偽装の初邂逅
「彼らが今夜お前と一緒に『紙代合宿所』に宿泊するメンバーだ。お前の後輩なんだと」
帆菜実の呟きが届かなかったらしい大耕が清司に声をかけて、天秋達を紹介する。
天秋が少し前に出る形で咲紀と帆菜実の姿を隠そうとしたのに気づいたのか、清司は僅かに目を瞠ったようだった。
「…はじめまして、谷縞天秋です。今年、高見教授の講義をとっていて、できればお話を伺えればと思っています」
1年半前の旅行の際に陽大から紹介されて「セイジ」という名前だけを覚えていた天秋は敢えて初めて会ったという顔で自己紹介をした。もし、清司の側が既に会ったことがあると覚えていれば、怪訝な顔の一つでもするだろう。だが、次いで咲紀を紹介するまで、清司は同じ教授に師事する後輩と初めて会った、という態度を崩さなかった。
帆菜実がこぼした怖がる様な呟きが聞こえていた天秋は躊躇いを隠しつつ、彼女のことも軽く紹介する。
清司の纏っていた雰囲気が一瞬だけ和らぐ。何かに安堵したようなそれはすぐに消えて、硬質な雰囲気に戻る。
「はじめまして、天瀧清司だ。高見教授から、近々挨拶にいく、と連絡があった。それと陽大の残した資料の解読がしたい、とも。…まさかと思うが、アイツの直筆メモを解読するつもりか?」
「…もしかして、読めるんですか!?」
「学士程度の知識で、あんな象形文字と指事文字が混ざったメモを読めるわけないだろ。言語学は専門外だ」
元々のメモを読み上げた音声データと、それを清書した文書データがあるらしい。それを共有してもらえることになった。
陽大を知る研究者がこぞって音読させていて、悪筆を矯正させることを諦められているのか、と天秋と咲紀は呆れたような気持ちになったが、清司が言うには、本来は矯正した方が良いが聞き取り練習に最適、という理由で高見教授は直すよう指導しなかったらしい。落書きの件といい、教材扱いをされている。
大耕が事前に言っていた通り、全体的に白い容姿が冷たい印象を与えるが、話してみると為人は悪くないようだ。
だからこそ、帆菜実の怯えたような様子は違和感として残った。
合宿所に移動し、各自の荷物を部屋に運び込んだ後、大耕の持ち込んだ食材を調理場に移動させた天秋は首を傾げることになった。
大耕が持ち込んだのと同量以上の野菜が、『シロマナ』のロゴが印刷された段ボールに収められて置かれていた。
「食材、持ち込む必要なかったんじゃ…?」
「あぁ、それは今回は使わんよ。普段は『シロマナ』の野菜を使うんだけど、アレルギーあるんだろ? 昔から、食べて具合悪くする人が時々出るんだ。病院で調べても何も異常は見つからなくて、原因究明できていないが」
「それ、健康被害を出してるって話にならないんですか」
「普通ならなると思う。でも、クレームにはなってないんだ。肥料研究班の同僚が、不思議がってたよ」
大耕の勤務先は『シロマナ』で、紙代合宿所のスタッフの7割は同社の社員で構成されているらしい。
工場兼研究所が近くにあり、そこで開発された新肥料の試験栽培を行っているので、この合宿所で食事の材料とすることで、味や栄養についての評判を確かめているそうだ。
人体実験をしているようだ、と天秋は思ったが口には出さなかった。
「ちなみに、昔からってどのくらい昔なんですか?」
「正確にはわかっていないが…応永あたりには、それらしい記録があったみたいだ」
咲紀が調理場にやってきたので、そのまま夕飯作りが始まった。
調理作業の合間に、紙代村の歴史や周辺の文化について天秋が聞き出そうとした。しかし、大耕の親は出身だが、本人は紙代村と遠く離れた町で育ったため、ダム湖に沈む前の文化や風習は話で聞いたことがある、という程度の知識しかないらしい。
独自の方法で作った肥料が特色という以外は、天災に振り回されがちな辺鄙な山間の集落にありがちなちょっと迷信深い文化、というイメージだという。
嘘を言ってるようには聞こえないが、終始何かをはぐらかされているような気持ちで天秋が大耕の言葉を聞いていると、咲紀がチラリと目配せをしてきた。
それとなく周囲を見渡すと、清司と帆菜実がいない。様子を見てこい、ということだろう。
一言断ってから天秋が調理場を出ると、玄関ホールの方から帆菜実の声が聞こえた。
「天瀧さん…どうして、私たちと初対面のフリしたんですか…?」
帆菜実の言葉は、天秋の足をその場に縫い付けた。




