群治 八話 見えない敵
横浜から帰って一息ついた頃、いつものようにオバチャン食堂で群治たちと夕食を食べていると福祉事務所の吉野さんから呼び出しがあった。「そこに群治もいるなら一緒に事務所まで来てちょうだい」と言う。
何やら少し重い雰囲気だった。
群治を連れて事務所に着くとそこに顧問の松木弁護士もいて、深刻な表情でパソコンのモニターに映ったyoutubeの画面を見ていた。
「さっき、この動画を発見したの」と吉野さんが言った。
そこに映っていたのは中学時代の群治。スマホで隠し撮りされたものらしく、しばしばブレる。だがその映像の悪さより問題は内容だった。
「これはいわゆるイジメ動画だね」
と松木が言った。
【あの群治の過去】というタイトルがついている。
俺は以前、群治から中学時代、壮絶なイジメを受けていたと言う話を聞いていた。
中山さん(群治のこと)をトイレに行かせないゲームだとか、クラスメートに囲まれて辱められるような出来事だ。
ここにはその情景と音声が記録されていた。見るとそれがいかに酷いものだったかがわかる。
映像は悪質に編集され、直接的な場面はほとんど黒く塗りつぶされていて、音声だけが流れている。それでも笑い声と群治の声、教師の対応が重なって、当時の残酷さが痛いほど伝わってきた。
「中山さんはあっちでしょ」という女子の声と続く嘲笑。
授業開始の鐘が鳴る中、「行かせろよ、バカ」という群治の必死な声が響き、教室中に笑いが広がる。
担任らしき声が「どうした中山、立ったり座ったりして」と言い、「トイレ!」と訴える群治に「休み時間に行っとけ。でもここでされても困る。行け」と返す。
その後の足音と爆笑で、シーンは終わった。
もう一つのクリップでは、複数の声が群治を取り囲む気配の後、画面が真っ黒になり、「やめろよバカ野郎!」という群治の絶叫と「野郎じゃありませ~ん」と言うからかい声の後、ドタンバタンという騒音と教師の声で「中山、何してんだ。風邪ひくぞ、早く服を着ろ」と言う声が聞こえ、再び笑い声が記録されている。
吉野さんが声を詰まらせ、松木弁護士も目を伏せた。俺も胸が締め付けられる思いだった。
それなのに当の群治は「な、酷いだろ」と、まるで他人事のように言うだけだった。その声は妙に平坦で、感情が殆ど入っていなかった。
俺にはなんでそんなふうに感情を抑えられるのか、さっぱりわからなかった。
動画には他にも『修学旅行編』『文化祭編』といったタイトルがあり、どれも同様に危険な部分は黒塗りされ、断片的な声と笑いだけが残されていた。それでも、群治を男風呂に追いやる状況の異常さは十分に想像できた。
コメント欄には怒りの声が多かったが、中には面白がるような心無い書き込みも混じっていた。
「これはもう、犯人を調べて告訴迄持って行きます」
松木が涙を拭いながらそう言った。
それにしてもこんな悪質な動画を編集して流したのはいったい誰なんだろう?
当時のクラスメイトには違いない。スマホで映像を撮っているので自分は移していない可能性が高い。それから女子ではないだろう。なぜなら修学旅行編で男子風呂から映像を撮っているからだ。
ためしに群治に心当たりがないか訊いてみると、あっさりと「ああ、これは学級委員の鈴木君だよ。とても勉強ができて良い家の子で、学校の誇りって言われていたっけ。まあ、本当は悪いやつなんだけどね」という答えが返ってきた。
松木弁護士は群治のこの証言を添えて告訴することにした。
後にわかったことだが、鈴木は国立大学の教育学部を優秀な成績で卒業し、高校教諭になっていた。
この秋に元クラスメイトの南と結婚する予定だったが、南が西成で群治に関わるトラブルを起こして拘留されたことに腹を立て、古い動画を掘り起こしてアップしたらしい。
とばっちりを受けたのが当時の担任で、管理能力が問われ、別の中学で校長を務めていたのだが、圧力に耐えきれず依願退職に追い込まれたという。
第九話 揺らぐ炎は4月18日午後8時頃に公開する予定です。




