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群治 第二話  存在

「問題はその群治という人間が、過去本当に存在しとったかどうかやな」

柴村先生がカクテルをグイ飲みしてそう言った。


 この人は近くのキツツキ診療所の主任医師だ。開業医だったが経営がうまくいかず、今は西成の総合診療所に雇われて働いている。


「それね。群治さんは幼稚園の頃から前世の記憶があったと言ってますが、小学校での作文でもあれば、それが大人が書いたものか子供が大人っぽく書いたものがわかるんですがね」


 こう言ったのはこのショットバーのマスター・小池さんだ。数年前までは高校の教師をしていたが、オンラインカジノで逮捕されて退職した。以来妻子とも別れて西成でこの店をやっている。もともと酒好きでバーを開きたいと思っていたそうだから、夢がかなったと言ってもいい。


「住職の立場ならどう思うね?」

 柴村先生が俺の横でビールを飲んでいた的場住職に話題を振った。的場の実家は伝統ある寺だが、長男が継いだので、的場自身は廃寺となっていた、この近くの楊煉寺を宗派から借りて住職になった。檀家は無いので家族葬専門の葬儀会社と契約して仏さんが出た時に枕経を上げ、それを収入源にしている。


「さあな。ウチの宗派は霊と言った存在は認めず、人間は死んだらすぐに仏になるという教えだからなあ」的場住職は群治の存在を否定的に思っているようだった。


「とすると、群治がいたと信じているのは宮下さんだけですかね」

小池さんがナッツを小皿に盛りながら言った。


 全員が一斉に俺の方を見た。

 ここにいるみんなが群治を知っているのは、時折俺がやつを連れてくるからだ。


 群治はビール一杯でも酔っぱらってしまうので水割りをさらにコーラで割ってオンザロックにしたものをチビチビと飲む。その群治は今日は来ていない。


「もし48歳の群治が存在しないのなら、あれは普通に23歳のサナエということになる。そうすると41歳の俺とは親子ほど年が開くので、今迄みたいに気安くできないですね。でも群治が元々存在しないんだったら、なんで若い女の子が、転生前に俺は群治と言う名前だったなんて言う必要があるんでしょうかねえ」


「それなんだがね。いわゆる中二病という可能性もある。だがこの場合、普通は異世界の英雄だったという話になるものだ。つまり、わざわざ横浜のドヤに住んでいた、只のオッサンだったなどと言うのは聞いたことがない」

 そう言いながら柴村先生はオンザロックをグイッと飲んだ。そして話を続けた。



「もちろん信じられないことだが群治という悪霊が取り憑いているというオカルト的な解釈もある。もう一つの可能性、これはサナエが無意識に群治を作り出したという場合だ。いわゆる二重人格のようなもので女性に多く見られるものだが、原因としては幼少期に耐えられないような状況、例えば近くにいた者によってレイプされたりした場合、本来の人格を守るために別の人格が形成されたと言う可能性もある。僕は最後の可能性が一番高いと見ている」

 柴村先生が真顔で言った。


 マスターも苦渋の表情でゆっくりと頷く。

 もしその仮説が正しいのなら群治、いやサナエはすぐにでも精神科の診断を受けた方が良いだろう。あまり長引くと、サナエの人生そのものが本来の幸せを得られないままに終わってしまうこともあるからだ。


「もし群治がその気になってくれたら、僕はすぐにでも公立病院の精神科に紹介状を書いてあげられるんだが、宮下君は説得できますか?」

 柴村が俺に振ってきた。


 確かにそれが原因なら診察を受けさせた方が良いだろう。


「群治が抱えているトラウマとかの話になってきたらうまく誘導してその方向に持って行けるようにしたいと思います。それとは別に、出来れば一度、群治が住んでいたと言う横浜のドヤ街を訪ねてみたいと思います」

 俺はそれまで思ってもいなかったことを言ってしまった。


「ほう、それは面白いですね」

 マスターがカクテルグラスを拭きながらそう言った。


「だったら俺は二十三年ほど前、そのあたりの火葬場で群治と言う人間が荼毘に付されたのかと言う記録を探ってみるかな」と言ったのは住職だった。


「こういうのはどうでしょう。当時はもうインターネットがありましたから、もしかしたら『群治 横浜』とでも打ち込んでみたら何らかの情報が得られるかもしれません」とマスターが言った。

「いいね。それなら今でもできる」


 柴村先生がカバンからノートパソコンを取り出した。

するとまず出てきたのは、梁啓超が書いたとされる、清朝末期の「群治」という論文だ。日本の横浜で創刊された『新小説』創刊号(1902.11.14)に掲載されていたもので、ここでいう群治とはsociety共同生活体の意味だ。


「面白いがたぶんこれではないだろうなあ……」

 次に年代を入れてもう一度検索すると、今から25年ほど前に横浜にあった『劇団・エストロゲン』のチラシで『群治・横浜のドンファン』というものが出て来た。そういえば群治はいつもネエチャンに声をかけている。女性を落とすテクニックも持っているなどと言っていた。ただし実際にはそんな能力はないが……。


「ほうこれは面白いですね」マスターが興味を持った。「実在した人物をモデルに描いたものでしょうかね」


「いやあ、ここにフィクションとあるよ。まあ、実在していてもフィクションと書くこともあるが、その場合は少し名前を変えるんじゃないだろうかね。ところでシナリオを書いたのは山脇尚とあるが、この人は既に亡くなっている。享年48歳だそうだ」


「すると群治はその人の生まれ変わりと言うことかも」

 マスターが少し興奮したように言った。


「いいね、いいね。山脇尚という人物をもっと調べてみよう」

 柴村先生がウキウキしながら名前を打ち込んだ。


 この人たちは群治をネタに遊んでいるような気がして俺はちょっと腹が立った。


「ありゃ、意外だな。この脚本家・山脇尚は女性らしいよ。それと死んだのは今から19年前だ。だとすると計算が合わないなあ」


「生まれ変わりなんて無い無い」

 的場住職が笑って、打ち消した。


 そうなるとサナエの中にいる群治の正体はいったい誰なんだ?

 それを探るのは俺の使命のような気がしてきた。

                          















第三話 恋人に続く

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