密事を覗いた代償は
「『シロマナ』は有機肥料系のメーカーだし、社員にも紙代村の元住民が多いとは聞くけど、天瀧くんは関係ないと思うよ。彼、卒業後は実家の神社を継いでるから」
繋がったように思えた脳内の道は、高見教授の言葉でボロボロと消え去ってしまった。
清司が陽大と懇意にしていたなら、陽大達に『シロマナ』の野菜を提供していた先輩なのかも知れない、と思ったのだがハズレらしい。
清司の白銀の髪も、天瀧家に代々遺伝する特徴らしく、高見教授は珍しいよね、と笑っている。
「休学前の時期だと、確かに彼女さんとは上手くいってないみたいには見えたね。高平くん自身もちょっと具合悪かったみたいだし、天瀧くんと病院に放り込むか相談してたんだよね」
「高平先輩も、ですか?」
「天瀧くんは相談に乗ってたんじゃないかな。休学、いや、退学するつもりだって話は彼から聞いたからね」
高見教授から神社の名前と住所、電話番号が書かれた紙を渡された。「兄弟弟子みたいなもんだから、挨拶しておいで」と。
いつの間にか、弟子と認定されていたらしい。
高見教授の研究室を辞した後、天秋は図書館には向かわずにバイト先へと足を向けた。
思っていたよりも長く話し込んでいたらしく、シフトの時間が近づいていた。
有難いことに学費と生活費は親が払ってくれているが、遊興費はバイトで賄う約束で天秋は進学した。現地へ足を運ぶ可能性があることを考えれば、今は勤労を後回しにはできない。
22時半を回った頃、勤務を終えてバックヤードに引っ込む。
帰り支度をして、店の裏口から外に出ると数人のバイト仲間が天秋に声を掛けてきた。
「お疲れさん。ところで悪い知らせと良い知らせ、どっちから聞きたい?」
「良い知らせしか聞きたくない」
「じゃ、悪い知らせからな。人身事故で、最寄り全線全滅。次、良い知らせな。えーやんの部屋で宅飲み開催!」
「悪い知らせしかなかった…!」
「宅飲みは、良い知らせでしょ?! 屋根があるとこで一夜が過ごせて、酒はえーやんの奢りやぞ?!」
「あと、『良き絵巻』も仕入れた!」
「……マニアッテマス」
「てめぇ、岩久さんと昨夜お泊りデートしたらしいじゃねぇか。調べはついてんだぞ」
『良き絵巻』とは、成人向け動画のことだ。人前で口に出せばコンプラがどうのと言われるので、人に聞かれても問題ない単語に置き換えている。
「我々は、話さないという選択肢をとれない悲しい生き物達なのだ」と仲間内の誰かが言っていたが、頻繁に聞くので誰の発言かは覚えていない。
携帯電話の画面には人身事故の通知が来ているので、彼らの言葉に嘘はない。だが、本当は咲紀と一夜を過ごしたことを主題にしたいのは間違いない。
帆菜実はともかく、何故、昨夜起きた不可抗力をバイト先の人間まで知っているのか。
「えーやん」と呼ばれているバイト仲間が、まぁまぁ、と場をとりなす。
帰れないなら酒宴に参加は悪い話ではない、肴にされたくないのであれば用意された動画を見るか、自分で動画を提供すれば良い、と。
天秋はしばし唸りながら考えた。正直なことを言えば、この数日、色々な情報に晒されていたので今夜くらいは何も考えずに済む動画を眺めていたかった。
だが、仲間達は離してはくれないことはこの包囲網を見れば察するし、頑なに拒否して変な噂を流されても困る。
ため息とともに了承の言葉を吐き出した天秋は、両腕を捕まれ、捕獲された宇宙人のように夜の街を歩くことになった。
チューハイとおつまみ缶でそれなりの量を空き缶に変えた頃、えーやんがいそいそと携帯電話と同期させたテレビを操作し始めた。
乗り気で集まったはずのメンバーは、既に半数が酔いつぶれている。酔いつぶれたフリでもするかと天秋は考えたが、今起きているメンバーは酔っても記憶を残しているタイプだ。すぐに狸寝入りだとバレるだろう。
大きな画面に写し出されたのは、篝火だけが焚かれた薄暗い室内にいる狩衣姿の男と巫女衣装の女だった。
男は篝火に向かって朗々と何かを唱えている。
内容はわからないが恐らく祝詞だろう。巫女がすす、と祝詞を唱え続ける男の背後に移動し、カメラに背中を向ける形で白衣を脱ぎ始める。
予め取り決められた手順だとわかるほど事務的な様子だが、長襦袢を滑り落とす時だけは、僅かに体が震えたようだった。
ゴク、と誰かの喉が動く音がした。
女が一瞬見せた恥じらう姿は、下腹の奥に熱を集めるとともに天秋に罪悪感を抱かせた。
巫女の赤みが差した肌を隠すように、白く太い縄が這っていた。ズルリ、と縄が動き、拘束するように女の胴体に巻き付いていく。巫女の手が、愛しそうにそれを撫でた。
「…蛇だ…」
天秋は呟く。
その言葉は、部屋の中にあった僅かな熱気の中に、小さな氷塊を落としたようだった。
画面の中では、祝詞を唱えていた狩衣姿の男が、巫女と相対するように立っている。頭に烏帽子を被り、顔は抽象的な図形で顔を模した布ーー恐らく蔵面だろうーーで隠されている。
それを見た天秋は、ふと背筋に冷たいものが流れた気がした。
(これ…もしかして、何かの神事なんじゃ…)
蔵面で顔を隠すのは、常世と境界を曖昧にし、同化することを表している、という。
巫女は正面を向かないのでわからないが、祝詞を唱えていた宮司は面をつけている。
少なくとも宮司は現し世の者とは定義されていない。だとすれば、神降ろしを伴う神事である可能性が出てくる。
(AVでパロディものはよくあるけど、これ、真似していいやつか…?)
宮司の白くゴツゴツとした手が巫女の肩に置かれ、肩から首筋、腕、と滑っていく。
その間も、祝詞は途切れることなく続く。その合間に、押し殺した吐息のような、甘くて喜悦が滲む声が交じる。
巫女の体に巻き付いた蛇が、宮司に呼応するように、更に声を誘うように蠢く。
「背中でこれなら、正面、マジ期待できる…」
ボソリと、えーやんが呟くのが聞こえた。
神事の可能性に気付いてしまった天秋は、そういう目では見られなくなったが、知識がなければ「巫女役の女優が宮司役の男優と蛇によって愛撫されて、欲情している」光景に見えるだろう。
爬虫類が苦手と申告していた者は流石に視線を逸らしていた。血の気が引いて土気色になった顔色に、天秋が声をかけようと口を開いた。
ズル、ズル。
シュー…シュー…
背後で、重い何かが引きずられるような音と湿った生臭さを伴った何かが近づいて来るのを感じた。
微かに空気が震える。
圧し殺した怒りをぶつける先を探すように、赤い二又の舌が動いている。
視界の端に、白銀に光を反射する鱗に覆われた筋肉の塊が、ぐっと撓むのが見えた。
それは一瞬だった。
背後にいたはずの巨大な白蛇が跳躍し、えーやんの前傾した体に巻き付き、右腕だけを残して締め上げた。
ぎゃあ、という悲鳴と鈍く何かが折れていく音をさせながら、白い巨体はベランダの窓へとジリジリ移動していく。
誰かが開けたのか、窓は開いていた。少し窮屈そうに窓枠をくぐった後、白蛇は天秋とその隣で震える男の姿を捉える。
縦に伸びた瞳孔が探るように2人をしばし見つめていたが、興味を失ったように目を逸らされた。
友の痛みと苦しみを訴える声だけが響きながら、蛇の体の中に押し込められ、比例するように蛇の胴体が太くなっていく。
ほとんど白蛇の体が闇に飲まれるほど距離が離れた頃、ゴクン、という音が響いた。




