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群治 第三話  恋人

 俺が群治と出会ったのは3年前。行きつけの『オバチャン食堂・和味なごみ』。


 ここは五十代のおかみさんが一人で切り盛りをしている大衆食堂で、家庭料理が美味しくて、いつも常連の客で賑わっていた。言い換えれば初見の客は殆どいない。そんな店に群治はフラリと入ってきたのだ。


 ちょうど、俺のいつもの話し相手は泊りがけの仕事に出ていて机の前が一つ空いていた。群治はそこにやって来ると「ここいいかい?」と言ったのだ。


 若い女性なのにショートカットでボサボサ頭、服装はこのあたりの中古衣類店で手に入るグレーのトレーナー上下。手には飾り気のない大きな紙袋を持っていた。


「家出か?」と聞くと「さっきも警官にそう言って止められた。原付の免許を見せて、大人ですよというと、『この辺りは危ないところだから女の子は気を付けて』と言われたよ」と笑った。


 以来いつのまにか夕食は群治と一緒に食べるようになって。俺たちは顔見知りになった。


 その群治がここ2.3日、夕食の時間になっても現れない。どうしたのかと思っていたら女連れで現れた。二十代の後半、保険の外交員のようなジャケットとタイトなスカートを着た、群治より二回りほど大柄の美人だった。


 女性は俺に向かって軽く会釈をしたが、あまりしゃべる気はなさそうだった。


「宮下、この人は安藤早紀さんといって、グループ・カウンセリングで知り合ったんだ。俺はこいつと付き合おうと思ってんだ」

 と、唐突に言った。


 群治がグループ・カウンセリングに出ていたことは知っていた。


 これは福祉事務所の吉野さんの勧めでLGBTとか異性に対する抵抗のある人とかが互いに話を聞き合うという場だのようだった。


 勿論、俺は群治と付き合っているわけではないので群治の女性関係(?)にとやかく言うことはできないが、今まで全くその話をしてくれず、突然そう言われたので、ちょっとばかり面白くなかった。


「あ、そう。で、一緒に住むの?」

「こいつ、大国町に分譲マンションを持ってるんだってさ。そこに転がり込んだら宿賃が浮くだろ」

 群治は完全に舞い上がっているように見えた。


 転生以来、仲のいい同性の友達が初めてできたのだから当然かもしれない。


「大丈夫なのかよ」

 俺は早紀さんがトイレに行った時に群治に聞いた。群治はネエチャン好きだが女性からはいつもイジメられている。俺はそこが心配だったのだ。安藤という女性がどんな女かは知らないが、群治を本当に大事に扱ってくれるのか? という思いがあった。


 ところが、群治は別の意味に取ったようで、

「大丈夫、俺にはテクがあるからよ。ヒ~ヒ~、言わせてやるぜ」と指を変な形にして見せた。


「そうか、まあお前がいいなら」と俺も食い下がらないことにした。



 ところが、3日もたたないうちに群治が逃げて来た。


 髪は綺麗にとかされ、薄いピンクのパーカーに短いベージュのスカートという年相応の恰好で、ご丁寧に香水石鹸の香りまでさせているのだから一瞬誰だか分らなかった。


 ちょうど夕食時でオバチャン食堂・和味が賑わっていた中、常連たちも驚いていたが群治は店に飛び込んで来るなり「おばちゃん、カウンターの中にかくまって」と言って厨房脇のスペースに潜り込んでしまった。


 ほどなく鬼の形相をした早紀が店に入ってきた。


「ウチの妹が来てない?」

「妹って?」


「群治のことだよ。私は本名のサナエで呼んでるけどね」

「で、やつがなんかしたのか?」


 顔見知りの西野が、おちょこを片手に、ちょっとニヤツキながら聞いた。


「逃げ出したんだよ。服も買ってあげたし、あんだけ可愛がってたのに」

 そういって悔しがった。


 可愛がった……。そりゃまあ、妹扱いしたら群治は逃げるだろうな。俺は納得した。


「とにかくここにはいないな。田舎に帰ったんじゃないか」

 俺がそう言うと、「たぶんそうね。私ら見てないから」と店主の和子オバチャンも口蔵を合わせた。みんなそれなりに群治のことを気にかけていたのだ。


「ちくしょう。今度捕まえたら、きついお仕置きをしてやる!」

そう言い残して早紀は出て行った。


 彼女が完全に去ったのを見届けて、俺はカウンターの中に入り、厨房の中で身を小さくして「お仕置き、お仕置き……」と呟いて怯えている群治がちょっとおかしくて可愛く見えてしまった。


「どうしたよ。あのネエチャンをヒ~ヒ~、言わせてやるんじゃなかったのかよ」


「あいつは、ネコをかぶっていやがった。恐ろしい女だったよ」

 聞いてみるとどうやら群治の方がヒ~ヒ~、言わされたらしく、その内容も俺たちが想像していた以上だった。


 群治によると、彼女が正体を現したのは2日目の夜。


 風呂に入っていると、早紀が乱入してきたのだという。


「ハダカのネエチャンか、ごちそうだな」と俺が冷やかすと「俺が銭湯に行く時に、いつも男湯に入っていると思ってたのか?」と言った。そりゃそうだ。群治は見慣れているのだ。


 しかも銭湯で卑猥な行動を起こして出禁になったという話は聞かない。


 素朴に何でだ? と不思議に思ったら、俺の気持ちを見透かしたように「俺は裸になると身構えるんだ」という答えが返ってきた。


 これは小中学校の頃にプールの授業で服を脱いだ時とか、林間学校や修学旅行でクラスメイトとお風呂に入った時に酷いイタズラをされたことが原因らしく、今もトラウマになっているようだった。


 それならネエチャンをヒーヒー言わせる事なんか初めから無理じゃないかと思ったら、群治の算段では自分は服を着た状態で、相手だけハダカということらしい。


 ともかく群治は、突然のことに驚いて固まってしまい、壁の方を向いて無言で風呂桶に浸かっていたのだが、早紀はそんな群治の不安な気持ちを察せず「サナエ、髪の毛洗ってあげる」と言って風呂桶から強引に引き抜くと、お風呂チェアーにちょこんと座らせ、シャンプーハットまで頭に被せて一週間ほど洗っていないゴワゴワの髪の毛をワシャワシャと洗い出したのだという。


 おそらくだが、群治は早紀の亭主のような存在になりたかったのだと思う。早紀を愛でて自分の世話をさせる気でいたのだ。ところが早紀の方の思惑は違った。群治を世話する点は同じでも、自分を頼ってくれて言いつけを守る、小さくて可愛い妹に仕立て上げたかったのだ。


 二人の相手に対する考えがこれだけ違えば破綻は目に見えている。


 だから例え3日とはいえ、一緒に暮らせていたのはよく頑張った方なのだ。


 早紀は群治の髪を洗うと今度はボディシャンプーをたっぷり掌に載せ、「これはね、お肌がスベスベになる化粧シャンプーなのよ」といいながら香水の匂いがキツイ液体を群治の躰に塗りたくったようだ。


「あなたは成長不足だけれど、これを塗れば豊胸効果もあるのよ」などと言いながら群治を洗う。「いやもう、いいから止めて」と言っても早紀は「ウフフサナエ、ちっちゃくて可愛い」と言って手を止めない。まるで人形を扱うかのように満足いくまで洗うとシャワーで泡を流し、バスローブで体全体をふいてくれた。


 群治はやっと解放されたと思って脱衣場に行くと服は全部、ドラム式洗濯乾燥機の中に入れられグルグルと回っていた。


「明日になったら乾いているから今日はもう寝ましょう」早紀は呆然としている群治の手を引いてベッドルームに連れて行った。そこには大きなダブルベッドが一つあり、羽毛布団の中には柔らかそうな毛布が敷いてあった。


 とにかく不安な群治は安全そうなベッドに潜り込み、躰を丸くしていると、後から早紀もベッドに飛び込んできた。そのまま群治を抱き枕のように背後から両手両足で拘束し、そのまま寝込んでしまったと言う。


 翌朝、起きると早紀はもう仕事に出ていなかった。


 早紀が買ってきた自分用の服が部屋干ししてあるのを確認すると、群治はそれを着てマンションを出た。


 早紀は仕事から帰って、部屋の中に群治がいないことを知ると怒り、群治が立ち入りそうな場所を探し始めた。その姿をパチンコ屋で目撃した群治は彼女に気づかれぬように店を脱出してオバチャン食堂まで逃げて来たというわけだった。


「おまえ、もう安藤さんのマンションに帰る気はないのかよ」

 俺が群治に確認すると、「当たり前だろ。あんなところにいたら自分を見失ってしまうじゃないか。あいつはヤバい女だよ」ときっぱり言った。



 群治が早紀と知り合うことになったきっかけ・グループカウンセリングに福祉事務所が問い合わせると、安藤早紀は小柄な女性を支配下に置くことが好きな常習犯で、そのためこれまでにも二度、接近禁止命令を出されたために、その悪い癖を治すためにカウンセリングに参加していたのだと言う。


 早紀が群治をあきらめて別の女性と親しくなるまで、群治は当分の間、オバチャン食堂の和子さんが面倒を見ることになった。















続きの「群治再び捕まる」は16日の午後7時頃に掲載します。

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