繋がらない思考路
清司が初対面のフリをしていた、という帆菜実の指摘に「やはり」と天秋は思った。
彼女を紹介した時に見せた安堵の気配は、知り合いの無事を喜んだように見えたからだ。
帆菜実が健康を損なっており、そこから回復をしたことを又聞きしていたが自分の目で確認できて誤報でなかったと知って安堵した、そんな印象を受けていた。
だからこそ、天秋は清司からでた言葉を聞いて、二人の前に姿を見せることができなくなってしまった。
「…羨ましいよ、君が。愛している相手に想い返されている君が、本当に羨ましい」
「どういうこと、ですか…?」
「まだ、覚えているんだろう? 忘れてしまえば、苦しまなくて済むのに。苦痛を抱えてでも、あの献身を忘れまいとしている」
「やっぱりっ…! 陽大をかえ」
「忘れてもらうためだ、深山帆菜実。アイツもそれを望んでいる」
帆菜実の言葉を遮る様に清司が返す。
帆菜実が体調を崩し、陽大と喧嘩を繰り返していた頃のことを知っていて、今はそこから解放されたことを「逃げ切った」と言う。
唐突に、調理場にあった『シロマナ』のロゴのあった段ボールと大耕の言葉、そして帆菜実が話したことが頭の中でアスファルトの道に姿を変える。
大耕は天秋・咲紀・帆菜実のいずれかが、『シロマナ』の野菜を食べて体調を崩したことがあると知っていた。この施設との連絡窓口は天秋で、野菜にアレルギーがあるとは伝えていなかった。
ならば、誰からそのことを聞いた? おそらく清司だろう。
帆菜実は『シロマナ』の野菜を食べて、蛇に襲われる悪夢を始めとした深刻な体調不良につながるトラブルに見舞われた。だが、当時『シロマナ』の野菜を食べていたことが原因だと知っていたのは、当事者の帆菜実と陽大、浮気相手と疑われた「陽大の先輩」だ。
陽大と清司は懇意にしており、当時も大学構内で行動をともにしていたこともあっただろう。それを見て情緒不安定になっていた帆菜実が浮気と勘違いすれば、必死に誤解を解こうとしただろうし、その過程で清司が彼女の体調不良の原因を知ることになってもおかしくない。
だが、自分の足元と出来上がった思考の道の間には、大きな溝が横たわっていて、繋がらない。十分に道ができてもおかしくないほどの材料が積み上げられているのに。
知っている情報が繋ぎ合わせられていない。
「もう、姿を思い出すこともできないんだろう? それなら、神が赦した忘却を受け入れればいい。互いに手を離すと神の前で了承したのだから」
対峙していた帆菜実が、体を強張らせた。
「どうして? …貴方はあの場所にいなかった…」
「当然だ、俺はミシロ様の社の神主なんだから。それにーー」
ガタガタと、閉じていた玄関のガラスドアが揺れ、清司の言葉をかき消した。
清司の言葉を聞いただろう帆菜実が、ペタリとその場に座り込む。口元を手で覆い蒼白な顔で、カタカタと震えていた。
その姿を見てようやく足に絡みついた鎖が消えたように2人に、否、帆菜実に駆け寄る。
「帆菜実! 大丈夫か?!」
「天秋…」
腰が抜けてしまったのか、天秋が支えてようやく立ち上がる。清司から引き離すことを兼ねて、帆菜実と咲紀の部屋へと天秋は促した。清司はそれを黙って見送ろうとしている。
すれ違う時に天秋は清司を睨みつけた。だが、清司はただ能面のような顔をして見送るだけだった。
「錨になるかと思っていたが…見込み違いだったかもしれんな」
2人の姿が通路の奥に消えようとする頃、そう小さく呟いた。




