第十七章 第二ラウンド、開始
翌日の夕方。豪邸の庭。僕たちは、いつものように集まっていた。……昨日の戦いの疲れが残っているはずなのに。ミライ・ユくんは、いつも通りスーツを整えて、車の整備をしていた。
「……」
僕はその姿を見ながら思う。昨日、あんなに苦しそうだったのに。それでも。ミライ・ユくんは、前を向いている。そんな時だった。
ゴォォォォン!!
森の奥から、巨大なエンジン音が響いた。
「……え?」
皆が一斉に振り返る。木々の間から、一台の赤い車が現れる。昨日の車。オーバーテイク・ドミニオンの車だった。
「……また来たか」
グリザイユくんが刀に手をかける。
「懲りない奴だな……」
キアロくんも警戒する。車から降りてきたドミニオンは、ニヤリと笑った。
「ミライ・ユ」
「……」
「昨日の勝負、楽しかったぜ」
ドミニオンは腕を広げる。
「だからよ、もっと最高の舞台を用意した」
「……舞台?」
すると。ドミニオンの後ろ。森の中が、突然光り始めた。地面に魔法陣。木々の間を縫うように作られた道路。そして——
「……サーキット?」
僕は呆然と呟く。森の中に。一周何キロあるのか分からないほど巨大な専用コースが出来ていた。
「ええええ!?」
トロンプくんが叫ぶ。
「昨日まで何もなかったよね!?!?!」
「一日で……?」
キアロくんも目を疑う。
「魔法を使ったとしても、この規模は……」
バロロさんですら驚いた顔をしていた。
「恐ろしい執念だね……」
しかし。そんな中。ただ一人。ミライ・ユくんだけは、落ち着いていた。
「……」
ゆっくりとドミニオンを見る。
「……随分、準備がいいな」
「当然だ」
ドミニオンは笑う。
「昨日の俺は負けたわけじゃない」
「ただ、準備不足だっただけだ。次は違う」
赤い車を撫でる。
「今度こそ、お前を追い越す」
静かな沈黙。そして。ミライ・ユくんは答えた。
「ああ。いいだろう」
「!!」
皆が驚く。
「ミライ・ユくん!?」
僕が声を出す。
ミライ・ユくんは続けた。
「でも」
一瞬。
僕の方を見る。
「……カゲエくん」
「え?」
「今回は」
ミライ・ユくんは少しだけ緊張したように言った。
「君が助手席に座っていてくれないか……?」
「……え?」
空気が止まる。
「えええええ!?」
トロンプくんが一番大きな声を出した。
「分かってるの!?ミライ・ユくん!敵は追いついた相手をどんどん衰弱させるんだよ!?カゲエくんにもその魔法はかかっちゃうよ!!」
「……分かってる」
ミライ・ユくんは静かに答えた。
「でも。昨日、俺は一人で走ってた。技術も。経験も。全部、自分が積み重ねてきたものだって証明したかった」
ミライ・ユくんは少し笑う。
「でもな。気付いたんだ」
「……」
「俺が一番、俺らしく走れる時って。誰かのために走ってる時なんだよ」
僕を見る。
「昨日だって。カゲエくんや皆がいたから、最後まで諦めなかった。だから」
少し照れくさそうに。
「今回も。隣にいてほしい。俺の親友として」
「……!」
胸が熱くなる。
一昨日。何も出来なかった僕。ミライ・ユくんが傷ついているのを見ているだけだった僕。でも。今度は。僕が隣にいる。
「……」
皆も何も言えない。
そして。
「……ミライ・ユ殿」
キアロくんが小さく笑う。
「そこまで言われては、止められないな」
「だね~」
グリザイユくんも笑う。
「ミライ・ユがそこまで信じてるならさ。俺たちも信じるしかねーよな」
バロロさんも優しく頷く。
「カゲエくん。君が決めることだよ」
「……」
僕は。ミライ・ユくんを見る。あの日。初めて友達になってくれた人。僕に「親友」って言ってくれた人。だったら。答えは決まっている。
「……分かった」
僕は笑う。
「僕、ミライ・ユくんの隣に乗るよ」
「!」
「絶対に怖くない。だって」
拳を握る。
「ミライ・ユくんは、僕が一番信じてる運転手だから!」
ミライ・ユくんは一瞬驚いた顔をして。
そして。
「……ふっ」
小さく笑った。
「ありがとな」
ドミニオンが車に乗り込む。
「決まりだな。なら始めようぜ。最高のレースを」
夏の夕暮れ。
森に作られた巨大サーキット。
二台の車が並ぶ。
一台は、魔法能力を極めた男。
一台は、魔法能力を持たない男。
そして。今回は。ミライ・ユの隣に。親友がいる。
「……行くぞ、カゲエくん」
「うん!」
エンジンが唸る。
——サマー・ラッシュ・チェイサー
第二ラウンドが、始まる。
◇
エンジン音が、森全体に響き渡る。
サーキットを二台の車が駆け抜けていく。一台は、赤い車。オーバーテイク・ドミニオン。
もう一台は、ミライ・ユくんの車。
「……!」
僕は助手席から前を見る。速い。昨日とは、明らかに違う。ドミニオンの運転技術が。たった一日で。別人みたいに上がっている。カーブ。直線。減速。加速。全てが完璧。
「……嘘……」
思わず呟く。昨日までなら。ミライ・ユくんは、少しずつ距離を離していた。でも。今日は違う。離れない。むしろ——
「……近づいてる」
ミライ・ユくんの車の後ろに。
ドミニオンの車が迫る。
バックミラーに映る赤い車。どんどん。大きくなっていく。
《どうした?》
通信から、ドミニオンの声が聞こえる。
《昨日の俺とは違うだろ?》
笑っている。
《一晩中、走った》
《お前の動きを研究した》
《お前の癖を分析した》
《お前の運転を、俺のものにした》
ドミニオンの車が、さらに近づく。
《俺は認めない。魔法能力も持たない奴が、俺より上だなんて》
ミライ・ユくんは。
何も言わない。
ただ。
前だけを見ている。
ハンドルを握る手。アクセルを踏む足。全てが迷いなく動いている。
でも。
ドミニオンは速かった。
「ミライ・ユくん……!」
僕は思わず声を出す。
だけど。
ミライ・ユくんは答えない。
ただ走る。
サーキットの中盤。大きな下り坂。そこからの急カーブ。普通なら、少しでも判断を間違えればコースアウトする場所。
でも。
二台は同時に突っ込んだ。
キィィィィィッ!!!
タイヤが鳴る。
車体が滑る。僕の体が横に引っ張られる。
「うわっ……!」
でも。
ミライ・ユくんは。
寸分違わない操作で車を立て直した。
「……!」
すごい。やっぱり。この人は。でも。次の瞬間。ドミニオンの車が。横に並んだ。
《見えたぞ》
ドミニオンが笑う。
《お前の限界が》
そして。アクセルを踏み込む音。一気に前へ出る。
「!」
追い越された。
その瞬間。
空気が変わった。昨日と同じ。でも。今日は。僕もいる。
「……っ」
胸が苦しい。
息が浅くなる。
体が重い。
「な、に……これ……」
指先が震える。
頭がぼんやりする。
まるで。
体の力を少しずつ奪われているみたいだ。
《どうだ?》
ドミニオンの声。
《これが俺の能力だ。追いついた相手を、弱らせる。昨日はバロックロココの奴に邪魔されたが……今日は違う》
赤い車が、前を走っている。
《助手席まで巻き込めば!お前らは、ここで終わりだーッ!!!》
「ぐ……!!」
苦しい。
息が。
出来ない……!
「ミ、ミライ・ユくん……!」
声を出そうとする。
でも。
力が入らない。
目の前が揺れる。
昨日。
ミライ・ユくんが耐えた苦しみ。
これを。
ずっと一人で。
「……っ」
悔しい。
何も出来ない。
隣にいるだけなのに。
僕は——
その時。ちらりと。ミライ・ユくんを見る。
「……」
ミライ・ユくんは。何も言わなかった。焦ってもいない。怒ってもいない。苦しんでいる僕を見て、慌ててもいない。
ただ。
前を見て。
ハンドルを握っている。まっすぐ。ただ。まっすぐ。走っている。
「……」
ミライ・ユくん。
一体。
何を考えているの……?
でも。その横顔は。昨日までの不安に揺れていた顔じゃなかった。決意した人の顔だった。ドミニオンの車は。もう。遥か前。完全に追いつかれている。そして。ミライ・ユの車は。今。
最大の危機を迎えていた——。




