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改竄された因果

 大学構内の掲示板に、A3サイズの紙が貼り出されているのを、学生達が眺めている。


『飲酒時の注意について

 昨今、若者の過剰な飲酒が原因の水難死亡事故が多発しています。本学においては、飲酒の禁止は現時点では行いませんが、飲酒後に水辺に近づく等の行為は行わないようにしてください』


 無感情に眺めて去っていく者が大半だが、不安を隠しきれずに周囲の者と囁きを交わす者もそれなりにいた。

 天秋(たかあき)は憔悴を隠すこともできずに、喧騒から少し離れたところで見つめていた。


 突如現れた白蛇に呑まれたバイト仲間は、2日後に彼の自宅近くの川辺で水死体となって発見された。司法解剖の結果、「泥酔した状態で外出した際に誤って川に落ち、体を川底に強く打ち付け溺れてしまった」と事故死であると断定された。

 天秋と蛇の姿を見たもう一人のバイト仲間が酔いつぶれていた者達を叩き起こし、近くの交番に駆け込んだ末の結末だった。

 交番にいた警察官には大蛇に襲われたことも伝えたが、他の目撃談がなく、蛇の捜索は早々に打ち切られていた。天秋達が飲酒していたことで、焦った様子から虚偽ではないにしろ、何かを見間違えたのだろう、と判断されたようだった。

 メディアで取り上げられたが、「大学生が無理な飲酒の末に川に転落した、自業自得の事故」として扱われていた。目に入ってくる意見は亡くなったバイト仲間(えーやん)をバカにする様なものが多かった。しかも、数日もしないうちに類似の事故がいくつも起きて埋没してしまった。

 代わりに、ネットを中心に「とある成人向け動画を再生すると、巨大な蛇に襲われる」という都市伝説がまことしやかに語られるようになっていた。「動画に映っていた蛇が、獲物である女優を横取りされたと怒り襲ってくる」と。


 目撃者となった天秋とバイト仲間で、この都市伝説の発信元を探そう、という話になった。

 この都市伝説を発信した者は、同じ経験をし、知り合いを亡くしたのだろう。せめて、彼らの見た光景を他の人間も見ているのであれば、泥酔した末の自業自得の事故ではなく、不可避の事故だったと証明できるかもしれない。

 亡くなったバイト仲間(えーやん)の汚名を雪ぐことができるかもしれない、と。


 ところが。

 調査を始めて1週間経ち、調査状況の共有のためにバイト仲間へと連絡を入れた天秋に掛けられたのは、「ニュースになっている通りの自業自得の事故だっただろう」という返事だった。

 いくら「一緒に見ただろう」と天秋が主張しても「自分は見ていない、夢を見ていたのでは?」と繰り返した。

 1週間前に友の汚名を雪ごうと話したことも知らないと答え、最後には「蛇を見たと言っているのは天秋だけで、どこにも証拠がない。オカルト好きもいいが、現実は見ろ」とうんざりしながら説教をされる始末だった。


(何故だ? 何かに怯えてるようには聞こえなかったし、ニュース通りのことが起きたって考えてる…でもあの時一緒に見たし、調べようって話もしたのに、それすらなかったことになってる)


 何より不可解なのは「調べよう」とやり取りしていた記録が、メッセージアプリの中にも、メールの中にもなくなっていたことだった。

 ふと、探るように自分を見つめていた白蛇の目を思い出す。

 あの時は、ただ獲物として興味を惹かれなかった、と思っただけだった。だが、あの視線はただ腹を満たすか否かを考えていたものではなく、他の意図で思案していたのかも知れない。

 例えば、敢えて目撃者として残す選択をしたのだとしたら。


 背筋に、ぞわりと悪寒が走る。


 手の中の携帯電話が震える。陽大(あきひろ)からの着信だった。

 周囲には、案の定誰もいない。急いで受話マークに指を向けてから、天秋はしばし押すのを躊躇(ためら)った。

 親友に、この状況を打開するような助言をしてもらえば良い。彼ならきっと、天秋にとって有益なアドバイスをくれるだろう。

 そう考えているのに、この電話を取ったらもう戻れない、と脳内でサイレンがなっているような気持ちになる。

 良くも悪くも、何かの決着がつくまで逃げられない、と。

 正体のわからない恐怖をねじ伏せ、浅くなっていた呼吸を整える。

 意を決して受話マークを押す。


「陽大?」

『…天秋? もしかして都合悪かった?』

「…出るか、迷ってた」

『おっとぉ…ついに愛想尽かされたか…』

「セーフだよ、ギリギリ。…今、落ち込んでるから、陽大と話すのが怖かった」

『ふぅん?』

「だから、優しさ半分でお願いします」

『その痛み止め、お前、あんまり効かないよね?』


 スピーカーの向こう側で、苦笑した気配がする。天秋の甘えを仕方ないと受け入れてくれたような気がした。


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