第二十一章 奇妙なルーティーン
私はその日は一旦走って帰った。久しぶりに狂桜の声が聞けて、満足だった。
本当は、もっともっと話したかった。
狂桜に褒められるたび、生きている心地がした。生きている理由がある気がした。私は——
皆に隠れて、自分の体を切った。どんどん体を切った。その度に、狂桜は嬉しそうな声をあげる。
ははは……いいぞ……グリサイユ。
「はは」
もっとだ……もっと血を与えてくれ。
「はははは」
……お前は、私の親愛なる家族だ。グリサイユ。
「はははははははははははははは!」
嬉しくて嬉しくて、たまらなかった!私が狂桜のことを求める度に、狂桜も私の血を求めてくれる!なんて完璧な関係なんだろう!!
このまま、いくらでも——そうだ。腕を切り落としたら、沢山血が出るよな。今まで何回だって見てきた。よし……。
私はシャツを脱いで、腕に刃をすわせる。そして。
——切ろうとした。が。
「バター・チェンジッ!!!!」
ぐにゃり。狂桜はひん曲がってしまう。
「あ……!?狂桜……!?」
「何やってるんだ!!グリサイユ!!!」
バロックロココが立っていた。
……私と、狂桜の……神聖な時間を、邪魔するなッッ!!!
バロックロココに殴りかかる。が。
「ミスター・スポットライトッ!!!」
手の軌道は外れて、近くの木へぶつかる。
ミシッッ……!!木の幹は、私の拳を中心に亀裂が入った。
「な、なんて力……!」
トロンプが私のことを、なにか怪物でも見るような目で見てくる。
——この目に、見覚えがある。
前にも、私はこんな目で見られたことがある。
それも……一人や二人じゃない。
大勢だ。
でも……誰だっけ——
パチンッ!バロックロココが指パッチンすると、魔法陣が私の足元に浮かんだ。そして。
ブワアアッ!あたり一面に煙が舞う。
「!?」
急いで口を覆う。が。遅かった。
「……——」
私は、眠りに落ちてしまった。
◇
僕がその「現場」にたどり着いたころには、「戦い」はもう終わっていたようだった。
「ハアハア……!み、皆だいじょう……!」
大丈夫、そう言いかけたが、思わず言葉が止まる。
……グリサイユくんの体。地面に倒れてる。
灰色の、大きな背中。勇ましい、信頼できる背中。
そこには——数えるのも恐ろしい、おびただしい量の傷跡があった。
「……!!なんで……」
思わず口を手でふさぐ。
辺りには、血の匂いがしたたっていた。草木に、血飛沫が舞っている。
真っ黒の、血飛沫。黒い血液……。でも、確かに匂いは血そのものだった。
恐らく、僕たちに黙って、今まで、何回も、自分の刀で自分を——
「……ッ」
一緒に走ってきたミライ・ユくんも、黙っていた。
「またグリザイユ晩御飯来ねえな……今日で一週間目だぞ?」
ミライ・ユくんが食卓でそう言う。グリザイユくんは、ある日突然晩御飯会に参加しなくなってしまった。理由を聞いても、
「……忙しいから」
そう言って、詳しくは教えてくれなかった。それに。
あんなにおふざけ大好きなグリザイユくんが——ここ最近、全然喋んなくなった。
「今、どこにいるんだろう……?」
そう呟く。
「……監視しているようで悪いけど、ちょっと様子見てみようか」
バロロさんが魔法のタブレットを召喚し、皆でのぞき込む。そこには——
「え……?」
森の中で、刀で自身を傷つけるグリザイユくん。
辺りには、血が滲んでいる。
自分の血を刀に塗り付けるグリザイユくん。
グロテスクで、みていられない。でも。それ以上に。
心配だった。
「は……?なに、してんだ……!?」
「……!マズいな」
バロロさんは話し合う間もなく、走って森の中へと向かった。僕たちも続く。
グリザイユくん。何があったのかは分からない。でも……。
「……頼むから、無事でいてっ……!!」
そう願って、バロロさんの後を必死で追いかけた。
◇
——翌日。皆で朝ごはんを食べるが……。
「「「……」」」
皆黙っていた。本来、こうしていると、
「おいおい~!どうしたんだよっ、おまいら!私が特性の一発ギャグかましちゃうぞ☆」
グリザイユくんが真っ先に場を笑わせてくれる。でも、そんなグリザイユくんは今……。
昨日の夜。寝ているグリザイユくんをキアロくんが運んで、僕たちは歩いてゆっくり帰った。
「……」
「……」
「……」
皆、何も、話さなかった。
グロテスクな光景を見てしまった。が。それよりも……。
仲間が傷ついているのを見てしまった。それも、自分自身で傷つけて……!
何か、悩みがあるのだろうか。
なら。なんで言ってくれないの……?
グリザイユくんは、僕のことを信用していないのだろうか。心のどこか遠くでは、僕たちのことを信じていないんじゃないか。
狂桜……あれに血を塗り付けていたように思えたけど……?
その時、執事さんが食卓にやってきた。
「……グリサイユ様が、お目覚めになりました」
「「「!」」」
皆、会話を交わすこともなく、ただ真っすぐにグリザイユくんがいる部屋に向かった。
皆、心配しているんだ。
そして、部屋に着く。
中には、昨日からバロロさんが見てくれてるから、グリザイユくんとバロロさんの二人がいるはずだ。
コンコン、と扉をノックする。が。
「返せッッッ!!!!!」
「……!?」
中から怒鳴り声が聞こえてきた。
な、何事…?
そおっと扉を開ける。すると……。
グリザイユくんとバロロさんが、言い争いをしていた。
「ダメだッ!!狂桜は没収させてもらうッ!」
「クソ!!この折消せよッッ!!今そっちに行って切ってやるッ!!!」
二人とも、すごく怒っているみたいだ。バロロさんも怖かった。だけど。それよりも。
——普段あんなにおちゃらけている、チームのムードメーカーのグリサイユくんが……歯をむき出しにして狂犬のようにバロロさんを怒鳴りつけている。
それが、ショックだった。
「……!」
バロロさんは、僕たちに気づくと……。
「ッ……」
手を、バッと横にして、「扉を閉めなさい」のジェスチャーを取った。そっと扉を閉める。そして、扉を閉める瞬間にも。グリサイユくんの怒鳴り声が聞こえた。
「……」
「……」
「……」
「……」
皆、黙っている。誰も、何も言えない。
でも、一人だけ、勇気を出して、笑顔でこう言った。
トロンプくんだ。
「あ……そういえばさ!実家から遊園地のチケット貰ったんだよね~!期限もうすぐだし、この後、行っちゃわない!?」
皆も顔をあげる。
「……遊園地か。いいな、久しく行っていない」
キアロくんがそう言う。ミライ・ユくんも口を開けた。
「……じゃ行こうぜ!遊園地!」
「……うん!いいね!」
こうして、僕たちは遊園地に遊びに行くことになった。二枚のチケットを、残しながら……。




