第十五章 サマー・ラッシュ・チェイサー
夏の昼。魔法文明によって発展した巨大都市。空には魔導広告が浮かび、道路には魔力エンジンを搭載した車が走り、人々は当たり前のように魔法を使って生活している。
この世界では、強い魔法を持つ者ほど上に立つ。
生まれ持った魔力。
特殊魔法能力。それが全てを決める世界。
——ただ一人。
その常識から外れた男がいた。
ミライ・ユ。
俺は魔法特殊能力を使えない。それでも、俺はこの街で誰よりも速い。理由は単純だった。
技術。
経験。
そして、絶対に諦めない精神。
「……来たか」
俺はバックミラーを見る。
遠く。街の光の中から、一台の赤い車が現れた。まるで獲物を追う獣のような車。運転している男の名は——
オーバーテイク・ドミニオン。
俺の耳元に魔法通信が繋がる。
《……準備は良いか、ミライ・ユ》
低い声。楽しそうな声。俺は前を向いたまま答える。
「……俺を追えるなんて、お前は幸せだな」
《違う》
ドミニオンは笑う。
《俺がお前を追っているんじゃない。お前が、俺から逃げているんだ》
俺はアクセルを踏み込む。エンジン音が街に響く。
「逃げてる?違うな。勝つために走ってる」
《魔法能力もないお前が?》
ドミニオンの声には嘲笑が混じる。
《面白いよな。この世界には魔法で空を飛ぶ奴もいる。炎を操る奴もいる。未来を見る奴だっている。なのに、お前は何もない》
俺は黙った。だが、アクセルから足を離さない。
《それなのに、どうしてまだ俺の前に立てる?》
「簡単だ」
俺はハンドルを切る。
交差点。
狭い路地。
普通なら減速する場所。
しかし。俺は逆に加速した。
「車は魔法で動くんじゃない。乗ってる人間が動かすんだ」
一瞬。ドミニオンの声が止まった。
《……。やっぱりお前は面白い》
次の瞬間。赤い車が一気に距離を詰める。
「速い……!」
ドミニオンの車はミライの横へ並ぶ。そして。
追い越した。
その瞬間。
空気が変わった。
「……っ」
俺の呼吸が浅くなる。
胸が苦しい。
腕が重い。
指先の感覚が鈍る。
「これは……!?」
《そうだ》
ドミニオンが答える。
《俺の能力》
《オーバーテイク・ドミニオン》
俺は歯を食いしばる。
「ただ追い越すだけじゃなかったのか」
《違う。俺が追い越した相手は、少しずつ弱っていく。体力・集中力・そして魔力。全部だ》
俺は息を整える。だが、苦しい。ハンドルが重い。足が震える。普通なら、ここで終わる。魔法を持つ相手に。能力を持つ相手に。勝てるはずがない。
《どうした?》
ドミニオンが言う。
《もう限界か?》
「……まだだ」
《何?》
「まだ、運転できる」
俺は車体を滑らせる。壁ギリギリ。建物の隙間。普通なら不可能なライン。しかし俺は通った。
《魔法なしで……そこまで……?》
ドミニオンの声から、初めて余裕が消えた。その時。街中にサイレンが響く。
「魔導警察だ!!」
上空から警察車両が現れる。
「二台とも停止しろ!魔法道路法違反だ!」
俺は舌打ちする。
「最悪だな……」
ドミニオンは笑った。
《最高だろ?警察まで参加するレースなんてなかなかない》
三台。四台。車が増える。街全体が混乱する。その中を、二人は走る。俺は魔法なし。ただ運転技術だけ。ドミニオンは魔法能力。二人の差は明らかだった。しかし。ミライはまだ離されない。
《なぜだ》
ドミニオンが聞く。
《なぜ、お前はまだ走れる?》
俺は答える。
「慣れてるからだ」
《何に?》
「負けることに」
一瞬。通信が静かになる。
「俺はずっと魔法を持ってる奴らに負けてきた」
「でも。その度に、運転技術だけは磨いてきた。魔法能力がないなら。魔法能力がないなりの戦い方をするだけだ」
ドミニオンは笑う。
《……やっぱり好きだよ、お前》
《だから壊したくなる》
その時。車がまた追い越される。さらに強い衰弱。息が苦しい。目の前が揺れる。
「くっ……!」
《終わりだ。今度こそ、お前は止まる》
しかし。別の車が現れた。
「ミライ・ユくん!!」
「バロロさん!?」
味方の副リーダー、バロロさん。彼は隣に並ぶ。
「そいつ、能力で勝つタイプだろう?なら——」
バロロさんは手を伸ばす。
「運転できなくすればいい」
ドミニオンが振り向く。
《何をする気だ?》
バロロさんは笑う。
「私の能力。バター・チェンジ」
光が走る。次の瞬間。ドミニオンの両手が変化した。
「……!?」
指。手のひら。腕。全てが柔らかくなる。まるでバター。
「な……!」
ハンドルを握れない。力が入らない。
「俺の手が……!」
バロロさんは叫ぶ。
「その能力!追い越せなきゃ意味ないだろう!!」
ドミニオンの車が蛇行する。魔法で制御しようとする。しかし。手が動かない。車体は大きく回転し——魔導防壁へ激突した。轟音。爆発。煙。
俺は車を止める。荒い呼吸。バロロさんが近づく。
「大丈夫かい?」
「……なんとか」
俺は煙を見る。
「でも……、終わってない」
その言葉通り。通信が入る。
《……最高だ》
ドミニオン。まだ笑っている。
《今日の勝負は預ける。次は、絶対に追い越す》
俺は前を見る。
「次は、俺が追い越す」
数秒。沈黙。そして。
《楽しみにしている》
通信が切れる。夏。魔導都市。二人の戦いは終わっていない。魔法能力を持つ者。魔法能力を持たない者。
二人のアクセルは、まだ止まらない。
——サマー・ラッシュ・チェイサー。




