から渡されたハガキ大の紙に書かれたURLを開いた天秋は思わず呟いた。
薄暗い屋内を延々映し出す画面の端に、現在日付と時間が表示されている。ライブカメラの映像だと察することはできるが、それが「どこ」なのかがわからない。ひたすら、どこかの屋敷の中を覗いているようで気味が悪かった。
「次も無人なら、見るのやめるか」
気味悪さに耐えるため、敢えて声に出して宣言する。
いくら都市伝説を積極的に集めていて慣れていたとしても、怖いものは怖いのだ。恐怖に対する耐性が強化されているわけではない。
天秋の呟きに応じたかのように、画面が切り替わった。
やはり屋敷の中にある無人の一部屋が映し出されるが、これまでのものとは様子が違っていた。
映し出された部屋を見て、天秋は眉を顰めた。
和室の中は入り口を除き、壁に黒と白の縦縞の布が取り付けられている。鯨幕と呼ばれる弔事の際に使われる幔幕だ。
途中に柱が垣間見えるので、4.5畳と3畳の続き間のようだ。よく見れば、畳の敷き方も「不祝儀敷き」という弔事の時のものになっている。
「…切腹の間、検死の間ってことか? しかも鯨幕」
これほど弔事を示す物が溢れていれば、何が起きたのか、あるいはこれから起きるのかはある程度の推測ができてしまう。
外れて欲しいと天秋が強く願っていると、ぎしっ、ぎしっ、と板を踏む音が聞こえてくる。
無音の映像ではないことが判明したのは、意図せずに呻く程度には天秋にとっては悲報だった。
廊下の奥から人影が現れる。能面を付けた男6人が、白い布に覆われた縦長の塊を乗せた戸板のようなものを運んでいる。その後ろを薄墨色の狩衣を着た清司が無表情で付き従っていた。
鯨幕の張られた和室の中に男達が入っていき、戸板を3畳間の中央に降ろすと、「中将」の面をした男が壁側に向かって一礼をする。
『大奥様、巫様。先代様の末期の採取を始めさせていただきます。長きに渡るお務め、ご苦労様でした』
カメラの死角に、どうやら人がいたらしい。
ただ、男の口上を聞いた天秋は、ぞわりとした。
当代の神主は清司だ。そして、大奥様と呼ばれたのは、先代神主の妻で清司の母親である女性だろう。
「末期の採取」が具体的にどういったものなのかは知らないが、加巳之皓御霊からの祟りによって出来た銀塊を体内から取り出すことを指していることは予想できる。
人前で、それも身内と呼べる者の前で行うことではない。
能面を付けた男達が戸板の周りに陣取り、白い布で覆った塊に手をかける。
男達は体格がよく、彼らの体が衝立のようになっていて直接の光景は見えなかった。直接見せないようにという配慮なのかもしれない。
人壁の隙間から、塊を覆っていた白い布が僅かに見えていたが、じわじわと赤く染まる。
『…ふふ、あはっ……』
不気味でグロテスクな光景だと思いながらも、目が釘付けになってしまっていた天秋の耳に、場違いなほど明るい笑い声が届く。
『あははは! ふふ、ふふふふふ』
『大奥様…? 笑うのは流石に…』
『採取ですって! うふふふふ、ふふふあ、は、はあははは!』
戸惑いの混ざった嗜める陽大の声は、大奥様と呼ばれる女性の笑声にかき消される。
明るいが、だが不規則に途切れてまた続く笑声に動じているのは陽大だけのようで、カメラに映る人間はそれに取り合おうとしない。
息子であるはずの清司も、笑い声を無視していた。
不気味な笑声に混じる陽大の声と、布を染め上げた赤が戸板を伝い、じわりと畳へ広がっていく光景だけが、天秋の知っているこの世の法則のように見えた。
女の笑い声が途切れると同時に、ごとり、と重い何かが置かれた音がした。
白木の台座に置かれたハンドボールほどの大きさの銀色をした塊は、ところどころヌラリと赤く光っていた。
この場のリーダーの役割なのだろう。「中将」の能面を付けた男が、恭しく白木の台座を持ち上げ、カメラの死角にいるだろう女性と陽大に向かって頭を垂れる。
『ご覧ください。素晴らしき実りにございます』
『あは、はははは、はは! 実り?! はははは!』
『ありがとうございます。これにて末期の採取を終わらせていただきます。先代様はミシロ様の元へ』
笑い続ける女性にはまともに取り合うことなく、「中将」の能面を付けた男は決められていた台詞を発して、すすす、と下がる。
それに合わせるように、残りの男達が戸板を持ち上げ、しずしずと和室から出ていく。
『はは、はははは! 何が、採取よ! 何が実りよ!!』
『お、大奥様! ちょ、危なっ』
『私も、アンタも! アンタが連れてきたこの子も!! 皆、最期はああなるのよ! 全部、沈んでしまえっ! 苦しめ! 私の、私たちの人生を返してよぉ……!』
清司が女を落ち着かせようと強めに声をかける。それが呼び水になったのか。
ガシャン、と大きな音を立てて、カメラの死角から車椅子が滑り込むようにスライドインして、倒れた。
車椅子から投げ出されるように黒い着物を着た男が倒れ、同じく黒い着物を着た女が組み敷くように男の上に乗り上げていた。体の大半が動かないのか、投げ出されたままになりながらも、男の辛うじて動く右腕が女の頭を庇うように掲げられ、血が筋を作って流れていく。
怪我を見てとった清司が助け起こすために、女に手を伸ばすと、彼女は激昂して手を叩き落とした。「蛇め、化物め、触れるな」と暴れる彼女を落ち着かせることを諦めた清司は、下敷きにされている男ーー陽大に彼女を任せて人を呼びに行ってしまった。
陽大の襟元を締め上げるように、女は自身の取り巻く人々を呪いながら号泣していた。
一部始終を見てしまった天秋は声が出てこなかった。
母親の拒絶と、その拒絶への対応は慣れているものだった。言葉が聞き入れられず、手が出るなら距離をとり第三者を介入させる。長年、繰り返された行動のように見えた。
ふと、閉架記録庫で見た記録の中に、巫になった者について触れられていたのは、依代になった神主の記録しかなかったことに気付く。
巫となるまでに意思を歪められたとして。
彼女達は婚姻を結んで子を成した後も、その歪められた気持ちのままでいるのだろうか? 意思が歪められていることを知らない者からすれば惚れ込んだ男に嫁いだことになるのかもしれないが、清司の母親を見るに、拒絶する例は珍しくないのかもしれない。
泥沼の人間関係という状態に、画面から顔を背けて天秋は突っ伏した。
「人間関係の解決は、行政とかにぶん投げよ…」
ふと、すすり泣く声が聞こえなくなっていることに気付く。いつの間にか、別の場所に中継が切り替わったようだった。
ノロノロと顔を上げると、画面の中央に白い布に包まれた塊、否、血の気がなくなって白くなった男が、薄い布団の上に寝かされていた。
頬は痩けていて神経質そうな印象がある。先代様と呼ばれていたということは清司と清斗の父親のはずだが、異母兄弟である2人と、血縁は感じなかった。
白い布が、画面の端でぬるりと蠢く。
布に紛れて白い蛇が遺体に近づいていた。足元から蛇行しつつ頭部に向かって、しゅるしゅると張っていく。胸の上に乗り上げ、白蛇はキョトンとしたような顔で男を見つめている。
かつて蛇たちの頭領の身となった相手だ。その死に気付いたのか、その身を擦り寄せるように首から頭をぐるりと迂回してまた胸元に戻ってくる。
天秋の脳裏に、この光景に良く似た都市伝説が浮かび上がる。
大きな蛇が飼い主の女性のベッドに夜な夜な忍び込んで来るが、朝になるとケージに戻っている。自分に懐いて添い寝しようとしているんだな、とペットショップの蛇担当に話したら、血相を変えて添い寝の理由を教えられる、というやつだ。
「……この都市伝説は知ってるから、現実に見せてくれなくていいんだけど!」
慌てて、ライブ配信を表示していたブラウザを閉じようと操作する。
都市伝説を知っているからこそ、この後の展開は予想が容易だ。
慌てているからか、画面が消えない。
映像の中で、白い蛇が口を開く。頭の大きさを超えて大きく、ガバリと。
配信のコメント欄に、コメントが増えていく。
『清斗の送り出し、ご苦労。これでアレらも未練はなくなるだろう』
『それにしても小心者よの、世では人気コンテンツと聞くぞ?』
『さて、おおよそ3週間。長月の晦までは保たんな。…まぁ、良い』
カメラの向こう側には、寝かされていた遺体はない。体を大きく膨らませ、折り重なった己の体に頭を乗せる白蛇だけが映し出されていた。




