浸潤する怪異譚
食事を終えた帆菜実は、次の講義があるからと早々に立ち去った。
帆菜実から話を聞いたあと、どうにも野菜が気味の悪いものに思えて、天秋は野菜だけ残して下げてしまった。野菜嫌いの子供を見るような視線が食堂の職員から投げられ、少しバツが悪かった。
資料を広げて読みふけり、時折気付いたこと、疑問に思ったことを付箋に書いて貼り付ける作業を繰り返していたが、最終講義が始まる頃には学食の中は再び人が集まりだしていた。
その日のカリキュラムをすべて終え、待ち合わせに使う者。夜のバイトに備えて腹ごしらえをする者。目的は人それぞれだが、様々な人間の声が天秋の耳に届く。
「昨夜、課題ついでに怪談ラジオ聞いててさぁ」
「よりよって怪談かよ。気になっちゃったりするんじゃないの? 『怖いなぁ、怖いなぁって思って』ってやつだろー」
「そういう聞かせる系じゃなくて、淡々としたニュース読み上げ的なやつでさ。昨夜は都市伝説だったんよ、『閉架記録庫』ってやつ」
「なにそれ、知らん。詳しく」
不意に耳に届いた単語に、ギクリとした。
閉架記録庫といえば、昨夜の状態は初めの時とは随分と様子が違っていた。
陽大が残した資料を読み考察することで、咲紀と共に体験したあの不気味な空間のことを思い出さないようにしていたが、こうして単語を聞けば思考がそちらへと向いてしまう。
「超ざっくり言うと『扉を抜けると、そこは図書館だった』って感じ? んで、ゾンビな職員が、本用意して待ってんだって。貸出票書かないと、帰してくれないらしい」
「ゾンビの圧、強ない?」
「強いよ。しかも逃げると追いかけてきて、読み切るまで見張ってるんだって。速いらしいよ」
「高速移動するゾンビ、怖っ!」
「読み終わると、ウォータースライダーみたいに洪水で流されるんだとさ。で、戻ってきても何読んだかは覚えてないんだって」
「はぁ~…そんなん、良く考えたなぁ…どこの掲示板発よ?」
「それがさぁ、どうも噂の出処がうちの大学っぽい」
その言葉に思わず天秋は、話をしていた男子学生の方へと顔を向けると、バチリと視線が合った。
「……えーと、もしかしてこの都市伝説、知ってる?」
「そ、そう。俺も知り合いから聞いたばっかりで…うちの大学から始まってるってのは、どこで聞いた?」
「聞いてた怪談ラジオで言ってた。『ヨナヨワ語りチャンネル』ってやつ」
「そうか、ありがとう。…聞いてみる」
礼を言って、天秋は荷物をまとめ始める。
学食は立地上、電波が入りにくい。確認するなら図書館に行こうと思った。
図書館に向かうつもりだった天秋は、気付けば高見教授の研究室にたどり着いていた。
移動途中で、高見教授が大きな荷物を抱えてヨロヨロ歩いているのが目に入った。同時に高見教授も天秋を発見していたのだろう。
声をかけられ、いかにも「老体を慮って欲しい」と言う旨の言葉が続き、「あぁ、重い。腕がもげてしまいそうだ、屈強な若い男子が手伝ってくれないかなぁ!」と直接的な依頼をされ、断れなかった。
「やあ、助かったよ! お礼にお茶…お茶じゃないなこれ…梅酒か! 梅酒をご馳走しよう」
高見教授が研究室に置かれている冷蔵庫からペットボトルを取り出し、プラスチックのカップにドボドボと注いでいく。注いでいる途中で中身が酒であることに気付いたようだったが。
なみなみと注がれたカップを渡され、渋々と受け取った天秋は少しだけ口をつける。
梅の風味を損なわない甘さが、口の中に広がりーー喉を灼く感覚に咳込んだ。
「こ、れ…」
「サークル生の誰かが置いていったのかな。度数キッツイねえ、これ」
「勝手に飲んだら、良くないんじゃ…」
「私の研究室にある無記名で開封済みのものは、共有物の扱いにしてるんだよ。高平くんは飲み物に合わせて乾物持ち込んでたよ」
高見教授の言葉に、スルメやエイヒレなんかを持ち込んで、発泡酒かチューハイの缶を片手に資料を読み耽る陽大の姿が浮かぶ。もしかしたら、夜通し教授と話し込んでいたこともあったかも知れない。
「昨日、君が回収していった郷土資料。アレ、どこの資料だったんだい? 見て良いって言われてたんだけど、手を付けられなくってねぇ…」
「紙代村の資料でした。手書きのものも多くて…PDFにしたんで、データ送りましょうか?」
「お、それは嬉しいね。よろしく頼むよ。…それにしても、紙代村か。高平くんより天瀧くんが研究してたイメージが強いね」
「天瀧さん、ですか?」
「あれ、知らない? 高平くんの私物回収依頼されたなら、知ってるかと思ったけど。一昨年の卒業生でね、高平くんに資料の探し方のコツとか教えてて、仲良かったよ」
近くにあったノートパソコンを操作した高見教授は、写真と名前、そして研究内容が記載された画面を天秋に見せた。
そこには、天瀧清司という名前と、白銀のような髪をした男の写真が写っていた。
研究内容は「蛇神信仰の変遷について」とあった。
(…そうだ、この人。背が高くて親が紙代村の出身。…陽大が1年半前の旅行で紹介してくれた先輩だ)
無数に散っていた点が繋がり、道が出来上がっていく。
天秋は拳を強く握り込んだ。




