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ヒッポグリフとグリフィン。
この二種の怪物はダンジョン産においても、非ダンジョン産においても〝中堅への門〟と呼ばれるほど危険視されている。
まぁ、シンプルに始末が悪いのと、殺傷能力が高いことだ。
前者は不和をばら撒く強い認識阻害の力を持っており、近くにいるだけで仲間の空気が悪化するような干渉式をばら撒いている。
後者は優れた斥候がいなければ、高高度から一人を浚っていって確実に殺し、警戒が切れたころに再び襲ってくる悪質性も持ち合わせている。
故にこそ、これを狩れるようになってこそ、西方の探索者は一人前として認められる。それを誇示するべく、装備の一部に装身具として用いる人物も多い。
つまりは、それくらいの大敵というわけだ。
まぁ、どっちも終わったんだけどね。
ヒッポグリフは私が熱工学迷彩で忍び込んで、卵を盗んだ上で爆破したら逃げ去ったし、グリフォンは〝お花摘み〟に出かけたリズに喧嘩を売るという馬鹿をして、首をねじ切られた。
うん、後者は狙う必要すらなかったら、関門って何だっけと思ったよ。
『小振りですね』
『巣立ちしたばっかりだったんでしょう』
そんな私達は、次の目的地に向かうため高機動車に乗っていた。今はそろそろ陽が暮れようとしているのでライトを付けているが、もう少しすれば宿場があるため、ナイトビジョンのお世話にはならなくていいだろう。
この辺りは辺境なれど、島国である列島と違って大陸国家の王国にとっては国境線だ。つまり、戦争になった時の最先鋒だけあって大事にされている。いざという時の補給デポもかねて、宿場が置かれることになっているのだ。
『こんな、ものでは、コウヅキも、満足しませんよね』
ベリアリューズと世界章の大きさについて議論していたアゼリアが差しだしてきた手には、世界晶が一つある。グリフォンから摘出した物だが、等級で言えば三等くらいであろう。
一昨日手に入れたダイアウルフの群れ、その異様な巨体に秘められていた物が二等級であったのだから、怪物として格上から出てくるものとしては物足りない。それにグリフォンは羽ペンに使う羽くらいしか需要がないけど、大きなダイアウルフの毛皮は、それこそ青天井に値が付くんだよな。
「まぁ、そういう日もあるさ」
とはいえ、怪物や異形も生物だ。工場生産品めいて品質を管理される鶏卵でもあるまいに、この怪物からはこの等級の世界晶が必ずドロップすると決まっていたら、そこまでの苦労はない。
上振れすることもあれば、下振れすることもある。なればこそのヤクザ商売だ。
ま、私の憧れたRPGと現実の間には、夢という隔たりがあるのだ。その分厚さくらいは良く分かっているだろうに。
それにちゃんと仕事を熟して生きていることに感謝しなければ。たしかに特種工作任務と比べたらマシなところもあるけれど――あと主力戦車よりヤベー味方が三人もいるし――命が懸かっている。
PMC界隈にイージーゲームはない。たとえ小粒な敵であっても大量に囲まれて、身動きが取れない状態でたこ殴りにされれば死ぬのだ。この世に絶対という概念が存在しない以上、無事に稼ぎも得た上で生きていられること以上の喜びはないね。
あとは少し休める場所があれば……そう思っていたが。
「……煙?」
自動運転に任せていると遠方に煙が見えた。拡大してみれば、黒っぽいソレは生木ではなく、乾燥しきった木を燃やした時のそれ。
立ち上る物が一本であれば、私は宿場の活気と勘違いしただろう。
だが、五本、六本と天に向かい、風に負けて払われているそれは決して生活を営んで行われるそれではない。
幾度となく見た〝家が燃える煙〟だ。
「全員、掴まってくれ。少しトバす」
『え?』
「早く」
貴重な戦利品が飛び散ると困るので、全員に荷物を急いでしまわせて、私は思いっきり電子アクセルを増速させた。世界晶エンジンが静かな唸りを上げて、回転数を上げていく。地面を蹴立てる速度は倍以上になり、高性能サスペンションを以てしても車上が揺れる。
しかし、それでもよかった。あそこに急いで行かなければ。
『あれは……!』
『煙!?』
遅れて仲間達も気付いたようだ。臭気センサーが遠方から運ばれてくる大気の成分を知らせてくれて、視界の端っこにポップアップした。
目に見えない微量の燃え滓。炭素に脂……ああ、あそこでは人が燃えている。
そして、辿り着いた時には全てが手遅れであった。
『宿場が……』
今晩の宿になるはずだった、宿場が完全に燃えて落ちていた。残っているのは一階部分の残骸だけであり、倒壊した納屋や使用人の住居、そして急使が使うための早馬小屋から、旅人が使う小屋まで全てが燻っている。
『生存者を!!』
「無駄だ」
慌てて飛び降りるアゼリアに、私は冷たい宣告をすることしかできなかった。
「生体反応なし……全滅している」
我々の装備は、元々は〝災害救助用〟に設計されている。
瓦礫の下に埋もれた生存者を探し出すことに特化したセンサーが、今も標準で搭載するように法令で定められているのは、全てのPMCが大災害時には協力義務を負っているからだ。
実際、軍役時代に内海に張り出した長軸半島で起こった大きな地震を伴う噴火、その義援救助に駆けつけた際、多くの地獄を見た。
センサーは冷徹にトリアージを下していく。死体には黒を、そして重症度によって赤、黄色、緑と。
だが、ここは真っ黒だ。人間のシルエットを強調表示するHUDには、バラバラになった死体が所々残る惨劇。そして、倒壊した建物の中で押し潰された亡骸だけが映っている。
こういう時に恨むよ、克明に見せ付けてくる技術力を。
列島は転移前、災害が多い国だったと聞く。今では安定しているが、常に地震の脅威に晒されて、十数から数十年スパンで大勢が亡くなる災害に見舞われてきた。
そして、常に悲劇を減らすべく、技術と装備が錬磨されてきたのだ。
だが、現場とは往々にして残酷だ。黒、黒、黒、何も救えない。全てが手遅れだ。
あの陰鬱な記憶がフラッシュバックする。一瞬だが、胃が嫌な蠕動をした。
『ねぇ、見て、ください』
何だと思って近寄ってみると、馬房から少し離れたところに死んだ羊が転がっているではないか。
亡骸は一つではない。三つだ。それも、首を裂いて大量の血を流して死んでいた。
それから、近くには散らばる〝武器・防具〟を纏った亡骸。
「……この外道共!」
私は一瞬で悟った。
こいつらは探索者だ。そして、名声欲しさに〝人目があるところでの亜竜退治〟を狙いやがった!!
『コウヅキ!?』
「やりやがった! やりやがったなコイツら!! よりにもよって! テメェの名声欲しさに!!」
私は怒りに駆られて、手近に転がっていた剣を踏み折っていた。
クソッタレのド畜生の人非人共め!!
格好付けた結果、どうなるか分からなかったのか!? ワイバーンが暴れ廻って、もし自分達がトチッたらどうなるかさえ考えられなかったのか!?
ああっ、ええい、罵倒の語彙が足りない!! 汚い言葉は海兵隊時代に嫌というほど聞いたが、そのどれもがコイツらには足りないくらいだ。
もし生き延びて自慢話をしていたら、重作業用の出力設定で顔面をぶん殴っていたところである。
しかし、ヤツらは死んだ。ならば、我々がやらねばならない。
『コウゲツ、仕返し、しましょう』
『放っておいたら、女では、いられません』
『……馬鹿のせいで、いつも、普通の人が苦労、します……』
皆も気付いたようだ。馬鹿がワイバーンを濃い血の匂いで惹き付けたことに。
そうだ、一番殺すべきヤツは既に死んでいる。
ならば、我等が為すべきことは一つだ。
ここの人達の墓標に、ワイバーンの首を弔いとして掲げてやる!!
血の匂いに敏感ということはおびき寄せることもできるし、待ち受けて戦うこともできるが、さりとてそれが即ち勝利とは繋がらない。
感想・評価などいただけると大変嬉しく存じます。
作家は観葉植物。ちょろっと水をあげる感覚で、何か書き込んでいってやってください。




