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霧を晴らすため

 咲紀(さき)が天秋(たかあき)と周囲の間にある記憶のズレを検証しようと発案したのは、天秋が衝動に任せて陽大(あきひろ)からの電話を切った翌日に送信された写真がきっかけだった。


 天秋と周囲の間で記憶や認識のズレがあることを、ずっと咲紀は察しているのだと天秋は気づいていた。気づいていて、敢えて踏み込んで来ないのだと。

 記憶や認識のズレは陽大が関わっているものがほとんどで、実生活に大きな影響が出る可能性が低かったからだろう。

 幼馴染だからこそ、踏み込むべきタイミングとラインを熟知していた。


 天秋のバイト仲間が亡くなった後、周囲との認識が深刻なほどズレていることがわかった時はひどく心配をかけていたと、今ならわかる。報道を信じず、巨大な蛇に呑まれたと主張し、バイト仲間の汚名を雪がなければと躍起になる姿は、彼女にこのままでは天秋が社会的な生活を営めなくなると危機感を持たせるに十分だった。


 だから、「陽大からメッセージが来た」と画面に映った画像に驚き奇妙な悲鳴をあげて携帯電話を放り出してしまった時、彼女は「私にも見せて」と許可も待たずに携帯電話の画面を見た。おそらく咲紀は、天秋の孤立を深める様な行動を諌めてくれていると、期待したのだろう。

 画面に映っていたのは、蜷局を巻いた巨大な白蛇に体の大半を埋もれさせた、顔色の悪い陽大を収めた写真と「吾妹子(わぎもこ)ノ請願ニヨリ、之ニテ手打チトス。後ハナシ」という、絶対に陽大からではないとわかるメッセージだった。

 天秋にとって、顔色は悪いがどこか淫靡な雰囲気を漂わせて眠る陽大の姿は衝撃とバツの悪さを感じさせるものだったが、彼女にはまったく違う感情を抱かせたらしい。


「…陽大って、体格が良い方だったよね? 何か、病気になったって聞いてない?」

「え? …確か、休学する前に病院に連れていくか迷うほど体調悪そうだったって、高見教授が言ってた」

「休学前って、天秋が確認してきた旅行の後だよね。帆菜実(ほなみ)が入院する前? 後?」

「多分、入院した後だと思う。…咲紀?」


 天秋が怪訝に聞き返すが、咲紀はさらに質問を続ける。陽大から体調について聞いたことはあるか、蛇にまつわる話題はなかったか、と聞かれ答えていくうちに、咲紀に話すべきか迷っていた陽大の異変を含めて、全て白状させられていた。


「天秋に対しては、大丈夫。自分のことは平気。…天秋は陽大がどこで何をしているのか、知りたいんだよね?」

「そりゃ、そうだよ。場合によっては、連れ戻したい。でも、あいつは居場所とか言わないですぐ電話切るし」

「…よし、調べよう、陽大の居場所。まずは、天秋の記憶と私たちの記憶、どっちが正しいのか検証して、正しい方の記憶から陽大の足取りを、探せるところまで探そう」

「へ? しら、べる…?」

「陽大が心配で、いなくなっちゃいそうで不安なんだよね? 私も陽大がいなくなっちゃいそうで心配。だから、いなくなっちゃう前に探そう! あ、帆菜実にはこの写真、見せちゃダメだからね」


 突然とも言える提案に天秋が困惑している間に、咲紀によって紙代村旅行の検証旅の段取りが決められていった。



 男女の話す声が耳に届き、天秋の意識がふわりと浮かび上がる。

 紙代村跡を訪れることを決めた日のことを夢で見ていたのだと、仮眠から目覚めた天秋は思い至った。眠っている間に再び固まってしまった筋肉を解すように伸びをしながら、時計に目をやる。眠る前から2時間ほど経っていることを確認した後、後部座席を確認する。

 帆菜実も既に起きているようで、誰もいなかった。


(売店か? …いや、誰か話してる? そうか、大耕さんが戻ってきてるのかもしれない)


 運転席の窓から外に視線を向けると、売店の脇で咲紀と帆菜実、それから大耕(だいさく)が話し込んでいるのが見えた。駐車スペースには、天秋たちの車の他に1台が変わらず停まっている。

 天秋は車を降り、3人の元へ向かう。


「天秋、起きた?」

「あぁ。十分休ませてもらった。大耕さん、おかえりなさい」

「ただいま。あ、天瀧も一緒に戻ってきてるぞ」


 大耕の言葉と同時に、売店の中から1人の男が出てきた。

 背が高く、白銀の髪をしたーー高見教授の研究室でみせてもらった写真通りの容姿のーー男、天瀧清司(あまだきせいじ)だ。

 清司の姿を見て、帆菜実が小さく呟いた。


「…そんな、どうして…」


2026/07/18 ルビに誤字があったため、修正しました。

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