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群治 第一話  俺は群治だ!

 三十代半ばにもなって、日雇い労働中心の不安定な生活。三畳一間しかない西成の安アパートで独身暮らしの俺が言うのもなんだが、そいつは傍で見ていても危なっかしい。生き方が下手すぎるし、言っていることもやることもぶっ飛んでいる。


 名前を中山群治なかやまぐんじという。


 群治なんて名は男っぽいが、彼女は女だ。

 それは転生前の名前だそうで、本名はサナエだ。


 本人の話によれば、こっちに来る前は48才。横浜のドヤ街に暮らしていたそうで、そのせいか生まれも育ちも大阪なのに喋り方に少し関東ナマリがある。


 もっともテレビのタレントの多くが標準語で話すので、これを聞いていればそうなっても不思議はない。

 昔の群治は酒と若いネエチャン好きで、酔っ払いのスケベ親父と言われていたそうだ。


 それで言うと、今も若いネエチャン好きは変わらないが、酒は体が受け付けないようで、ビール一杯で酔っぱらう。ゲコのスケベネエチャンというところだ。


 最近は西成のドヤ街にも観光客の若いネエチャンが大勢やって来る。


 気に入ったネエチャンを見つけると、やつはド直球の卑猥な言葉を吐いて睨まれている。


 たまに笑顔を返してくれるネエチャンもいる。


 そんな時は調子に乗って抱き付いたりお尻を撫でてビンタを食らうこともある。


「ホラ言わんこっちゃない。怒られると思ったよ。だいたい尻だったら自分のを触っときゃいいんじゃないか?」とからかうと、


「それとこれとは別もんだ。感触が違うんだよ!」と痛んだ頬を擦りながら反論した。


 群治の現在の年齢は23歳らしいが、見た目はもう少し若く見える。


 痩せていて小さいので、セーラー服でも着せたら中学生で通るかもしれない。


 ただし本人の意識は、中年オヤジなので俺たちと同じ様なシャツ、ジャンパーに作業ズボンといういでたちだ。


「それしか服はないのか?」と聞くと「昔の服は全部売った」という。

いわゆるブルセラショップに行ったらしく、けっこう良い値で売れたらしい。


 天涯孤独の中年オヤジの頃ならともかく、今では家族がいるだろうに「おまえ、心配されないのか」と聞くと、


「母親は小さい頃に亡くなった。父親は生まれた時にはいなかった」らしく、伯母に育てられていたが居心地が悪く、働ける年齢になったので家を出たのだそうだ。


 こっちの日雇い専門の職安にも登録しているが非力なので、仕事と言えば工事現場の交通整理か事務所の片づけ、ビラ配り、短期の掃除などで、あまり実入りのいい仕事は来ないとぼやいていた。


 汗で汚れた野球帽を取り、ボサボサの髪の毛を整えて、少しだけやつせば顔立ちは可愛いので、女性向きの高額な仕事にありつけるだろうにと助言したが、「そんなこっぱずかしいことができるか!」と怒鳴られた。

 

 それなのに……、


 ある日、難波近くのガールズバーから電話がかかってきて「宮下、助けてくれ。こっちで遊んでいたら代金がメチャメチャ高くて、そんな金はないと言ったら、働いて返せと言われた」と言ってきたのだ。


「いくらだ」と聞くと「5万円だ」というので「すぐには用意できないが、2、3日したら給料が振り込まれるので助けてやる。それまでガンバレ」と言って電話を切った。


 3日後、福祉事務所の松木弁護士を伴って回収に行くと、群治はガールズバーの案内係の衣装(メイド服)を着せられて両手で盆を下げ、壁際にポツンと突っ立っていた。


 接客はしていないようだ。どこか落ち着かない様子で体を揺らせ下向き加減だったが、俺たちを見つけると急に表情が明るくなって「宮下、待っとったで」と言って小走りで近寄ってきた。


 弁護士の松木が店長を名乗る高橋という半グレに話を聞くと、


「この店の場合、時給は自治体基準で、客とゲームをしたりチップをもらったりして報酬を積み上げていく。けどあの子は物覚えが悪い上に客にサービスもできないんで給料は時給分だけ。せやから借金はまだ2万円以上残ってるんや。あんたら残金を払ってくれるんか?」とすごまれた。


 群治の方にも弁護士が話を聞くと、


「店のネエチャンたちは俺が客の時は、キャピキャピして可愛いかったのに、働く立場になると急に態度が変わって、『変な奴だ』と突き飛ばされるわ、着替えの時にロッカーに仕舞おうとした衣類も『何やのこのゴミ』と指でつまんで床に捨てられた。


 文句を言うと、『新入りのくせに生意気だ。ルールを教えてやる』と言って店の倉庫で尻に回し蹴りをされたという。風呂でも髪の毛が汚い、汗も匂うと言われてシャワーで水をかけられたりしたと言う。


 松木弁護士は「これはあきらかに労働法違反だ」と言って、逆に店長から慰謝料を2万円出させ、俺たちは群治を取り返して帰ってきた。


 女の残虐な二面性を知ったことで、「ネエチャン嫌いになったんじゃないか?」と尋ねてみると、群治は「あんなのは可愛いもんさ」と言って笑った。


 聞くと子供の頃は学校で、壮絶ないじめにあっていたのだと言う。


 幼稚園の頃に転生前の記憶が戻って以来、群治の意識は中年オヤジ状態で男子とつるんでいたと言う。


「いろんな遊びを知ってたもんでな。男子からは結構人気があったんよ」と群治は懐かしそうに笑った。ネエチャン好きの群治も小さすぎる同級生の女子には全く興味がなかったようだ。


 群治は教育実習に来た女子大生を見つけると、タタタと走って行き、昭和の風物詩・スカートめくりをやってみせて男子児童からヤンヤの喝采を受けた。勿論そういう行動をすれば女子から白い目で見られていたことは容易に想像がつく。


 だが小学校も高学年になってくると様相は変わってくる。群治の周りから男子児童が離れて行ったのだ。だからといってファッションにも男性アイドルグループにも疎く、興味があるのはプロ野球の横浜ベイスターズと競馬予想だけというのでは女子と話が合うはずもない。


 群治は外観は女子でも中身は気持ち悪い異物として避けられるようになっていった。


 校内用のスリッパを隠されたり、机の上にゴミが散乱していたりと古典的なイジメを受け始めたのもこの頃からだそうだ。


 中学生になるとそうしたイジメは次第にエスカレートし、通常の児童であれば耐えられない苦痛を与えるようになってきた。例えば休み時間にトイレに行こうとするとクラスの女子数人が入り口をブロックした。この時は、迷わず男子トイレに駆け込んで事なきを得たが、後に男子も『トイレに行かせないゲーム』に加わったので群治は本当に困ったようだ。


「酷いな」と俺が呟くと群治は「酷いだろ」とまるで他人事のように言った。


 ある時、体育の授業から戻ってきた群治は置いてあったはずの制服が無くなっていることに気が付いた。周りを探しているとクラスの中心人物だった女子が「中山さんの着替えは1組に置いといたから」と言って笑った。二クラス合同の体育の授業で1組は男子の更衣室とされている教室だった。


 群治はカチンときたが、「あっそ。じゃ、あっちで着替えるわ」と言って平然と1組に行った。男子たちはずいぶん驚いたようだが、群治は奥の方、窓際に置かれたセーラー服を見つけると、気にもせずその場で着替え始めたという。


「群治、お前その頃はセーラー服を着てたのかよ」と聞くと「伯母には逆らえなかったからな。まあまだガキだったしな」と答えてその先を話し始めた。


 こんなことをされても群治は泣いたり先生に言いつけたりもしなかった。


「だってよ48歳のオッサンが子供らのイタズラぐらいで泣いたりしたら恥じゃんかよ」と言うが、イタズラで片付けられる領域を超えている気がした。


 中山は何をされても平気な女子というウワサが学年中に響き渡ったおかげで、悪ガキたちの陰湿なイジメはエスカレートする一方だった。


「やつらは今度は俺に解剖ゲームをし始めやがったんだ」群治はその頃のことを思い出したのか苦悩の表情で言った。


 解剖ゲームと言うのは、寄ってたかって一人の被害者の服を脱がすという悪質な遊びだそうだ。大勢で群治の服をはぎ取ると、それを教室や廊下にばら撒いて行くのだという。群治が拾い集めて身に着けていく様子を、クラスの子らが笑って囃し立てていたのだ。


「なんだそりゃ、完全に犯罪じゃないか。クラスの担任は気づかなかったのか!」俺はあまりの酷さに激怒した。


「担任は見て見ぬふりをしてたけど、新任の体育教師が騒ぎを聞いて駆けつけてくれてな。首謀者たちを昭和の教師の様にゲンコで殴りつけ、『スマン中山、今まで気づいてやれなくて』と熱血漢らしく俺を抱きしめて泣いてくれたよ。もし俺が女だったら惚れちまう所だが、あいにく俺はホモじゃないんでな。先生、ありがとう。とだけ言っておいた」



 どんな逆境にも涙をこぼさない群治も一度だけ大泣きしたことがある。


 それはあのガールズバーからの救出劇の後、「皆に迷惑をかけた」としょんぼりしていたのを慰めようと、俺や周りの仲間、福祉事務所の事務員の吉野さんたち総勢7名で、群治をカラオケに引っ張り出して大騒ぎをした時のことだ。


 群治は昭和時代の女性アイドルの曲を歌った。オッサンなので女性歌手が好きだったらしく「天使の〇惑」や「恋〇季節」を物まねで上手に歌う。当時も褒められた記憶があると言うが、女性歌手の歌なら男の声より今の方があっているだろう。何曲か歌った後で、「人〇の家」を歌っているさなか、突然「ありがとうな。みんな」と言ってポロポロ涙をこぼしたのだ。


 群治のことを実の妹のように可愛がる吉野さんがやさしくハグしていた。


 俺たちから見れば群治はいつも悲惨な目にあってばかりいるようにも見えるが、それにしては落ち込まない。もしかしたら群治として生きていた転生前の孤独だった頃より、周りから何かとちょっかいを出される今の方が充実しているのかもしれない。


 どうせ暇な人生だから、こうなったらとことんこいつと付き合ってやるかと、俺は心に決めた。



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