蛇を神にした男達の手記
ページを捲る指に引っかかるような、乾燥してザラつく感触が天秋に手記が経た時間を教えているようだった。
『この地には、蛇が多い。村の者達は蛇を狩って焼き、その灰を草木のそれと混ぜて土に鋤き込んでいた。作物がよく実をつけるのだとか。だが、狩りすぎているように思う。鼠が増えてしまうし、どうしたものか』
『白い蛇がいた。珍しい。私を見て、何やら首を傾げるような仕草をしている。人間の白子は見たことがなかったのかもしれない』
『アレは毒を持っていないようだ。白子だが、強い個体なのだろう。村人にはつい、神の遣いだ、と言ってしまった。私は信じていないが、そう言って祀っている土地もある。嘘にはならないだろう』
具体的な地名は全く出てこないが、紙代村の者ーーおそらく天瀧家の先祖ーーの手記だろう。
アルビノだった「私」が、同じアルビノの蛇に愛着を持っているような記述が多い。
神の遣いと村人に言った後は、人間によって同族が適度に間引きされたことで、快適に過ごしているようだ、と書かれている。
(どこかで読んだ話に似てるけど、やっぱり思い出せない…もしかして、忘れた記憶の一部か…?)
天秋が小さく唸ると、ジロリと司書が睨んで来る。静かにしろ、ということらしい。
『巳皓はこのあたりの頭領になったようだ。そういえば、巳皓の子も、白子になるのだろうか? 私の方は…』
『文机の上にこの書付を出したままにしていたら、巳皓がそれを読んでいるような仕草をしていた。気の所為と思いつつ名を呼んでみたら、振り向いて私を見た! 本当に神の御使いなのかもしれない』
『巳皓の子が生まれたようだ。5匹のうち、1匹が白蛇だった』
『村の娘が、巳皓と楽しげに話していた。彼女はオトメというらしい。巳皓の言葉が分かっているように見える。私にはわからないのに』
『村の者達が、オトメとの仲を持たせようとしてくる。確かに器量の良い娘ではあるが…』
そのうちに、「オトメ」と「私」が祝言を、という話になった。
下位であっても神職にある身で結婚はできない、と「私」は断っていたが、村人の1人が「巳皓はきっと神の化身みたいなもんだから、アンタは神の依代、オトメはその嫁ってことにすれば良い」と言い出したらしい。
巳皓が頷いたことで、トントン拍子に話が進んでしまったようで、気付けば巳皓は土地神「加巳之皓御霊」という名を与えられ、村も土地神の音をとって「紙代村」と名乗るようになった。
(土地に住まう者の請願……!)
陽大が残した郷土資料で、この話を読んだ記憶がない。忘れてしまったのか、あるいは残されていなかったのか。
どちらにせよ、この記述は加巳之皓御霊の成り立ちを人間の目線から表したもの、ということになる。
蛇神が降臨した際に、「身を削って加護を与えた」と言っていたことも、駆除した蛇を焼いて肥料にしていたことを指していたようだ。
再びページを捲った天秋の手がピタ、と止まる。
『祝言の前夜、巳皓がやってきた。白い干からびた蛇を咥えて、だ。一瞬、仔の白子に何かあったのかと思ったが、抜け殻のようだ。…食べろ、ということらしい。あまりにも強く食べさせようとするので、欠片を粉にして飲んでみせた』
『夢を見た。巳皓がどう生きてきたのか、私をどう見てきたのか、巳皓の視点での夢だ。私が巳皓になるような、巳皓が私になるような心地だった』
『抜け殻を飲んでから、身体に力が漲っているように感じる。まさか、神となった巳皓と同化するような夢を見たから…? いや、そんなはずはない』
『首の後ろに、鱗のようなものができていた。恐ろしい。私は蛇になるのだろうか』
『妻となったオトメは、変わらず巳皓と仲良く話しているようだ。私ごときが神の依代になどなれるはずもない。オトメの方がよほど』
身体の軽い不調が消える代わりに、蛇になるのが怖い、恐ろしいと精神が不安定になっていく様が綴られている。
当時にそうと認識されていたかはわからないが、蛇の抜け殻は生薬として使われることもあると天秋は知っている。身体の不調改善はそれで説明がつく。
だが、何故こんなにも「私」は蛇になると恐れているのかが、わからなかった。下位とは言え神職にあるのなら、例え蛇であっても神と同化するような経験はむしろ歓迎するのではないのか?
首を傾げながらページをめくると、答えはすぐに見つかった。
『私は神への信心など持ち合わせていない。だから、神が私に降りる道理がない。なのに何故、こんな夢をみる? 何故、身体に鱗ができるのだ? そうか、これは不信心への罰なのか』
自身の信仰心を否定しているからこその恐怖だった。
(信じていないのに、神の存在は信じてるのか…いや、まぁ、それは現代日本人も大体そうかもな。いるかもしれないけど、自分は感じ取れない、そういう感じなんだろうな。……科学知識がなかったら、俺もこうなるかも)
少し「私」に同調するような気持ちになりながら更にページをめくると、見開きの途中で筆跡が変わった。
『この手記は、曽祖父が残したものらしい。曽祖父から祖父へ、祖父から父へ、そして父から私へと引き継がれてきた身代という役目は、神の依代と言われているが、肉体の乗っ取りであるようだ。巳皓様が人と…神妻である巫と交わる為に』
『今のところ巳皓様は身代の感情を無碍にされていない。だが、将来はわからない』
『村も大きくなり、新しい村人と古参の者との間でぶつかることが増えた。掟の存在を知らずに破る者もおり、時折、巳皓様が怒っていらっしゃるようにも見える…今の不作は、偶然のようにも思えるし、巳皓様からの警告にも見える。今一度、掟の周知と遵守を説かねば』
曾孫の代になってから、不作が続いたらしい。ふと、掟と書かれているものの内容が気になった。
村のルールと題されていた資料は確かにあったが、周知を徹底しなければならないものなどあっただろうか、と首を傾げる。
(いや、現代まで残らなかったルールって可能性もある、よな…?)
どちらにせよ、この異界の図書館から戻った後に調べるしかない。記憶が失われないことを呼び寄せた「身代の神」に祈りながら、天秋はまた読み進める。
しばらくすると、また筆跡が変わる。内心の荒れを現したかのように、荒々しい字だった。
『不調を訴えている村人が増えている。だが、病ではないらしい。不調を訴えているのは、新しく村に居着いた者が多いが、古参の者にもいる。私も、胃の奥が重い』
『胃の調子が悪いと思っていたが、昨夜、ついに嘔吐した。だが、吐き出したのは小石から赤子の拳程の大きさの銀の塊だった。その後は、胃の重さがなくなった』
『また、胃が重くなってきた』
『不調を訴えていた村人の1人が死んだ。飢えていたわけでもないのに遺体の腹がやけに膨れていた。不審に感じて秘密裏に腹を開かせたら、拳大の銀の塊が転がり出てきた。私が吐き出したものより、はるかに大きい』
『不調を訴えた者達が、死んでいく。死ぬ数日前から、食欲がなくなったり、血を吐いた者もいた。1つ共通しているのは、不自然に腹が膨れ何か硬いものが詰まっているようだった。胃が重くなった後、銀の塊を吐き出しているのは、私と妻だけのようだ』
『巳皓様が夢に降臨された。お言葉があったのは、5代前以来だ。巳皓様がおっしゃるには、銀が体に溜まるのは、我々が作物の商いを超える利益を求め、信仰を忘れた故の罰である、とのこと。やはり祟なのか』
『村の掟は信仰に基づいたものだったはず。だが、元の形が分からない。私では足りない、残さねば』
天秋が情報を読み取れたのはそこまでだった。その後のページからは筆跡が変わっても「死にたくない」「蛇に成ってしまう」「殺される」ということしか書かれていなかった。
(今残っている村のルールからは、既に信仰はなくなっている、ってことだよな。それに、信仰を取り戻そうとしているようにも見える。…だから、天瀧清司は高見教授に師事しようとしたんだろうか?)
考えながらも天秋がページをめくると、途端に瞼が重くなってきた。目に力を入れていても、すぐに力が抜けて目を閉じてしまう。
差し出された記録を読み終わったから現実に戻されるのだろう。
意識が闇に溶けていく中で、天秋はふと「村人と依代・巫は何が違うのだろう」と疑問を持った。
村の作物を食べ、村人と同じように体の中で銀が育つ。けれど、依代と巫だけは吐き出して、死には至らない。
漠然とだが、そこに辿り着けたら陽大を救えるような気がした。
ごとん、と足元から鈍い音がして天秋の目が覚める。
ローテーブルの上に、小さな山のように積まれた紙と、書きかけのノートが置かれているのが見えた。
足元には、大耕が残していったICレコーダーが転がっていた。
天秋はゆっくりと閉架記録庫で読んだ記録の題名について記憶を探った後、ぐっと拳を握りしめて振り上げた。
「忘れないうちに書き出さないと…!」
快哉を叫びたいのを我慢しながら、天秋はローテーブルに置かれたノートへと視線を向けた。
2026/08/16 大作→大耕 に修正 (名前を間違えてました…)




