感情の清算で得たもの
陽大が言ったことは客観的に見れば正論だ。たが、天秋にとっては看過できない言葉だった。
「自覚の有無は関係ない、違法に入手した動画を見て、祟られるのは仕方ない。自業自得だって言うなら…その場にいて一部始終を見てるのに、見逃された俺はなんだって言うんだよ?!」
確かにバイト仲間と違って、天秋がその動画を求めたのではない。見ている間も興奮しなかったわけではないが、罪悪感を感じていた。しかも、神事の可能性に気付いた後は、感じた興奮は吹き飛んだように跡形もなくなっていた。
だが、外から見れば天秋も同じ行動をしている。それなのに辿った結末はあまりにも違う。
『は? 見たって、お前も、動画を…?』
「そうだよ。蛇と宮司がいて、巫女に神降ろしみたいな儀式してるやつだ! 俺も見たのに、えーやんだけ蛇に呑まれて!」
辛うじて押さえ込んでいたようだった怒りは陽大の声から消え、困惑と焦りが取って代わっていた。
まさか一緒に見ていたとは思っていなかったのだろう。
バイト仲間が犯罪の片棒を担ぐ者でそれを庇っている、というなら、その場にいた天秋とて同罪として扱われるべきだ。そして、天秋の罪を問わないなら、等しく今回の犠牲者も罪を問うてはいけない。
そう必死で主張する天秋の声に陽大の応えはない。
だが、息を詰めているせいか、小さく身動ぎしただろう音はしているので聞いていないということもない。天秋の主張を静かに聞き届けた後、陽大は細く長く息を吐いた。
『お前の言い分は、天秋が見逃されるのなら亡くなったバイト仲間も見逃されるべきで、でもそれはもう叶わない。だからせめて名誉は回復されるべきだ、ってことだな? …ハッキリ言う。それは生き残った罪悪感で、名誉回復のための行動はソレを薄めるためのもんだ』
「なっ…!?」
『そもそも、バイト仲間と同じ罪を犯してるって言うなら、天秋も同じように襲われるはずだろ。でもお前は今のところ、そうなる気配はない。ハッキリ把握はしてないけど、お前より先に排除したい奴が出てきてるから後回しにしてるか、殺さずに後悔させることを罰としたか、だ』
「…何でそう言い切れるんだよ。俺の他にも罪を問われてない奴いるんだぞ」
『神でも、デカくても、元が蛇だから何人も人間丸ごと呑み込めねぇんだろ。優先順位はあるさ』
陽大の言葉でバイト仲間を呑み込んだ時を思い出した。
確かに胴体の半ばまでがまるっと膨らんでいたが、あの様子ならあと3人くらいはその身に納められそうだった。探るような視線を向けられたことを考えれば、後悔させることが罰だ、というのはあり得る。
『今、ミシロ様から見逃されてるなら、多分後者だと思う。他にも罪に問われてない奴がいるっていうなら、尚更だ。動画見てたことも、蛇が出てきたことも記憶からなくなってる奴もいるんじゃねぇの? そいつらも、天秋と同じように理不尽だ、って言ってるか?』
「それは、言ってないけど…何だよ、何が言いたいんだよ…!?」
『他の奴が覚えてなくて、報道通りに自業自得だって思ってるなら、お前だけ覚えてるから罪悪感を感じるんだ。覚えてなきゃ、お前だって同じように自業自得だって思うってことだよ。…動画入手にも関わってないだろうし、自分から見たいって言ったわけでもないんだろ? 今なら酔って見た夢と混同してた、で終わる話だ』
頑として譲ろうとしない天秋に、陽大は聞き分けのない子供に言い含めるよう言う。
覚える必要のない罪悪感なんだ、と。
そして、忘れてしまえ、と。
『後はオレに任せて、お前は手を引きな。これから就活だってあるんだし、履歴にキズつけることない』
「えーやんのこと、見損なえって言うのかよ!? そりゃ、呆れることも合わないって思うこともあったけど、死んでも自業自得だって思えるほど悪い奴じゃない! 今、俺の履歴とか気にするとこじゃないだろ、それを言ったら陽大だって、色々ヤバいんじゃないのかよ?!」
『オレの方は平気だよ』
「平気って…平気ってなんだよ!? 前だって俺の話無視して大丈夫だ、平気だ、って! 全然良くないだろ!? どこで何してんだよ、なんで紙代村の土地神だってわかるんだよ!? 休学して、姿消して、俺だけに連絡して、遺品整理みたいなことさせて!! ふざけんな、こっちは心配してるのに…! えーやんのこと忘れたら、お前のことまで忘れるかも知れない、そんなの嫌なんだよ!!」
平気だという言葉に、堰が切れたように感情が溢れる。自分で感じていたよりもずっと多くの不安を抱えていたのだと天秋は気付く。
バイト仲間を見損なってしまうことに対してだけではなく、それが陽大に対しても起きるかも知れないこと。何より、陽大のことを忘れてしまうのではないか、と折りに触れて感じていた確信に近い恐怖が、ずっと己の中にあった、と。
『お前が向き合うべきなのは今生きてる人間の方だ。バイト仲間のことも、オレのことも、忘れていい』
脳内で、ブツン、と何か太い紐が切れるような音がした。
携帯電話を持つ手が震えて、小さな軋みの音を生み出す。頭の奥で「冷静になれ、選択を間違える」と叫ぶ自分が、感情の濁流に飲み込まれて消え行く。
「うるさい。絶対に忘れないし、忘れてなんてやらない! 俺が頭冷やすまで電話してくんな、バカ!!!」
通話が切れる直前、驚愕したような陽大の声がしたことに、溜飲が下がっていく。
何か重大なミスを犯したような警鐘が頭の中で鳴っていたことは、意識して無視した。
翌日になって、メッセージアプリに1枚の写真と添えられたコメントが、陽大のアカウントから送られてきた。
蜷局を巻く体長が10m近くありそうな白蛇に、ほとんど埋もれながら青い顔で眠る陽大が映っている。
『吾妹子ノ請願ニヨリ、之ニテ手打チトス。後ハナシ』
2026/07/18 ルビが誤っている箇所があったため修正しました。




