天瀧家の呪い
「次のニュースです。海外サーバーを経由しての違法動画配信サイトを運営していた犯罪グループが摘発されました。警察によると、顧客リストの中には国内大手の肥料メーカー役員と思しき名前が記載されていたとのことで…」
「この肥料メーカーって、シロマナらしくて。株価下がってるって」
「シロマナって、確か農学部の研究室と提携してなかったっけ? その関係で、学食で期間限定メニューだしてたって聞いたよ」
午前の講義が終わり、移動の為に多目的ホールを突っ切ろうとしていた天秋の耳に、喧騒に混じって音量を抑えたニュースと学生の会話が入ってきた。
「私欲の資とされた秘事」の動画のことか、と天秋は歩くペースを僅かにおとしたが、話題にしていた学生達の興味は株価や市場の動きの方へと移っていた。
手に持っていた携帯電話が震え、メッセージの受信を知らせる。
大耕からで、待ち合わせには少し遅れる、というものだった。
旧紙代村から戻ってきた天秋の元に大耕からメッセージが届いたのは、巫の記憶を奪われた帆菜実が陽大のことを忘れてしまったとわかったすぐ後だった。
帆菜実は、自宅近くまで送り届けるまでずっと涙を流しながら眠っており、目覚めた後は蛇に襲われたことはおろか旧紙代村を訪ねた理由すらも忘れてしまっていた。
「…大事な人のこと、忘れちゃった気がするの。その人にすごく大事にされてて私も大好きで、絶対忘れないって思ってたってことしか思い出せない」
よくわかんないけど失恋しちゃった、と笑う帆菜実になんと言葉をかけるべきか分からなかった天秋と咲紀は、彼女が家の中に入っていくのを見送るしかできなかった。
「陽大を助けたら、きっと元に戻れる、よな?」
「…難しいかも。多分、陽大を助けても体は元に戻るのに何年も…もしかしたら二度と戻らないかもしれないよ」
「あの鱗のことか? あれは、巫になったから」
「鱗はそうだろうけど、右腕以外動かせないってところ。あと…女性化も…」
天秋に送られてきた画像を見た時から、女性化していることは予想していたらしい。友人の従兄弟がトランスジェンダーらしく、女性ホルモンを投与して女性化していく途中の姿に似ていた、というのが理由だ。
「高台で会った時に浴衣だったのも、多分他の人が着脱しやすいからだと思う。陽大、自力で立ってなかったから普段は誰かに介助してもらってるんじゃないかな」
加巳之皓御霊が、咲紀を褒めていたのは、こういう洞察力の高さ故だろう。
今更だが、この才色兼備の幼馴染が自分の横に立ち続けていることが天秋には奇跡のように思えてならない。
特別と目を掛けられているという嬉しさと、幼馴染だからと気遣わせているのではという罪悪感が湧いてくる。
「……また、ウジウジ考えてる。『お兄ちゃん』が『お姉ちゃん』になっても、あんま変わんないと思うよ」
「それはそれでショックだけど、そこじゃない…」
「じゃあ、また私が気を遣って天秋のそばにいるって考えてたの? 私は天秋と一緒にいたくて、自分にできそうなことやってるの。だから要らない心配!」
ペチリ、と音を立てて肩を叩かれる。そこに痛みはないが、咲紀が呆れていることは伝わってくるので、素直に謝った。
「そういえば、大耕さん、無事だったのかな…」
「探したけど見つからなかったし、荷物もなかった。…帰った、わけじゃないとしても、無事ではいるんじゃないか」
「そうだよね…あ、噂をすれば。天秋、大耕さんからメッセージ来てる」
頼みたいことがあるから近々会う時間が欲しい、と無事を知らせる言葉と共に簡潔な用件が届いていた。
日程を合わせた後に大耕が指定してきた会談場所は、大学から歩いて5分ほどのところにある少し寂れたように見える喫茶店だった。
場違いさを感じながら扉を開けると、うつらうつらとしていた老齢のマスターがはっとして顔を上げた。
「あ、の…待ち合わせで…」
「好きなところ、座ってね」
どこでもいいよ、と告げるとマスターは店の奥へと姿を消してしまう。面食らいながらも、天秋は大きな窓に面した奥側の席につくことにした。
水を入れたコップとピッチャー、それから手書きのメニューを持って現れたマスターは、決まったら呼んでね、と言い置いて定位置なのだろうカウンターの隅へと戻っていった。
手持ち無沙汰に、水を飲みながらメニューに目を通す。
物価高が叫ばれる昨今で、コーヒーが200円おかわり自由、日替わりランチが600円大盛り無料というのは中々懐に優しい。大学に近いことを考えると、学生をメインターゲットにしているのかもしれない。
くう、と腹が空腹を訴え、日替わりランチを頼むかどうか迷い始めた頃、カラン、と扉が開く音がした。首元を緩めたスーツ姿の大耕だ。肥料メーカーとは言え、社員全員が作業着というわけではないらしい、と認識を改めた。
「あれぇ、大ちゃんじゃないか」
「おやっさん、久しぶり。待ち合わせなんだけど、もう来てる?」
「あの子かな、奥のとこだよ。いつもの友達は一緒じゃないのかい?」
「卒業したから、今は皆バラバラだよ」
マスターと朗らかに話している大耕と目があった天秋は、小さく会釈する。
席にやってきた彼に挨拶をしながらメニューを渡すと、何も変わってないなぁ、と大耕は笑いながら胃のあたりを撫でる。
「もう頼んだか? 昼飯まだなら、ここの日替わりランチ美味いから頼むと良い」
「お墨付きがあるなら頼もうかな。大耕さんはどうします?」
「俺も頼むよ。食べておきたいからね」
水の入ったコップを持ってきたマスターに、日替わりランチとコーヒーをそれぞれ頼む。マスターが店の奥に移動したのを見計らって、大耕が口を開く。
「早速だが、君に頼みがあるんだ。天瀧の弟を夏休みの間、預かってほしい」
「天瀧さんの、弟…?」
「本当は天瀧から頼むべきなんだが、アイツが動くと色々と障りがあるんだよ」
清司に弟がいることに驚きつつも、大耕自身をどこまで信用すべきなのか、と天秋は考える。
大耕は「意思を等しくする者」あるいは「追従する者」であり、この会談は天秋達の動向を探るものなのではないか、と咲紀と相談していた。
だからこそ、天瀧の身内を送り込む、という行動の意図を考えてしまう。
「天瀧の弟は清斗という。紛らわしいから、名前で呼ぶが、清斗はずっとうちで面倒をみてたんだ。天瀧家は、家庭環境がよくな、いや、かなり複雑でな」
言葉を選び切れずに言い直しながら、大耕が説明する。
清司と清斗は異母兄弟なのだそうだ。清司は前妻との子供で、彼が小学生の頃に事故で母親を失った。中学に上がる頃に、後妻と再婚し、そのすぐ後に清斗が生まれた。
しばらくは家族4人で過ごしていたが、清司が15歳になった後、父親が事故で全身麻痺となり、母親はその介護にあたるようになった。更に介護疲れからか、母親もかなり精神的に不安定になっており、とてもではないが幼い清斗を置いておける環境ではない、と親戚である大耕家で預かることになったという。
清司は家に残り、高校に通いながらも家業である紙代神社の運営に携わっていたそうだ。
「他にも、シロマナの馬奈木社長も親戚なんだ。まぁ、紙代村出身者は大体天瀧家と姻戚関係あるんだけどな。結婚相手を村の中で選んでたから、自然とそうなる」
「天瀧家って、地元の名士って感じなんですね」
「昔は、な。今は馬奈木の家の方が名実共に、だが」
今は違うのか、と尋ねようとすると、大耕がチラリと背後に視線を流す。マスターが料理を持ってきたことに気付いたからだろう。
置かれた料理に礼を言い、またマスターが定位置に戻るのを確認してから天秋は改めて今はどうなのかと問う。
「…ミシロ様にはお会いしたよな? 実はな。俺は、一昨年まで神の祟ってものを信じていなかった。天瀧家の呪いがあると知っていたのに、だ」
「呪い…?」
「天瀧家には呪いがかかってる。紙代村出身者の間では有名な話だ。当主は神の器。言葉通りにな」
天瀧家の当主は、30歳になるまでに嫁を貰い子を成さなければ、例外なく事故死する。子供が生まれ器として育つと、事故や病気で体の自由を取り上げられるらしい。
「清司は15になるまでは、髪も黒かったし目だってあんなじゃなかった。ミシロ様の新しい器として出来上がったから、姿が変わったんだ。……天瀧の当主は祭司ではなくて、ミシロ様の肉体としか見られてないのさ。村の連中からも、当のミシロ様からも、な」
現人神として丁寧に扱い、運営のための情報は共有するが、村の実権は何も持たされていない。
苦々しく話しながら、大耕は運ばれてきた料理を口に運ぶ。口の中のものをゴクリと飲み込んでから大耕は話を続けた。
大耕家で預かっている清斗は、今16歳で、清司のように姿が変わる気配はない。蛇にまつわる夢なども全く見ていないらしい。
「一昨年、巫をあてがったから、祟もこれまで通り躱せるって実権持ってる奴らは思ってるみたいなんだ。ただでさえ警察に張られてて落ち着かないのに、清斗をうちに置いとくと、何されるかわからん」
2026/08/16 大作→大耕 に修正 (名前を間違えてました…)




