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蛇嫁取り

 とある鎮痛薬のキャッチコピーは「この薬の半分は、優しさで出来ている」らしい。ちなみに天秋(たかあき)は体質に合わないのか、効いたと感じたことはあまりない。

 それでもこの有名なキャッチコピーは使い勝手がよく、手心を必要とする際に、よく陽大(あきひろ)に向かって言っていた。

 ただ、陽大が手心を加えてくれることもあれば、そうでないこともあり、その確率はほぼ50%だった。

 どちらに転ぶかは天秋には選べない。


『最近、水難事故が多いよな。アレに近い都市伝説が、実はかなり昔からあるのは知ってたか? 蛇嫁取りって題名でさ』


 ギクリとした天秋の応えを待たず、陽大が都市伝説について、話し出した。怪談を意識するような静かな声だ。


 古い映画の未公開シーンを切り取ったフィルムを、偶然手に入れた映画好きの男から始まった。

 同好の友を集めて、知り合いに頼み込んで閉館後の映画館でそのフィルムを映写した。テレビが普及するまでは、それが当たり前だった。

 どうやら相当古いものだったらしく映像は乱れていたが、何かの儀式をしているシーンだということはわかった。これはオカルトミステリーだ、いや、記録映画だ、と話しているうちに、映像の中の巫女が神とされている蛇と扇情的な様子で絡み合うようになった。

 若い男衆には目に毒なほどの様で、幾人かはゴクリと喉を鳴らして興奮していたようだった。

 すっかり夢中で、巫女の艶姿に魅入っていた男達は、女と絡み合う蛇がじろりとこちらを睨んでいることに気付く。

 映画の中では、巫女は神に嫁いだ、という設定であることは切り取られたシーンの中でも見て取れた。

 男ははっとして気付く。自分は、神夫婦の秘め事を覗いていた、と。

 だが、時既に遅く、男達の背後には巨大な蛇が現れて、飲み込もうとしているところだった。

 映写の終わったフィルムを持って、知り合いが客席に来た時には、男達の姿はなかった。


『ーーそして翌日、映画館の近くにある川辺で男達の変わり果てた姿が見つかった。今のご時世だったら、動画なんだろうな? …どうよ、似てると思わないか』

「……どこで…その話…」

『古いし、都市伝説っていうか、怪談かな。水難事故が増えると語られて、いつの間にか消えてを繰り返す、そういう話だよ。どっかの図書館で読んだ』

「……俺のバイト仲間が全く同じ状況で、犠牲になったんだ。でも、そいつは、えーやんは…」

『確かニュースだと泥酔して川に転落した、って報道だったよな? …都市伝説に遭遇したとしても、自業自得じゃないか?』


 陽大の言葉に、天秋は頭を強く殴りつけられたような衝撃を受けた。

 いつも、都市伝説の話をする陽大はある程度、下調べをしている。それは閉架記録庫の話を聞いたときも、他の話を聞いた時もそうだ。

 だから、都市伝説にある類似事件について調べているだろうことは、察せられる。だが、天秋のバイト仲間だと知らなかったとしても、犠牲者に対して「被害に遭っても、自業自得だ」と考えるとは思っていなかった。


『映像の中で、神とその巫女が夫婦だってのはわかるようになってた上で、見続けて欲情したんだろ? 神の嫁相手に、神の目の前でその気になったら祟られるって』

「でも、えーやんが見たのは『蛇嫁取り』の映像とは似てても違う! フィルムなんてなかったし、映像だって最近のカメラで撮ったみたいなやつで!!」

『…へぇ、新しい映像ね…』


 陽大の声が1段低く、剣呑な色を帯びた。機嫌が悪い時によく聞いた声だ。天秋は一瞬怯むが、何が陽大の逆鱗に触れようとしているのかはわからない。


「儀式だって、知識がなきゃ思わないよ。…だから覗こうとしたわけじゃない」

『神様側がその理屈を聞き届けるかは別だぜ。人間とは違う理屈で行動するし。…天秋は理不尽な祟りだって思ってるみたいだけどさ。オレはやっぱり自業自得だと思うな。その動画、合法的に入手できないから』

「え…?」

『違法動画だってこと。本来は秘匿されるべきミシロ様との儀式の切り抜き映像使って小遣い稼ぎしてる動画だから、違法サイトでしか手に入らない。合法なとこにはなかったし、海外経由かね』


 帆菜実(ほなみ)が間に合って、マジで良かった。


 ボソリと低い、だが煮え滾っているとわかるほどの怒りを込めた声で、陽大が吐き捨てるように言う。

 その後に続けたかっただろう言葉は飲み込んだようで、しばらく黙り込んでから、深く息を吐いた。


『まあ、ともかく。天秋が手を尽くしてやることはない。手を引いた方が良いと思うぜ。こんなことで警察に目をつけられたら、面倒だろ』


 お前は犯罪の片棒を担いでいる者を庇おうとしている、と言外に突きつける陽大の言葉が、天秋の中で冷たく反響した。


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