第十六章 尋問タイム
豪邸へ戻る道。車の中は、珍しく静かだった。運転席に座る俺。助手席にはバロロさん。
いつもなら、カゲエくんが「今日のご飯何かな~」とか「さっきの敵すごかったね!」なんて話してくれるのだが……。
今は、いない。……まあ、当然か。
カゲエくんは、戦闘をしている俺たちを待っていたんだから。俺はハンドルを握りながら、さっきの戦いを思い出す。
ドミニオン。あいつは強かった。魔法特殊能力。生まれ持った才能。俺がずっと持っていなかったもの。それでも——。
「……ミライ・ユくん」
「ん?」
バロロさんが優しく声をかけてくる。
「少しは、自分を認めてもいいと思うよ」
「……え?」
「君は魔法特殊能力がない。それでも、あの男と最後まで戦った」
バロロさんは窓の外を見る。
「それは、誰にでもできることじゃない」
「……」
「君はもう、十分に強いよ」
……。俺は少しだけ笑った。
「……そういうこと言うの、ずるいですよ」
「はは。そうかな?」
「……泣きそうになるじゃないですか」
「泣いてもいいんじゃないかい?」
「……いや、カゲエくんにまた泣かれるんで」
「ふふ」
バロロさんが笑う。……本当に。 あいつは。カゲエくんは。俺なんかのことを、本気で心配してくれる。だから。負けられない。
◇
「ミライ・ユくーーん!!!」
豪邸へ到着した瞬間だった。遠くから、聞き覚えのある声。
「!」
見ると。カゲエくんが、こっちへ向かって走ってきていた。帽子が少しずれている。息も切れている。たぶん、ずっと待っていたんだろう。
「大丈夫だった!?」
俺の前まで来るなり、カゲエくんは俺の腕や顔を見る。
「怪我してない!?敵は!?勝ったの!?」
「お、おいおい」
思わず苦笑する。
「落ち着けって」
「だって……!」
カゲエくんの目は、本当に心配そうだった。……ああ。やっぱり。こいつは。
「……大丈夫だ」
俺は笑う。
「俺は帰ってきた」
「……!」
カゲエくんの表情が少し緩む。でも。
「……でも」
俺は続ける。
「バロロさんがいなかったら、危ないところだった」
「え……」
カゲエくんがバロロさんを見る。バロロさんはいつもの穏やかな笑顔。
「いやいや、私は少し手伝っただけさ」
「少しって……」
俺は呆れる。
「能力で相手の手をバターにするとか、普通思いつかないですよ」
「便利だろう?」
「便利の方向性がおかしいです」
カゲエくんがぽかんとしている。
「……えっと……バター?」
「そう」
バロロさんは頷く。
「相手の両手を柔らかく変化させた」
「!?」
カゲエくんが固まる。まあ、普通そうなる。そんな話をしていると。
「……あ」
バロロさんが思い出したように言った。
「そうそう」
そして。懐から、小さな瓶を取り出した。
「これ」
「……?」
瓶の中には。ぷるぷると動く、謎の液体。
「え」
「何、それ……?」
カゲエくんと俺が同時に見る。バロロさんは笑顔で答えた。
「ドミニオンの部下」
「「!?」」
一瞬、時間が止まった。
「え?」
「……はい?」
俺たちはもう一度瓶を見る。
「いやいやいやいや!!」
思わず叫ぶ。
「部下って!?人ですよね!?」
「うん」
「なんで瓶に!?」
バロロさんは首を傾げる。
「情報を聞くために、少しだけ溶かして捕まえてきた」
「少しだけ溶かして!?」
「バロロさん!?」
カゲエくんも珍しく大声を出している。
「え、えっと……大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ」
バロロさんは爽やかに笑う。
「ちゃんと戻せるからね」
「戻せるんだ……」
カゲエくんが困惑する。俺も困惑する。……。いや。この人、本当に敵に回したくないな。
「さて」
バロロさんは瓶を掲げる。
「ドミニオンの能力について、詳しく聞いてみようか」
その瞬間。
俺とカゲエくんは顔を見合わせた。
「……」
「……」
そして。
「「聞き方!!!」」
豪邸中に、俺たちのツッコミが響いたのだった。
◇
「……というわけで」
バロロさんの提案により。僕たちは急遽、豪邸の一室に集められることになった。
「尋問タイムってわけだな!」
グリザイユくんが腕を組む。
「ふむ……ドミニオンについて知る良い機会だな」
キアロくんも真剣な表情。
「なんか……すごいことになってきたね」
トロンプくんが苦笑する。そして。部屋の中央。そこには……。
「……」
小さくなった人影。
いや。
正確には。バロロさんの魔法で元の姿に戻された、ドミニオンの部下だった。ただし。
「……なんで首輪ついてるの?」
僕が思わず聞く。するとバロロさんは、いつもの笑顔で答えた。
「逃げられないようにだよ」
「そ、そうですか……」
普通の返答のはずなのに。
なんだろう。今日のバロロさん。笑顔なのに、ちょっと怖い。その証拠に。
「……」
グリザイユくんが小声で言う。
「なあ……」
「ん?」
「バロロさん、怒ってね?」
キアロくんも頷く。
「……ああ」
「珍しいね」
トロンプくんが呟く。
「いつもニコニコしてるのに……」
僕も、バロロさんを見る。確かに。いつもの優しいバロロさんじゃない。静かに。でも確実に怒っている。
「さて」
バロロさんが敵を見る。
「君に聞きたいことがある」
「……」
敵は少し怯えた表情をする。
「ドミニオンについて」
「……」
「彼の能力」
「……」
「そして」
バロロさんの目が少し鋭くなる。空気が変わった。
「……っ」
敵が息を飲む。その瞬間。バロロさんが指を鳴らす。すると。敵の首輪から魔法陣が浮かび上がった。
「ひっ!?」
「安心して」
バロロさんは微笑む。
「危害を加えるものじゃない」
「じゃ、じゃあこれは……」
「逃げようとしたら、部屋の掃除を朝までお願いする魔法だよ」
「え?」
全員、一瞬止まる。
「……掃除?」
僕が聞き返す。
「うん」
バロロさんは爽やかに答える。
「この豪邸、広いからね」
「……」
「逃げるより大変だと思うよ?」
「怖ッ!!」
グリザイユくんが即座にツッコむ。
「いや、攻撃じゃねえのに怖いって何!?」
「なるほど……精神的な拘束か」
キアロくんが感心する。
「バロロさん……」
トロンプくんが震える。
「敵にしたくないタイプだ……」
僕も思った。普段優しい人ほど。怒ると怖い。まさにそれだった。
「さて」
バロロさんは椅子に座る。
「話してもらおうか」
「……」
敵は黙る。だが。バロロさんがにこっと笑う。
「……ちなみに」
「?」
「嘘をついた場合は、庭の草むしりも追加になる」
「!?」
敵の顔が青ざめた。
「……」
僕は思った。いや。草むしりって。そんなに……?でも。敵の反応を見る限り。相当嫌らしい。
「わ、分かった……!」
敵は慌てて話し始める。
「リーダーの能力は、自身が追い越した者をどんどん衰弱させると言う魔法能力だ!リーダーに追いつかれたら、呼吸が浅くなり、手足が重くなり、どんどん魔法が出せなくなってしまう。発動条件は正式に相手に勝負を申し込むことで……!」
「チッ」
グリサイユくんが舌打ちする。
「何が正式に相手に勝負を申し込むことだよ!?ミライ・ユに魔法能力のこと黙っててよ……!」
「……この際だ、ドミニオンの弱点も聞いておこう」
キアロくんがそう提案する。
◇
「……つまり」
バロロさんが整理するように呟く。
「ドミニオンの弱点は、能力ではなく……」
「……」
ミライ・ユくんを見る。
「単純な話。ミライ・ユくんの運転技術が、彼より上だった」
「……!」
敵の男は悔しそうに顔を歪める。
「そ、そうだ……!」
「ドミニオン様は認めたくなかったんだ……!」
「自分が何十年も磨いてきた技術を……たった一人の男に超えられたなんて……!」
ミライ・ユくんは黙って聞いている。
「だから……」
敵は拳を握る。
「絶対にまた仕掛けてくる」
「!」
「リーダーは負けを認めない……!次は必ず、別の手を使って……!」
「その手とは?」
バロロさんが尋ねる。
しかし。
「……」
敵は口を閉ざした。
「……」
沈黙。
「教えられない」
「なぜ?」
「リーダーは……俺たちにも詳しい作戦は教えない……」
敵は笑う。
「俺が言ったら……殺される」
その瞬間。空気が変わった。バロロさんの笑顔が消える。
「……」
静かな怒り。
「なるほど」
バロロさんが立ち上がる。
「自分の仲間には恐怖で従わせるのに」
一歩。敵へ近づく。
「他人を傷つけることは平気なのかい?」
「……っ」
「ミライ・ユくんは」
バロロさんは続ける。
「魔法能力がないことを理由に、ずっと苦しんできた。それでも、彼は逃げなかった。努力して。技術を磨いて。自分の力でここまで来た」
バロロさんの声は静かだった。
だからこそ。
怖かった。
「そんな彼を、くだらない嫉妬で傷つける人間を。私は……」
バロロさんが魔法陣を浮かべる。
「少しだけ、反省させたいと思っている」
「!?」
次の瞬間。
敵の体が淡い光に包まれる。
「えっ!な、なんだ!?」
そして。
さっきと同じように、魔法によって小さく変化させられる。
「な、なんだこれ!?」
バロロさんは淡々と言う。
「安心して。戻せるからね。でも」
にこり。
「戻してほしいなら。ちゃんと話そうか」
「……」
敵の顔が青ざめる。
「……」
その場にいた全員。
思った。
「((((バロロさん……こええええええええええ!!!!))))」
普段優しい。いつも笑っている。料理の話をしている。でも。怒らせてはいけない人だった。
「……わ、分かった!!」
敵が叫ぶ。
「話す!!話します!!」
バロロさんは満足そうに頷く。
「最初からそうしてくれればよかったのに」
「……」
敵は震えながら話し始めた。
「ドミニオン様が考えている可能性は……いくつかある。まず一つ。次の勝負で、特殊なコースを用意する」
「特殊なコース?」
グリザイユくんが聞く。
「ああ……」
「魔法妨害がある場所、視界を奪う場所。普通の運転技術だけでは対応できない場所だ」
ミライ・ユくんが眉をひそめる。
「……俺の技術を潰すつもりか」
「そうだ」
敵は頷く。
「二つ目、リーダー自身が、さらに能力を強化する。オーバーテイク・ドミニオンは……相手を追い越すほど、相手を弱らせる。でも」
敵は続ける。
「それだけじゃない」
「……?」
「リーダーは、自分が追い越せる状況を作るためなら……何でもする」
「……」
空気が重くなる。
「三つ目、お前たちの仲間を利用する可能性がある」
「!」
僕は思わず息を飲む。
「ミライ・ユが……」
敵を見る。
「仲間を守ろうとする性格なのは、調べられている。だから、そこを突くかもしれない」
……。僕は拳を握る。でも。
「……」
隣を見る。
ミライ・ユくんは。怒っていなかった。ただ。
「……やっぱり、そう来るか」
静かに笑っていた。
「ミライ・ユくん?」
「いや」
彼は立ち上がる。
「昔の俺なら。そういうのに怯えてたと思う。でも。今は違う。」
僕を見る。
「俺には、守りたい奴らがいる」
「……!」
「だから」
ミライ・ユくんは笑った。
「負ける気がしない」
その言葉に。僕は思った。ああ。この人は。もう昔の、何も持っていないミライ・ユくんじゃない。
◇
そして。
部屋の隅では。グリザイユくんが小声で言った。
「……なあ」
「ん?」
「やっぱバロロさん怒らせるのだけはやめようぜ」
「……同意する」
キアロくんも頷く。
「敵より怖かった」
「え、そこ!?」
トロンプくんがツッコむ。その横で。バロロさんだけは。いつもの優しい笑顔に戻っていた。
「さて」
「夕飯にしようか」
「……」
全員。
改めて思った。
「((((やっぱり怖い!!!!))))」
——こうして、ドミニオンとの次なる戦いへの準備が始まった。




