第二十三章 鮮血に溺れる
「ッ……!」
苦し紛れに、声を絞り出す。
本当は、怖かった。
目の前にいるグリザイユくんは、僕が知っている彼とは違うように見えた。いつものように笑って、冗談を言って、皆を明るくしてくれる存在。でも今は、その笑顔の奥に隠していた何かがむき出しになっているようだった。
それでも、僕は答えるしかなかった。
「知らない……ッ」
震える声を必死に押さえながら言う。
「嘘をつくな」
冷たい声。
その瞬間、腕を握る手にさらに力がこもった。
痛い。
握られているだけなのに、骨まで軋んでいるような感覚がする。このままグリザイユくんの握力で、腕が折れてしまいそうだった。
「ッ……!!」
激しい痛みが腕を襲う。
息が詰まる。叫びそうになるほどの痛みだった。
「リーダーのお前が、知らないはずはない」
「……僕は、戦闘力があるわけでもないし、作戦を練れるわけでもない」
ポツリポツリと話す。自分でも分かっていた。僕は皆みたいに強くない。戦えるわけでもない。特別な力があるわけでもない。
ただ、皆と一緒にいたいと思っているだけの人間だ。
「そんな僕に……バロロさんが狂桜の場所を言うわけないでしょ?」
はは、と。
無理に笑ってみせる。
笑わなきゃ。大丈夫だって思わせなきゃ。
でも、グリザイユくんの表情は変わらなかった。
グリザイユくんは……。
「……そうか」
一瞬考え込むように目を伏せて、そして。
ゆっくりと手を離した。
その瞬間、すぐさま腕を引っ込める。
「ハア……ハア……」
呼吸が乱れる。
本当に腕を持っていかれるかと思った。痛みで手が震える。だけど、僕はそれ以上に別のことを考えていた。どうして。どうしてグリザイユくんは、こんなにも苦しそうなんだろう。
「……」
「……」
沈黙。
重たい空気だけが、そこに残る。
何か言わなきゃいけない気がした。でも、何を言えばいいのか分からなかった。そんな時だった。グリザイユくんが、ゴロンと寝ころんだ。まるで、もう僕には何の興味もないみたいに。
「……」
何も喋らない。
その姿を見ていると、胸の奥が締め付けられる。
いつものグリザイユくんを知っているから。
いつも笑っていた彼を知っているから。
今の姿が、余計につらかった。
僕は……。
「……悩みがあるなら、言ってよ……」
もう、我慢できなかった。
このまま何も知らないふりをするなんて、できなかった。
「僕たち、家族だったんじゃないの……?」
「……」
「なんで何も相談してくれなかったの……?」
「……」
「……僕はなんの強さもない、ただの一般人だけど……」
自分で言っていて、情けなくなる。僕には何もない。皆みたいな力もない。敵と戦うこともできない。だけど。
「グリザイユくんの、力になりたい。グリザイユくんは、大切な……家族だから」
それだけは、嘘じゃなかった。
どんな姿になっても。
どんな秘密を抱えていても。
グリザイユくんは、僕にとって大切な家族だった。
グリザイユくんは、黙っている。
だけど。
「……数瞬間前から、狂桜は突然喋り始めた」
「……!」
思わず息を飲む。
狂桜。
その名前が出た瞬間、空気が変わった。
「狂桜は、血を浴びるたびに私を褒めた。……カゲエが普段私を褒めてくれるのとは違う。なんだか……とても……安心した」
グリザイユくんは語る。
その声は、いつもの彼とは違っていた。どこか遠くを見ているような。過去を探しているような。
「狂桜が話すたび、もっとその声を聞きたくなった。……聞かないと、ダメな体になっていたんだ。それに……なんだか、この関係が美しかったんだ……まるで、故郷に再び帰ったみたいに……。……ん?故郷……?」
その瞬間。
グリザイユくんの表情が変わった。
何かに気付いたような。
でも同時に、何かに拒絶されているような。
すると、グリザイユくんは。
「!?グッッ……頭が……ッ痛い……!!!」
「!グリザイユくん、どうしたの!?」
突然、頭を押さえて苦しみ始めた。
さっきまで話していた声とは全然違う。
本当に耐えられない痛みに襲われているようだった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!苦゛しい……ッ!!!」
「ど、どうしよう……!!誰か……!?」
僕はただ見ていることしかできなかった。
手を伸ばしても、何をすればいいのか分からない。助けたい。なのに。何もできない。その事実が、何より苦しかった。そうしたら。
「……」
パチンッ!
指パッチンの音が響いた。
突然、グリザイユくんの周囲に煙が現れる。
その煙はゆっくりと広がり、グリザイユくんを包み込んだ。
そこ煙を吸ったグリザイユくんは……。
「……うう」
力が抜けるように、その場で眠ってしまった。
「!」
後ろを振り返る。
そこには。
バロロさんが立っていた。
後ろを振り返る。
「……あれほどグリザイユくんとは会えないって言ったのに。君と来たら」
責めるような言葉。でも。
その声は、怒っているというより……心配しているように聞こえた。
バロロさんはいつだって冷静だ。どんな状況でも慌てない。何が起きても落ち着いて考える。
だからこそ。
そんなバロロさんが、少しだけ悲しそうな顔をしていることが、余計につらかった。
「……ごめんなさい」
自然と、俯いてしまう。僕は、何も考えずに行動した。グリザイユくんが苦しんでいるなら。何か悩んでいるなら。ただ、助けたかった。でも結果は。グリザイユくんを苦しませただけだった。
「……もし、グリザイユくんが悩みを話してくれたら、グリザイユくんが少しでも楽になれたらって……」
ポツリポツリと話す。
言葉にするほど、自分が情けなくなってくる。僕はただ、自分が何かできると思い込んでいただけなのかもしれない。グリザイユくんのことを心配しているつもりで。本当は、何も分かっていなかったのかもしれない。
「……そうか」
バロロさんは静かに頷いた。やっぱり、いつだって冷静だ。そして。優しい。こんな僕を叱ることもなく。責めることもなく。ただ、静かに受け止めてくれる。
「もう深夜だ。早く寝なさい」
そう言って、バロロさんは僕を部屋まで送ってくれた。廊下を歩く足音だけが響く。何度も何かを言おうとした。でも。言葉が出なかった。「大丈夫」と言われても。「気にするな」と言われても。きっと今の僕には、届かなかったと思う。
部屋に戻る。
ベッドに座る。
そして。
僕は……。
何もできなかったどころか。
グリザイユくんを、更に傷つけてしまった。
「僕は……なんて無力なんだ」
ベットの上で、そう呟く。悔しかった。悲しかった。大切な家族が苦しんでいるのに。僕は何もできない。ただ、見ているだけ。そんな自分が、情けなかった。こんな時……。グリサイユくんなら。きっと僕に、いつもの笑顔で言ってくれるだろう。
『カゲエちゃんには笑顔が似合うぜい~!!』
明るくて。
優しくて。
いつも僕を励ましてくれた声。
「……ぐすっ」
気付けば、涙が溢れていた。
静かな部屋の中。
誰にも聞こえないように、声を押し殺す。
そして。
そのまま涙を流しながら。
僕は眠りに落ちていったのだった……。
◇
翌朝。
目が覚めても、気持ちは晴れなかった。いつもなら楽しみな朝ごはん。皆と話す時間。でも今日は。どうしても、そんな気分になれなかった。朝ごはんを食べないと、ミライ・ユくんに伝えた。学校も、休んだ。行かなきゃと思う気持ちはあった。
でも。今の僕には、皆の前でいつも通り笑うことができなかった。皆、僕のことを心配そうに見てくれた。その優しさが、嬉しくて。でも同時に、胸が痛かった。もう、時刻はお昼ごろだ。午前中はずっと布団にくるまって過ごした。何も考えたくなくて。ただ時間だけが過ぎていった。
「……お腹、空いたな」
そう呟いた時。
コンコン!
扉がノックさせる。
「……カゲエくん、起きてるー?」
ミライ・ユくんの声だ。
その声を聞いた瞬間。
少しだけ、胸の奥が温かくなった。
「入っていいー?」
「……いいよ」
そう言うと。
ガチャリと扉が開く。
入ってきたのはミライ・ユくん。でも。一人じゃなかった。キアロくん。トロンプくん。そして……。皆の手には、大量のお菓子。
「……?」
僕が不思議そうにしていると。
「カゲエくん……今からゲーム大会しようぜっ!!」
「誰が一番ゲーム上手いか論争、今日決着つけよう!」
「げーむ、というものはやったことがないが……何事にも挑戦してみせよう」
「……!皆……」
胸がいっぱいになる。
皆。僕の為に来てくれたんだ。何も言っていないのに。何も頼んでいないのに。僕が沈んでいることに気付いて。こうして来てくれた。その瞬間。少しだけ、昨日の自分を責める気持ちが軽くなった。僕には、何もないと思っていた。でも。僕には、こんなにも大切な仲間がいる。僕は、笑顔でこう言った。
「……うん!いいよ!負けないぞ~!」
こうして。
ミニゲーム大会が始まった。
最初は普通に遊ぶつもりだった。
でも。
キアロくんがボタンを押し間違えて全然戦えてなかったり。トロンプくんが予想以上にゲームが上手くて、いつの間にか目的が「トロンプくんを止めろ!」になっていたり……!
気付けば、皆で大笑いしていた。
悔しがって。
叫んで。
笑って。
そんな当たり前の時間が。
今の僕には、何より大切だった。
ゲームに飽きたら。今度はテレビで僕のお気に入りのアニメを皆で見る。皆も熱心に見てくれた。主人公がバトルに勝ったときなんかは、皆で「うおお~!」とハイタッチした。そんな時間はあっという間に過ぎていった。気付けば。四時間が経っていた。もうそろそろ夕方だ。
するとここで。
ミライ・ユくんが口を開く。
「……グリサイユのことなんだけどな」
「!」
思わず驚く。
楽しい時間の中で。
一瞬だけ空気が変わった。
でも。
嫌な感じはしなかった。むしろ。
皆がグリザイユくんのことを忘れていないことが、嬉しかった。
「バロロさんが、狂桜について今めっちゃ調べてくれてる。話は、そこからだな」
バロロさん……!
あの時も。
僕たちが眠っている間も。
きっと調べ続けていたのだろう。
そんな遅くまで起きて。
グリザイユくんのために。
皆、グリザイユくんを大切に思っている。その事実は、揺るがない。
僕は……また。グリザイユくんに会いたくなった。
いつもの笑顔じゃなくてもいい。
無理に笑ってなくてもいい。
ただ。
本当の気持ちを抱えた。
普通の——本心のグリザイユくんに、会いたくなった。
「……僕たちも調べるの、手伝わない?」
皆、一瞬顔を見合わせた。でも。すぐに。
「賛成!!!」
と言ってくれた。
その瞬間。
僕の胸に、少しだけ勇気が戻ってきた。
バロロさんの部屋へ行くと。そこには、なにやらいくつもの巨大魔法モニターがある部屋の中で。床には大量の紙が落ちていた。きっとずっと調べていたのだろう。その光景を見るだけで、バロロさんの覚悟が伝わってきた。
「……おや、君たち。何か用かな?」
バロロさんが優しく聞いてくれる。
「……僕たちも、狂桜について調べます」
バロロさんは驚いた顔をした。
「僕たちも……グリサイユくんを救いたいんです!」
「力になれるか分かりませんが……俺たちにも協力させてください」
頭を下げるミライ・ユくん。
僕たちも頭を下げる。
「……」
バロロさんは一瞬迷ったようだ。
でも。
すぐに、優しく笑った。
「うん。君たちの気持ちは分かったよ。皆で調べようか」
「!」
「ありがとうございます!」
「はは、礼を言いたいのは私の方だよ。丁度信頼できる助手が欲しかったところさ」
こうして。
僕たちはバロロさんの部屋で。
皆でグリザイユくんを救うために、調べることになった。




