忘れられた地への再訪
長く補修のされていないアスファルトは、ひび割れていた。その僅かな隙間から土に潜り込んで根を張り、顔をのぞかせた雑草を山登り用タイヤが踏みつけていく。
低く重いエンジン音を響かせながら、1台のワゴン車が空へと続いていると錯覚させるほどの急な山道を登っていく。
助手席で携帯電話を操作していた男が、ふと顔を上げて、運転をしている天秋に声をかけた。
「この坂を登りきったら、多少平坦な場所になる。確か駐車スペースもあったはずだ」
「駐車スペースって台数停められますか? 余裕あるなら、俺達もそこで休憩しようと思ってるんです」
「小さいが売店もあるから、5台くらいは停められたかな。…しかし、すまない。友人と旅行だったんだろう?」
男はチラリと後部座席を振り返り、申し訳なさそうに尋ねる。
大丈夫ですよと答えつつ、天秋もルームミラー越しに後部座席へ視線を向けた。
後部座席では、咲紀と帆菜実が肩を寄せ合って静かな寝息を立てている。日が昇りきらないうちに出発したことを考えれば、眠気に負けてしまっても仕方ない。
かくいう天秋も長時間の慣れない運転で、疲れを感じている。
「旅行と言っても、大学の課題をやるついでなんです。逆にこの辺の土地勘がある人と話が出来て、ラッキーなくらいですよ」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
天秋、咲紀、帆菜実の3人は、天秋しか覚えていない旅行で訪れた紙代村を訪ねようとしていた。
地図上では地名として残っているだけで、人の住む集落は存在していない。
しかし、ダムが造られる前に存在していたという公共施設が残っており、夏季の間だけ元住民を中心に合宿所として運営されているらしい。
周囲には住民もおらず、山の中でキャンプ気分も味わえる、と多少の羽目を外したい集団にとってはお誂向きで、意外にも人気があるという。
大耕と名乗った男は、合宿所のスタッフだ。山を登ってくる途中で車が故障してしまい、ロードサービスの到着を待っていたところで出会った。
彼が乗っていた車はレッカー移動されたが、合宿所用に大量の食材を積んでいたことと目的地がほとんど同じだったことから、大耕を天秋たちの車に同乗させることになった。
「それにしても、天瀧の後輩に助けられるとはな」
「本当に、すごい偶然ですね。俺達、ほとんど学年が被らなかったので、天瀧さんとあまり面識がなくて。心強いです」
「見た目で誤解されることも多いが、そんなに怖い奴じゃないんだよ。まぁ、今は少し介護とかで疲れ気味かもしれんが」
「親御さんのですか?」
「あぁ、そう聞いてる。ところで課題と言ってたけど、谷縞くんは何を専攻してるんだ? 天瀧に用があるなら、土着文化か蛇神信仰かな」
「まだ決めきれてないんですよ。高見教授からの紹介で、取り敢えず話を聞いてみようかなって」
色々質問攻めにしてやるといい、と朗らかに答える大耕に、天秋は既視感を覚えたが、思い出すことはできなかった。
坂道を登りきると、大耕が言った通りに小さな売店と駐車スペースが姿を現した。既に1台の車が停まっており、車内に人がいる様子はない。
「お、あの車。天瀧のかもしれん」
「え?」
「そこの斜面を上がっていくと、ちょっとした高台があってな。そこで天瀧と会う約束をしているんだ。先に着いてたんだろう」
「…俺も一緒に行って良いですか? 天瀧さんに挨拶したくて」
「あー…すまんが遠慮してもらって良いか? 友人の墓参りを兼ねてるんでな」
「あ…すみません、無理言って」
「いやいや。天瀧も今日は『紙代合宿所』に泊まると言っていたし、戻ってきた時に紹介するから挨拶はできるさ。谷縞くんは運転疲れがあるだろうし、ちゃんと休憩しておきな」
白線に沿って車を停めエンジンを切ると、「行ってくる」と大耕は車を降りる。そのまま道路を渡り、人が2人並んで通れる程度に拓けた林の中へ消えていった。
運転席に座ったままそれを見送った天秋は、ぐっと体を伸ばす。自分で感じていた以上に緊張していたようだ。パキと小さく解れるような音がした。
普通自動車免許は持っていても、運転するのは教習所を卒業して以来に近い。
「運転、お疲れ様。ゴメンね、寝ちゃって」
「良いよ、朝早かったんだし。帆菜実もまだ寝てるだろ?」
「うん。私は、ドアが閉まる音がしたから。…大耕さん、売店に?」
「いや、この奥に高台があって、そこで天瀧さんと墓参りするんだって」
「お墓参り...? ダム建設の時に墓地は移動させなかったのかな?」
「…どうだろう、後でそれも聞いてみよう」
咲紀が後部座席から身を乗り出して、天秋にペットボトルのお茶を渡しながら、うーん、と唸る。
ペットボトルを受け取りながら、どうした、と天秋が促してみると、得心がいかない、という顔のまま、話し出す。
大耕には会ったことがあるような気がするのに、思い出せない、と。
「大学のキャンパスで見かけたこと、あるような気がするんだよね」
「…咲紀も見覚えあるのか」
「天秋も?」
「絶対、会ってる…んだけど、思い出せない。さっき話してた時も、天瀧さんを質問攻めにしてやれ、って」
「…もしかして、1年半前の旅行に同行してた…とか?」
「その可能性はある。…あるんだけど、さ…この辺、全然見覚えなくて、自分の記憶違いかもって思い始めた…」
「私は逆に見覚えがあるよ。前もこの駐車場に車停めて、売店でみかんのアイス買ったな、って」
そう言われて、当時の記憶が蘇って来る。
あの時は車酔いの吐き気に襲われていて風景を見る余裕などなく、帆菜実と陽大の先輩が「親が同郷だ」という話を聞いてなんとか意識を繋いでいたことを思い出した。
「帆菜実も見覚えがあるなら、天秋の記憶が正しいって証明できるね」
咲紀の言葉に天秋は頷いた。




