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「どしたんだ?」
リズは窓から外を眺めていたアゼリアに問うた。
約束の時刻が近づいてきていたからだろう。〝馬には劣るが〟便利そうなバイクに跨がるコウヅキの姿が密かに好きな彼女は、彼がやってくる時、その姿を眺めるのを楽しみの一つとしていた。
しかし、しかしだ。
何故その鞍の後席に女性がいるのだ。それも〝自分達より年若い〟女が。
ここで一つ断っておくと、列島人は顔付きの問題もあって西方ではかなり若く見られる。これは男女共に同じであり、一回りか二回りほど年下だと思われるのが平均だと言っても良いだろう。
つまり、彼女達にはコウヅキが同年代くらいに見えている。
となれば、高校を卒業したばかりの陽菜乃がどう映るかは明白だろう。
「こっ、ここ、コウヅキに抱きついて! はっ、はは、破廉恥!!」
「おうおう、また王女様が拗らせていらっしゃる」
「……ほっとけば……」
リズは顔を真っ赤にして怒気を発する王女を笑い、リリムはいつものことだとスルーして本に目を落としている。今更、この王女様の破廉恥発言がなんだというのか。コウヅキがちょっと襟に空気をやるため、ツナギの袷をはためかせるだけで鼻血を出しそうになっている女なのだから、もう発言を真面に受け止める方が馬鹿らしいまであった。
「ですが! 女子が! 男児に!!」
「あの二つ輪の乗り物で来たんだろ? それなら仕方ねぇだろ」
ん? と自分で言ってからベリアリューズは気付いた。
「ってまてよ? ソイツ、コウヅキに運転させてたのか?」
「そうでなければ抱きつきようがないでしょう!!」
言われてみればそうだと思い、重戦士は酷く呆れた。
仮にも女子が手綱を握らず、男を前に乗せて騎乗するなど。女としてのプライドがないのかという話だ。
普通、この稼業に就くというのなら、十代の前半であっても斯様な恥をさらさぬよう、多少の背伸びくらいして然るべきであろうに。
「こりゃちっと厳しく扱いてやらねぇとな」
「……殺されると、流石に治せないから……」
「わーってるよ、ちびっと厳しくするだけだ」
ちびっとな、そうしている間にコウヅキ達が到着したのだろう。彼はいつも律儀にドアをノックするので、各々応えると扉が開いた。
『おはようございます』
『おはようございます』
見慣れた男戦士はいいとしよう。今日もパリッと綺麗に洗濯したツナギに、帯革を巻いたシンプル過ぎる姿は飾り気がなく、もう少しお洒落をすればいいのにと思わないでもないが、異常がなさそうでなによりだ。
一方で、前もって今日連れてくると言われていた新兵とやらは、カチンコチンといっていい緊張っぷりである。
コウヅキが扱っているのと同じ端末の色違いを、まるで紋章か何かのように突き出して固まっている。
「よーぉ、コウヅキ、ソイツが新人か」
『ヒナノ・ササキ、です。なかよく、して、あげて、ください』
ほれ、挨拶しろと背を押されて一歩前に出た、初々しいというよりも幼いといった形容が西方では似合いの新人は、こちらではあまりしない、腰を直角に折ることで敬意を示してくる。
『紹介、してもらった、ヒナノ・ササキ、です。よろしくおねがいします』
それぞれの感想はこうだ。
フェアルリリムはコウヅキの部下というのならば、適当に顔だけ覚えておけば良いだろう。足手まといにさえならなければいいと、一瞥をくれただけ。
ベリアリューズは、そこそこ体格も良いし、列島人だが鍛えれば仕えモノになりそうだと目算する。少なくとも気合いが入っている点は悪くない。
そしてアゼリアは……また震えていた。
「ヒナノ、貴方は……貴方は……」
『はい』
「そんな年齢で、こんな過酷な運命を背負って!!」
さっきの怒りが嘘のように目を潤ませて、抱きしめてしまった。
彼女達はコウヅキから、ヒナノが志願した理由をあらかじめ聞いていたため、探索者となった理由も既に分かっている。
しかし、細かいプロフィールまでは聞いていなかった。個人情報にあたるからだ。
いわゆるコンプライアンスというやつである。
故に、事情のみを知り、〝実年齢をしらないで〟列島人の一回り幼く見える顔付きを見ればどうなるか。
「〝この幼さ〟でなんと健気な! なんと献身的な!」
彼女達の価値観で言えば、十四~十五の子供が必死に背伸びして、獣害によって傷付いた父と祖父の治療費を稼ぎ、そして家族を養うためヤクザ稼業に実を窶した健気な少女に見えたのだ。
何とも哀れな話ではないか。これからの青春を擲って、自分の命を場代に家族の生活を稼ぐため鉄火場に飛び込む。
こうなるともう、根治不可能な処女を拗らせていても、本質が善性の人であるアゼリアには同情しか湧かない。さっきバイクでコウヅキに抱きついていたのも、故郷の家族が恋しくてやったのだと、勝手に脳内変換してしまうくらいだ。
『あっ、あの!? えっと!?』
「ご安心なさい!」 探索者として不自由しないように鍛えて差し上げます!」
「あーあー、王女様は可哀想だと思ったらすーぐ入れ込む……」
「……慈悲と寛容は厳格と冷徹の裏側面……」
好き勝手言われても、感極まったアゼリアの耳には届かない。
彼女はここ最近、ずっと気を揉んでいたのだ。
どんな女が来るのかと。我等が白百合を手折る不届き物ではないかと、心配で寝付きが悪くなるほどであった。
それがどうだ、蓋を開けたらこんな子が、若い身空で探索者。
王族として同情せざるを得ない。列島の王は何をしているのだと軽い憤りさえ覚えた。
「そうと決まれば直ぐに……」
『アゼリア、待って、ください』
気が早い王女様は、即座に一人前の紳士に育て上げてやる鍛錬だと気炎を上げようとしたが、何か雰囲気がよろしくないな? と思ったコウヅキが止めに入った。
今日はOJTの一環として町を巡って、感想文を書かせて終わりにしようと思っていたのだ。特に準備もしていないのに、西方人の可愛がりが始まったら、長旅で回復しきっていない体がポッキリ折れてしまいかねない。
ましてや外骨格も着ていない状態なのだ。下手すれば事故死もありうる。
彼女達は女性というだけで自分達と同じカテゴリに割り当てようとしているが、脆い脆い列島人であることを、今一度思い出して貰わなければならない。
『彼女は、来た、ばかり、です。登録も、すんで、いません』
「ああ……すみません、つい感極まってしまったようで」
『なので、今日は、町を……』
「歓迎会が先ですね!!」
え? とコウヅキが驚くより先に、彼女は振り返ってリズとリリムに問うた。
「これから辛い生活が待っているのです! 一等良いところで食事と行きましょう!」
「お、マジ? 奢りだよな?」
「今日は全てこちらで持ちましょう!」
「やりぃ!!」
指を弾いて喜ぶリズは、その気になったら動きが早い。この時期に上手いものと言ったらと案を上げだし、列島人が喜びそうな店の覚えがあると、タダ酒の恩恵にあずかる気満々だ。
コウヅキとしては、これから町を巡って地理を覚えて貰い、ここでの生活に慣らしていく予定だったのだが……。
『これは、だめそう、ですね』
テンションが上がりまくったお嬢様を止めることは難しそうだった。
まぁ、元より詰め込み教育をする予定はなかったし、歓迎会はやろうという話になっていたのだ。
多少予定が前後しても構うまい…………。
この間インターナショナルバーに行ったら20代と勘違いされたんでね。
こういうこともあるかなって。




