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※一気圧下における最大dB数は194 dBです。
「これが……ダンジョン」
技術の向上によって、砲身を折りたたむことができるようになった今、待機状態であれば三つに折って短くなった20mmを担いだ佐々木さんが、虚のように口を開けるダンジョンを見て絞り出すように呟いた。
「そう、私達の職場だ」
私は溜息を堪えて言った。
正直、あと二週間は慣熟訓練に使いたかったんだが、送っている日報を見たカンパニーが、門外漢のクセして文句を言ってきたのだ。
せめて一度は現場を味合わせておいたほうがいいんじゃないか? と。
私は即座に衛星通信を繋げて文句をぶちまけたが――海兵隊式の口汚さが少し出ていた気がする――部長を召喚されて、上司命令ということで無理に呑まされてしまった。
有り得ないだろうと抗弁はしたのだ。彼女は軍役経験者ではないし、仮に列島が何処かの国と戦争になり、予備役を総浚いした上で戦力が足りず、徴兵を行ったとしても半年は前線になど出しはしないと説きもした。
たしかに外骨格は凡夫を列島基準での超人に変える。決して生身では出力できない力を与えるが、兵士に、ましてや玄人にしてくれる訳ではないのだ。
最低でも一月、余裕があれば二月は基礎訓練を行いたいと言った私に、部長は尤もらしく、それではOJTの意味がないではないかと宣った。
テメェが現場の何を知っているのだと怒鳴りつけてやりたくなったが、その後に続く言葉が私と押し止めた。
このままでは彼女の評定に関わる。給金が契約通りに行くか分からないと。
それ故、私は様々な危険をカバーできる体制を作ったとは言えど、外骨格の習熟を初めて一週間のトーシロを前線に引っ張り出す始末になった訳だ。
あの時ほど本社が近くなくてよかったと思ったことはないね。
もし歩いて行ける場所にあったら、私はC7で社屋を木っ端微塵にしていたかもしれん。
いや、可能なら部長を外骨格にブチ込んで、深度Ⅴのダンジョンに引っ張っていったかな。
『しかし、深度Ⅱとは、湿気て、いますね』
ベリアリューズは戦装束に戦槌を担ぐのが馬鹿らしいとでも言いたげだが――実際、彼女ならこの程度のダンジョンは平服に素手でも踏破してしまうだろう――いきなり深度Ⅲやらに挑むわけにはいかない。
態々細かく、ギルドが神経質なまでにダンジョンの等級を分けているのは、世界晶の産出期待量に応じてのことではないのだから。
深度Ⅱ以上は本当に危険なのだ。それこそ、模倣幻影のような種を知っていないと凄まじい出血を強いられる〝初見殺し〟が出てくるようになるのだから。
その点、深度ⅡはⅠよりも構造が複雑に留まるという点で、まだ安全だ。そして、カンパニーにある程度、民間部門で需要のある低等級世界晶を送れるメリットもあるしな。
「じゃあ、いつも通り私がある程度探ってくる」
『……それじゃ、意味が、薄いの、では……?』
「等級詐欺だった時に大変なことになるし……」
リリムが首を傾げたが、最低限のチェックはしておくべきだ。
それにこの界隈、あまり数字を信用しすぎるのは命取りなのだ。
ダンジョンは発見された際、ギルドの調査員が計測器機を持って〝入り口〟から世界がどの程度改変されているかを探り、等級を付ける。
概ねこの計測通りの結果が出るのだが、たまーに構造が複雑すぎたり、一本道の凄まじい奥に深層が隠れていたりして、入り口から観測できる以上の難易度であるダンジョンが見つかることがある。
これを業界用語で等級詐欺と呼び、往々にして初心者パーティーが戻って来ないことで発覚するのだが……ゼロ災で行こうと決めた私は、斥候として詐術に引っかかっていないかを確かめる義務がある。
それに、佐々木さんはスナイパーとして育てることは決まっている。ツーマンセルの斥候として動かないのであれば、仲間達と警戒を分担することも覚えてほしいからな。
「では、十五分ほどで戻ってくる。戻らなかったらギルドにすぐ連絡してくれ」
『その時は、直ぐに、突入、しますからね』
ふんすと拳を固めるアゼリア卿。うーん、二時遭難が怖いから、そこは素直に退いてほしいんだけど……。
まぁ、みんなの顔を見たら、その気は一切なさそうだなぁ。
大事に思われているのは有り難いが、軍隊において斥候は死ぬのも仕事の一つと覚悟しなければならないポジションだから〝鳴いた金糸雀〟として、その時は危険と判断してくれる方が有り難いのだが。
特になぁ、我々のような強襲偵察要員の場合、最悪破壊工作がバレたら自爆することも考慮して、多めに爆薬を持ち込んで、ターゲット諸共に散華する覚悟もしている身としては、大事にされすぎると……なんだ、使い捨てのお手拭きを何度も使っているような感覚に陥る。
まぁ、専業軍人の価値と重みが違うのだ。ソコはある程度呑もう。
そして、ダンジョンに潜り込んだ私は、入り口付近のマッピングと調査を済ませたのだが、今回は等級詐欺の危険性はなさそうだった。
霊力計は基準値を指しているし、ありがちな浅層にいてはならない怪異が漏れ出していることもなく、罠の類いも極めて普通。
多少戦える程度の初心者でも何とかなる、普通の深度Ⅱだとカンも告げていた。
懐かしい。来たばっかりの時はこういうダンジョンを一人でおっかなびっくり漁っていたものだ。それが今や深度Ⅳが通常業務で、深度Ⅴでもちと面倒だなで済むのだから。
慣れとはおっかないものである。
「問題なさそうだ、行こう。それとみんな、今回は……」
『戦術の、テスト、ですね。分かって、います』
今日の趣旨はカンパニーを納得させると同時、20mmを何とか有効に使おうというテストだ。
私は先行した時に探った、丁度良いターゲットの所に皆を誘導した。
醜形小人が十体と巨人が一体。通常のダンジョンでは前衛が一掃して終わり程度の物だが、泡沫PMCにとっては難儀な敵だ。ゴブリンと呼びたくなる小人でさえ12.7mmでは胴撃ち一発では殺せないし、巨人ともなればヘッドショットでも目に当てて何とかの領域。
だが、20mmであれば話は違う。
「アルファ1より2、データを受信したか」
『アルファ2より1、受領したッス。ポジション確保。直接砲撃可能ッス』
「了。弾種〝HEI〟装填」
『弾種、高爆発焼夷榴弾、装填……発射準備ヨシ』
.50BMGが威力不足になっても、砲と銃の区分は今も同じだ。そして、その最大の差は巨大さによる装薬量。つまり、純粋なエネルギー量だ。
榴弾の貫通力は12.7mと比較しても劣るが、着弾時に与える損害は比べものにならない。
高性能爆薬によって撒き散らされる千数百もの破片が与える衝撃は倍以上あり、装甲をブチ抜けなくとも圧倒的な運動エネルギーによる打擲で、着弾地点半径20m近くを面による鉄槌で粉砕する。
『アンカー展開、FCS連携、照準……ヨシ』
「よし、任意射撃許可」
『えー……あの……』
砲撃命令に疑義が差し挟まれたので何だと思えば、視覚素子の共有申請が来た。何かと思って佐々木さんの視覚を借りれば、彼女の近くで仲間達が興味深そうに砲を眺めているではないか。
『あの、これ仕様書だと鼓膜破れる音が出るんスよね? 退いてくれって頼んでも平気だって……』
「あー……」
そうか、彼女はまだ西方人の屈強さを知らないものな。.50BMGを携行している私が、至近距離で遠慮なく発砲し、イヤーマフも配布していないのは彼女達が〝平気〟だからだ。
「安心して、それくらいで西方人の鼓膜は破れないから」
『マジッスか? いや有り得なくないッスか……?』
「ドラゴンの咆哮は干渉式で強化されていて、400db以上になることもあるよ」
『えぇ……物理の授業で習っていたのと話が違うッスよ……物理法則超えないでほしい……』
マジかよとドン引きしている気配を感じながら、私は早く慣れてほしいなぁと思いつつ、再度の砲撃命令を出すのだった…………。




