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「なるほど、そう来たか」
天目茶器をソーサーに置いて、セレスティアは静かに呟いた。
敢えて貴族が厭う、茶器同士を触れあわせる音を立てたのは不快の表明であろう。
「申し訳ありません、従姉殿。方々に問い合わせていただいたというのに……」
「なに、君は悪くない。強いて言うならタイミングが悪かった。これは偶発的なことだろうしね」
コウヅキの所に新人が送り込まれ、彼が義侠心から彼女を見捨てなかったことによって、発表する前に立ち消えた新会社設立の裏側には、これといって複雑な事情はない。
列島で経済大臣が替わり、その初仕事として世界晶採掘事業の補助金に群がる〝泡沫企業〟の始末にかかったのだ。
補助金支給制度の要件自体が変わった。流石に転移して数百年、この五十年ほどは世界晶供給も安定してきており、金を無差別にばらまく時代は終わりを迎えつつあった。
「知っているかな? 私達が情報を得るのが少し遅かったけど〝内閣〟とやらに動きがあって財務大臣……こちらでいう蔵相が変わったそうだ」
「蔵相が!? それは普通、専属の家系があるのでは……」
「言っただろう? 列島は官僚国家。大臣でさえ必要とあれば据え変えるのさ」
これも時流の一つだろうか。さるダンジョン探索系インフルエンサーが要らぬ自慢をし、それ見たとある人物が「補助金不正受給では?」と訝しみ、奇矯にも開示請求に発展。
前経済省が支援していた、とある県の知事が黒塗りブラックデータばかりの書類しか開示できず、世論が一時、それはもう派手に燃えたのだ。
「何か下らぬできごとでもあったのだろうね。向こうの政治はそれで回る。上手いことやったヤツがいて、ヘタをこいた馬鹿がいた。そして我等は時流が悪かった」
今までの制度を改善し、無駄な支出を減らし、補助金目当ての名実の伴わぬ企業を一掃する。これによって、民意を取り戻そうとした財務大臣が、補助金支給の要件を厳格化した。
これは一人親方企業を――傭兵も社長も自分一人の会社はたまにある――大いに泣かせたが、大事なのは国民へのパフォーマンス。大事なのは政府支出を下げて効率を上げましたという数字だ。
「知っているかな? 古来、政治とは人気取りであったそうだよ。デマゴーグという言葉を聞いたことは?」
「南の内海の言葉ですね。たしか意味は……扇動家でしたか」
「それだ。我々はそれを廃し、良質な血統によって政治を保つことを選んだ。だが、列島では民衆の理性と選択とやらに従って政治は動くそうでね」
防人組は、それにいち早く対応した形である。悪運が太いというよりも、その筋にパイプを持っている人間が社内におり、新制度に適応できるよう準備していたのだろう。
この対応が、正に運悪くアゼリアの報告と重なった訳だ。
「しかし、斯様な制度、衆愚政治に行き着くのでは? 現に南の内海は、それで衰退したではありませんか」
「我々の文明レベルならね。知っているかい? この板切れはね、情報の正確性とやらを弾き出すことができるのさ。政治家の嘘を民衆が数字で知ることができるそうだよ。中には自らの清廉潔白さを示すため、一日中行動を〝配信〟とやらをしている者もいるとか」
「……なるほど」
賢いアゼリアは直ぐに気付く。列島の民主制は、政治家が国民の目線、いわゆるネットに接続された情報網によって厳しく監視されていることを。そして、封鎖された情報さえも開く権利を国民が持つのであれば、此度のようなことも起こり、場合によっては単なる熱っぽいだけの扇動家は膨らむ前に萎んでしまうだろう。
要は嘘つきが生きづらいシステムを国が造り、自らを縛ったと言うことだ。たとえ動きづらくなろうとも、この方が国体が長く続くと知って。
「中々に考え難い方策ですね」
「とはいえ、やかましい宮廷雀共を見ていると、我が国にも欲しくなるけどね」
はぁ、と溜息を一つ溢して、帝国の内情を知っているセレスティアは嘆息した。
勤勉ではない人間をはじき出せる制度があるならば、是非欲しいものだと、彼女は願ってやまない。たしかにちょっとした利得を得はするが、致命的な戦争を幾度も回避するべく、繊細な文書のやり取りを主席外務卿の代わりに行っているが故に。
「とはいえ、そこまで義侠心を持っているのであれば、新会社への引き抜きは無理か」
「はい……彼は社への忠誠はないようですが、兵士を慈しんでいます」
「なら、アプローチを変えよう。新人ごと引っこ抜いて、不利益があれば金を出してやれば容易いが、こういった無理筋を彼は嫌いそうだ。なら、もっと面白い物を見つけた」
言って指を鳴らした彼女の元に、書類の束が運ばれてきた。
「これは?」
「うむ、タナカに言って用意させた朱印貿易とやらの帳簿だよ。荒稼ぎしていね」
「社員数七名? 田舎の商家より小さいではないですか。この規模に反した利益は……」
「君達が狩ったドラゴンの肝やらが種だろうね」
大きく息を吸い、今度は体内で渦巻く霊力の制御に成功したアゼリア。先の反省がなかったならば、今度は凄まじい怒気と共に発される余波によって、茶器が粉々になっていたかもしれない。
「これは揺するのに易いな……」
「買い取るのですか?」
「いや、非上場……といっても分からないか。株券を売っていない会社は、買い取るのが難しいんだ」
「では一体……」
「なに、このやり口、合法ではあるが適性ではない」
その違いが徹底的な政治教育を受けていないアゼリアには分かりづらかったが、実際のところ世の中にはグレーゾーンというものがある。
そして、それを渡って歩いてきたが故、途端に黒にされて頓死した企業の例は枚挙に暇がない。
「叩けばさぞ埃が出るだろうね」
「調べさせるのですか?」
「ああ。どうだい? 君の想い人に酷い目を見せてきた奴儕に一泡……いや、地下牢を馳走してやりたくはないかな? ああ、列島では上手いこと言うようだね。ブタ箱と」
「それは……」
高潔な王女の中で、暗い情念が燃えた。従姉妹の言葉は、あまりにも甘かった。
正直に言えば、自分達が搾取されていたことは、もういい。リズあたりは激怒しようが、コウヅキに全て放り投げていた自分達にも責がある。
さりとて、報復しないで良い道理があるだろうか。
列島のサラリーマンは「ナメられたら殺す」と宣ってきたが、それは西方においても変わらないのだ。
王だ諸侯だと煌びやかに言っているが、元はどこぞで〝一等暴力に優れた野党〟の親玉であり、今は綺麗に飾っているに過ぎない。
舐めてきた、つまり分を弁えない相手をブチ殺さないのは家格が堕ちる。そして、自分より上をナメないのは古来よりあたりまえの道理だ。そして、ナメられないように振る舞ってコソの貴族である。
防人組はナメた。有明・江月を。ひいては、彼を愛するアゼリアを。
そして、第七王女と位は低かろうが、彼女をナメることは一族郎党をナメるに等しい。
「まぁ、落ち着き給えよ可愛い従妹。君に粘っこいことは似合わない。私が上手くやろう」
「従姉様……」
「ただ、代わりにやってほしいことがある」
「……それは?」
派手に稼げ。にんまりと笑って、文字通りの腹案を練り上げた第二席外務卿は、心の中で株式会社防人組の社長と、その郎党の処刑執行書にサインした。
ということで一回躱されたくらいで諦めないのが普通ですよね。
そして古来より武家と貴族は「ナメられたら殺す」があたりまえ。
断罪の時は近い。
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