第十九章 父親
しばらくの沈黙。森の中に作られた特設サーキット。さっきまで響いていたエンジン音も、魔法の衝撃音も消え去っていた。残ったのは——。
勝者と敗者。
そして。
「……いい戦いだった!」
ミライ・ユくんの、まっすぐな声だった。
「……え?」
ドミニオンが顔を上げる。ミライ・ユくんは、笑っていた。勝ち誇った顔でもなく。相手を見下す顔でもなく。ただ、本当に嬉しそうに。
「お前、本当に速かったよ」
「……」
「正直、途中で無理かと思った」
「……は」
ドミニオンが小さく笑う。
「おいおい……勝った側が言うセリフじゃねえだろ」
「でも、本当のことだ」
ミライ・ユくんは、手を差し出す。
「お前がいたから、俺はもっと速くなれた」
「……!」
「だから」
「……ありがとう」
その言葉に。
ドミニオンは、目を見開いた。
そして——。
「は……」
小さく息を吐く。
「はは……」
肩を震わせる。
「……完敗だよ」
ゆっくりと、差し出された手を見る。
「ミライ・ユ」
そして。ぎゅっ。
二人の手が、固く握られた。
「……負けた」
ドミニオンは悔しそうに笑う。
「俺はずっと、魔法能力がある奴が上だと思ってた」
「……」
「だから、魔法能力もねえお前が認められてるのが気に入らなかった」
ドミニオンは空を見る。
「でも……違ったんだな」
「速さってのは、魔法能力だけじゃ決まらねえ」
「……」
「お前は……本当に運転手だったよ」
その言葉に。ミライ・ユくんは少しだけ目を細めた。
「……ありがとう」
その光景を見ていた僕たちは。
誰も、言葉を出せなかった。
だって。
あのミライ・ユくんが。ずっと自分を「何もない」と言っていたミライ・ユくんが。今、誰かに認められている。それが、嬉しくて。
「……よかったね」
思わず呟く。
「うん……」
グリザイユくんも。
「……ああ」
キアロくんも。
「ミライ・ユくん、かっこよかったね!」
トロンプくんも。
みんな、笑っていた。バロロさんも優しく微笑んでいる。
「彼は、もう自分で自分の価値を証明したんだね」
その時。
「……」
パチ。
「……?」
パチパチ。
拍手。
誰かが拍手している。
「……?」
全員が音の方向を見る。
森の入口。
夕日に照らされた場所に。
一人の人物が立っていた。
その人物は――。
虹色の髪の束。虹色の瞳。
まるでミライ・ユくんを、そのまま大人にしたような姿。
でも。纏っている空気が違う。圧倒的な存在感。
そこにいるだけで、空気が変わる。
「……素晴らしい」
その人物は、笑顔で拍手を続けていた。
「見事だったぞ」
ミライ・ユくんの表情が。
固まる。
「……」
「……?」
僕はミライ・ユくんを見る。
さっきまで、あんなに堂々としていたのに。
その顔には。驚き。戸惑い。そして——。
少しだけ、怯え。
「……親父……?」
「……!」
僕たちは一斉に振り返った。
「え?」
「ミライ・ユくんのお父さん……!?」
その人物は。
ゆっくりと歩いてくる。
虹色の瞳が、ミライ・ユくんを見る。
「久しぶりだな、ミライ。我が息子よ」
夕焼けの中。親子の再会が。静かに始まった。
「誇らしいぞ。ミライ」
「……父様、何でここに……?」
「イマカとカコミからミライと会ったとの報告を受けてから、しばらくお前のことを監視していたよ」
「な……!?」
「ミライ……私は信じていた。お前が魔法特殊能力に目覚めるのを。そしてそれは現れた……〈勝利へと運命を導く〉。流石は、インパスト家次期当主だ。」
僕は。
ミライ・ユくんの元へ、走り出していた。
「ッ……!」
思わず、大きな声が出る。
「ミライ・ユくんはあなたのじゃない!僕たちの大切な家族です!」
他の皆も、ハッとする。
「そ……そうだぜ!ミライ・ユは俺たちの家族だ!」
「……お前の都合で、ミライ・ユ殿を渡したりなどせん」
「ミライ・ユくんのことは、ミライ・ユくんが決めるんだー!」
バロロさんも続く。
「インパスト卿……ミライ・ユくんは、我々の大切な存在です。決して、傷つけることは許しません」
「カゲエくん、グリサイユ、キアロ、トロンプ、バロロさん……!」
ミライ・ユくんは、覚悟を決めた顔をした。
「父様……いや、親父」
「……なんだ」
「俺……家には戻らない。ここにいる。俺は、Venom Desireの……カゲエくんの、運転手なんだ」
「……」
「……昔のお前なら、私が迎えに来れば帰ってきた」
「……」
「だが今のお前は、私より先にお前を守ろうとする者たちを選んだ」
「ミライ・ユくんは……!」
「分かっている」
そして、
「……いい仲間を持ったな、ミライ」
「……え?」
それからミライ・ユくんのお父さんは、ポツリポツリと話し始めた。祖父からの圧力でミライ・ユを次期当主に指名されていただけで、自分で強制的に選んでいたわけではなかったこと。ミライだけじゃない、イマカとカコミにも、申し訳ないことをしたということ——
「……次期当主の件は、私が何とかして見せる。ミライは大切な仲間のところで過ごしなさい」
そういって、帰っていった。
ポカンと立ち尽くすミライ・ユくん。そして——
「よっしゃあああ!!」
ガッツポーズを取る!
僕は……大号泣していた。
「うう゛……ぐすっ、ミ゛ライ・ユくん、お父さんと、和解できて、良゛かったねえ……!」
ミライ・ユくんは呆れた顔で僕を見た。
「おいおい……また泣いてんのかあ?」
そして、僕に微笑みかける。
「……泣き虫」
「だって゛!!あんなの見せられたら……もう゛……!!」
うわああああああん!!と泣き出してしまう。
他の皆も、ちょっと笑ってた。
なぜか、ドミニオンもほほ笑んでた。
それがおかしくて、今度は大笑いする。
ミライ・ユくんに、「おいおい、情緒不安定かよ……?」とちょっと引かれた。
皆で、沢山笑って、そのあとは、サーキットの解体をみんなで手伝って、ドミニオンも一緒に皆で晩御飯を食べた。
食べ終わって、帰る準備をするドミニオン。帰り際に、
「……ありがとな。カゲエ様。ブラッド・ワークスの件は、俺に任せといてくれ」
そうして、去っていった。
夜、皆におやすみをして、自室に戻ってベットの中でいろんなことを振り返る。
ブラッド・ワークスを倒して、焼き肉店に行って、組員が襲ってきて、それから一週間グリザイユくんとキアロくんとも大学に行って、……ミライ・ユくんが泣いてるところを見て、その夜僕も泣いて、ミライ・ユくんの過去を聞いて。
一緒にゲームして、僕のことを親友と言ってくれて!
ふふ!と横になりながら、笑う。
そして、次の日の朝ドミニオンが来て、勝ったら一億やるって……ん?
何か、大事なことを忘れているような……——
「一億!!!!!!!!!」
一億貰うの、完全に忘れてた!!この僕の叫びは、真夜中に家中に響き渡ったのだった……。




