群治 第七話 スタジアム
寿町から横浜スタジアムまでは徒歩で移動できる距離だ。
その途中に中華街がある。ナイターが始まるまでは十分に時間があったことから、そこで食事をとることにした。
色々な店が並んでいて、高級な店から庶民的な店まである。
その中で「金龍酒家」という店に群治は惹かれた。もしかしたらこの店にも記憶があるのかともしれないと思ったが、見るからに高そうな店だったので止めた。雑誌社の招待にここでの食事は含まれておらず、自腹だったためだ。
結局、俺たちは裏通りにある「福来軒」と言う店で俺は餃子定職を群治はチャーハンと卵スープを注文した。
横浜まで来ても貧乏性は治らないのかと我ながら呆れたが、浮かれて予算を超える散財をしたらガールズバーの時の群治のように、働かなければならない。
それは避けたかった。
ところが、中華街での質素な食事とは裏腹に、スタジアムに用意されていたその席は真逆だった。
チケットに書いてあった13通路から中に入ると専属のスタッフがいて俺たちを迎え入れてくれたのだ。
ここはベイダイヤモンドシートといってこの球場で最高の年間予約席だった。
バックネット裏の中央・最前列で、ホームベースの真後ろにあり、キャッチャーの構えが真正面に見えるどころか、投手の指先の動きが肉眼で見える距離だ。
個人でこんなシートを買える人は、よほどのお金持ちに限られていて、多くは会社が買ってお得意様の招待に使うためのシートだった。
だが、そんな裕福そうな人が少し離れたところに座っていた。体の大きなボディガードを従えて、悠々と談笑している身なりのいい老人がいたのだ。
俺たちとは全く縁のない世界に住む人。と、俺は思っていたのだが、その老人がボディガードを連れて俺たちの席にやって来たのだ。
「ああ、君が最近話題になっている群治さんだね」
そう言いながら群治に手を差し出し握手を求めた。
なんとその老人は郡司を取材したあの雑誌記事を読んだと言うのだ。
にこやかな笑顔の中で、時折光る鋭い眼光は、轟元記者が話てくれた昔の群治のように、修羅の世界を生きて来た人物だと直感した。
年をとっても衰えない威圧的なオーラに俺はひるんだが、群治は顔色一つ変えない。
老人はふいに俺に向き直り「私は生前の、群治さんとはずいぶん付き合いがありましてね、一緒にお酒を飲んで楽んだり、時にはケンカをしたこともありました。特にあの立花倉庫事件の時にはね……」そう言いながらチラリと群治を見た。
だが、群治はネットの外で打撃練習をしているベイスターズの選手の方に気を取られている。その時、打撃練習中のバッターが打ったファウルチップが俺たちのいる前の金網を揺らしバシーンと大きな音を立てた。
その刹那、老人から威圧的なオーラが消え、怯えたような表情になったのだ。
老人はすぐに体勢を立て直して話を続けた「私は今でもあの頃を懐かしく思っているんですよ。そういえば横哲会はどうなったんでしょうかねえ……」
これは老人が群治に鎌をかけている。そう直感した俺は背筋に冷たいものが走った。
だが、群治は少し考えたそぶりはしたものの無反応だった。
「そうですか。いや、私は野球観戦の邪魔をしてしまったようだ。群治さんと連れの方、横浜の夜を楽しんでいってください」
そう言い残すと老人はボディガードを連れて球場を出て行った。まだ野球が始まってもいないというのにだ。
「根室清介……室政物産(旧立花倉庫)取締役・会長」
群治がポツリと言った。
俺はギクリとして群治を見ると、やつは老人からもらった名刺を読んでいるだけだった。
突然、俺たちの元を訪問してすぐに帰って行った謎の老人のせいで、俺は全く野球を楽しめなかったが、群治は十分に楽しんだようだった。
ただ残念ながら群治の応援するベイスターズはこの日、タイガースに惜敗した。
試合中、面白いこともあった。3回裏、スコアボードの上にあるビジョンに球場にいる観客の映像が映し出された時「鈴木さん、岡田さん、ご結婚おめでとう!」のメッセージの後で、俺と群治が大写しにされ「群治さん、おかえりなさい!」のメッセージが流れたことにやつは大喜びをしていたので、試合に負けたことはさほど気にならなかったようだ。
ちなみに試合後に立ち寄った安そうなスナックで、群治は名曲「ブ〇ーライト横浜」を本物そっくりに歌い、店にいた昭和世代のオヤジ連中から大喝采を浴びていた。
第八話 見えない敵は4月18日午後7時ごろに公開します。




