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知らない間にメンバーから激重感情を抱かれて帰れないダンジョン探索録  作者: Schuld


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20/23

2-7

 かつてマリアンヌ帝国という国があった。


 大陸西方を両断する大戦を制し、聖堂権力によって認められたマリアンヌ・アンネ・クロティルドを頂点として成立した帝国であり、改暦前より続いていたが実権を失ったに等しい老帝国に引導を渡した国だ。


 しかし、この帝国も栄枯盛衰の理には耐えられず、列島転移の少し前に分裂。最終的に神聖フローリア帝国に再編されて久しいが、その領土は半減し、海外属州を全て喪失したことによって帝国の名称も相応しいとは言えない。


 それに、旧帝国の首都であり、現聖堂座主の住まう総本山も領域外とあれば、神聖の名も若干怪しかろう。


 それでも、この国家は西方で最も広い面積を誇っている。


 それは、形骸的にであっても神聖フローリア帝国の〝臣下という体〟を取っている諸王が多いからだ。


 その実、神聖ローマ帝国と変わらず力のある王や諸侯が好き勝手しており、帝国と聞いて列島人が簡単に想像する、絶対権力者の皇帝が君臨し、上意下達が徹底した君主制国家とは言い難い。


 何せ、地方貴族でさえ自身の王を飛び越えた命令に関して、お前は私の上司の上司かもしれないが、私の上司ではないだろう、と否を平気で突き返すくらいである。


 その中でもアゼリアの家、フッガー=マルチェク王にして帝国方伯家は〝小帝国〟と呼ばれるほどの立場にある。


 帝国でも一位・二位を占める南北と東西に流れる大河の中間に存在し、それを結節する運河を握っているのだ。のみならず、有数の金の産地であり先帝国時代は貨幣鋳造の中心でさえあった。


 面積こそ下から数えた方が良いが、複数の金山、豊かな鉄鉱山を持つ領邦は凄まじい国内政治における発言権を持ち、選帝権や被選帝権こそ持たぬものの、マルチェク帝国方伯の支持なくして皇帝たり得ることはないと言われるほどであった。


 何せ、膨大な金に支えられた傭兵軍団を幾つも抱えており、方伯の号令がなければ、二割は目減りした軍団しか集められないとなれば、碌に戦争もできぬ。


 そして、アゼリアは、その第七王女。将来は臣籍降下が決まり、与えられる領地もない故に領内官僚となるほかない哀れな身でこそあれ、持っているパイプはとにかく太い。


 何せ、帝室が列島権益の独占するのを嫌って、半ば強引に設立させられた外務院、その七人しかいない帝国外務卿の一人が従姉妹であるのだから。


「久しいなアジー。君が茶会に誘ってくれるなんていつぶりだ?」


 多忙であるが珍しく帰省していた、外務卿第二席のセレスティンは、従姉妹とよく似ている表情を緩めながら、列島渡りの磁器を手に取った。


 彼女の手にあるのは新生天目曜変磁器と呼ばれる、列島のナノテクノロジーによって生み出された天目磁器の再現品であり、一つ作るのに同じ量の金よりコストが掛かると言われている、一種の外交用の切り札だ。製造点数は厳密に管理され、全てに製造ナンバーが振られている上、西方好みのティーカップ型にしてある時点で高価さは窺えよう。


 いや、それ以上の価値だ。なにせ、列島が「ズッ友でいてくださいね!」という相手にしか贈らない代物。皇帝でさえ一揃いしか受け継いでいない物を、最新ナンバーでお茶会に使えるだけの数を持っている彼女の外交的権勢は測り知れない。


「従姉殿、急にお声かけしたのに当日に招いていただけるなんて驚きです」


「私の可愛いアジーの頼みだ。母上の愚痴を聞くくらいなら、あのデカイ尻を蹴り飛ばして無視しても惜しくないさ」


「従姉殿、少々お口が……」


「おっと、これは失礼」


 くすくすと手元をかくして笑うセレスティンはアゼリアとよく似ているが、決定的に違う所がある。


 その鋭すぎる目だ。そして、瞳孔が開ききっても四隅が白目を見せる目は、諸侯の外交を具に見張っている実情と相まって〝遠目のセレス〟と呼ばれるほど畏れられていた。


「で、どうかなアジー。伊藤麒麟飲料の外商部が寄越した新茶だそうだが、気に入ったかな?」


「美しいグリーンですね。この茶器に良く映えます。それに香りも良い……」


「何でも西方向けに品種改良した最新型だそうだ。向こうも世界晶のために必死さ。彼等の寄越す〝びじねすまん〟とやらの謙りっぷりとくれば、中々に面白いよ」


「従姉殿、それは……」


「彼等の武器、だろう? 分かっているさ。卑下し、謙り、その薄い仮面の下で算盤を弾いている連中の恐ろしさったらない。連中から見放された瞬間に没落して、改易を喰らった家がどれだけあるか。考えるだけで怖ろしい」


 事実として列島との貿易には、それだけの価値があるし、彼等は淑男の仮面を被っているが本質は自分達と大差ない。用は高貴な野蛮人だ。我慢できなくなった瞬間に、刀という列島の刃を抜いて戦うことは分かっていた。


 実際、彼女が懇意にしている外商部の男は――何度か閨に誘ったが、残念ながらそれは断られていた――薄い笑顔に込めてこう言った。


 我々はサムライの末裔。その本懐は「舐められたら殺す」ですと。


 それを聞いて益々閨に引き摺り混みたくなったが、外交問題になるため我慢した彼女は列島を決して軽んじることはない。


 何せ、彼等が殺すと言った連中は悉く没落しているのだから。


 しかも、彼等は不言実行を良しとする。


 殺意を抱いた瞬間に刃を抜くが、それまでは我慢に我慢を重ねる様が、愚か者を炙り出すのだ。


 不敵に笑いながらも一切の油断などしていない第二席外務卿は、しかし味の渋さは何とも言い難いと、これまた列島産の純白砂糖を惜しげもなく三つ入れた。南の島でプランテーションしているそれの精製度合いは凄まじく、身通男児の肌より白く、雑味は一切なく優しい味を届けてくれる。


 アゼリアも遠慮せず三つ入れたが、この光景を見ればコウヅキが顔を顰めるであろうことを彼女は知らない。列島人には、カテキンによる茶の渋みの調和こそが美味だというのに。


「で、民を救うのに必死な可愛いアジー。小さい頃のように姉様と侍女のスカートの中でかくれんぼしに来たわけじゃないだろう? 何が知りたいのかな?」


「……お恥ずかしながら、従姉殿から列島の会社という物を教わりたく」


「会社? ああ、それくらいならお安い御用だが、どうしたね? 君は商会を持っているでもなし、クソ生意気な妹共や、可愛げの欠片もない他の従姉妹共と違って株券がどうこうに興味はないだろう?」


「その……笑いますか? 私の想い人が列島人であると言えば」


 唐突な告白に外務卿の顔が珍しく呆けた。この顔を見たことがある人間は、西方広しといえど、そうはいるまい。


 彼女は自分が正気かたしかめるべく茶を口に含み、その味から現実だと悟って……大笑した。


「本当かいアジー! は、ははは! 私が、この私が最も良い男をと思って帝国中をひっくり返して探した、家柄も血統も完璧な美男を全部袖にした〝撫で斬りのアゼリア〟が! おっ、おもっ、おも……」


 想い人という言葉を結びかねて、セレスティアはぷふーと息を吐いた。紳士であったらやってはならないことだが、この可愛らしい従妹の前なら話は別だ。


「従姉殿! 笑いすぎです!!」


「いや、すまない、本当にすまない、君が七つの頃から心配していて、何処かの領主になれるように手回ししていたが……まさか列島に手を伸ばすか! いや、正に天が割れたような驚きだ!!」


「ごほん、話を戻しますと、会社を買う、あるいは作るにはどうすればいいかと思いまして」


「んんっ……まぁ、真面目な質問のようだ。だが、意図は分かるが目的を知りたいね。それは、その想い人とやらのためかい?」


 話をしたところ、セレスティアは顎に手をやって、なるほどと考え込んだ。


 まぁ、言っては何だがよくある話だ。


 列島は怖ろしいまでに合理的な官僚国家であり、それを妖精の類いかと思うAIが補弼している。


 だが、その列島にも弱点がある。国家とは、しょせんマクロでしか、そして数字でしか物を認識できない生物なのだ。


 そして数字さえ回っていれば、多少の横暴と卑劣を無視する傾向にあった。


 一々それに拘うコストと、形だけとは言え真面目に納税しているならばと放置したコスト、どちらが安いかなどは言うまでもない。


 そして、労働局に文句さえ上がってくれば淡々と処理すれば良いだけだ。


「向こうでよくある商法だな。国が金をくれるから形を整えて、世界晶ビジネスではなく安定した補助金で利潤を貪る。そういった愚かしいやり口だ」


「ですが、補助金とは国費、つまり皇帝の金ではないですか。それを掠め取るような真似は帝室への不遜、国家反逆罪では……」


「いやいや、列島の皇帝はこちらの半端者とは違うお飾りだ。何だったか、君臨すれど統治せず、か。担ぎやすい、いや、尊崇と崇敬を集める立派なイコンだ。飾りにもならない皇帝陛下に列島の陛下の爪の垢を献上差し上げたかったくらいだ」


「つ、爪の垢!?」


「なに、列島風のジョークだ。真に受けてくれるな。こちらで言えば足跡を踏めくらいの意味さ」


 何でも真に受ける従妹が可愛くて仕方ない外務卿は、さて、どう助言した物かと悩む。


「会社の詳しい実情は分かっているのかな?」


「いえ、名前くらいしか。ただ、彼が私の一党で重要な斥候をやっていることは事実です。彼以外に、私の道行きを任せられる男はいないほど卓越した人物です」


 それが銀六百で雇用されているという自体にセレスティアは再び目を剥いた。銀六千の間違いではなく? と。いや、それでも安いくらいだが。


「ドラゴンスレイヤーの斥候が銀六百……それは流石におかしいぞ。専門外でも分かる廉価さだ。ちょっと待っていろ」


 言って、彼女は指を鳴らすと従僕がすっと銀盆を差しだした。


 その上に乗っているのはコウヅキが持っているのとよく似た通信端末だ。いや、防諜性能などを上げ、国営衛星通信機能を持たせた外務省肝いりの逸品であり、外見こそ同じピカピカ光る板であれど、あらゆるスペックが十倍は違う。


「少し待っていてくれ……ああ、タナカか? 私だ。今時間はあるかね」


 アゼリアは板に向かって従姉が喋り始めたことに驚いた。たしかハジメは、普通ならば列島に一本直通とはいかないと言っていなかっただろうか。


 とはいえ、それも間違いではない。彼が私物で持っている端末も、こればっかりは会社支給されている端末も民生用とパラミリ仕様。外交仕様と比べてはいけない。外交用端末には、静止衛星の使用特権が与えられているのだから。


「なに? 起きたばかり? ああ、時差か、それは悪いことをした。君のしどけない寝姿を想像してしまったじゃないか」


「あの、従姉殿は誰と……?」


「懇意にされている外商部の方でしょう」


 従僕に聞けば、囁くように教えてくれた。小声でもマイクが音を拾ってしまうため、通話中は小さな声しか出さないように教育されているのだ。


「かけなおそうか? ああ、そうか、君は優しいな。惚れ直してしまうよ。ところで、知りたいことがあってね。君は傭兵の伝手があるかい? は? ボディーガード? 違う違う、君の島の鎧を着た群れは中々に威圧感があるが、ちょっと可愛い従姉妹の手助けだ」


 端末から一旦顔を離したセレスティアは、想い人の名と所属を聞いた。


「コウヅキ・アリアケ、株式会社サキモリグミとかいうところの傭兵だ。聞いて驚け、ドラゴンスレイヤーが、たかが一千万円ちょっとで雇われているそうだ。これを君の国じゃダンピングというんじゃないか?」


 それからしばらくセレスティアはタナカと個人的な会話を交わしたが、流石に専門ではないので、別部署の者に詳細を調べさせると言って通話が終わった。


「まぁ、これで四半刻もすれば何か上がってくるだろう」


「凄いですね従姉殿、それを使いこなしているなんて……」


「なに、慣れれば簡単なものだ。煩わしい連絡全てがこれで済むんだぞ? 私は全ての貴族に持って貰いたいくらいだ」


 外務卿はそういって憚らないが、基本的にどの国も外交、そして商売を重視する者は翻訳機と通信端末の広い流通を好まない。


 何故ならば、それを独占することこそ列島の貿易を独占することであるからだ。


 何よりも、こんな便利な物が貴族の中に広まりすぎては困る。


 録音も撮影もできて、一瞬でそれを遠方に送れるなど暗闘の形が変わりすぎる。


 故に帝国では、基本的に外務卿と一部の外務院職員以外がこれを持たないように情報操作が行われていた。


 とはいえ、江戸時代の人間に単語を古いものにしたからと言って、急にスマホが扱えるかと言われれば難しいであろうから、広めようとしたところで現状より広範に行き割ったかは微妙なところだが。


「おお、そうだ、会社というならネットに広告の一つも上げているだろう。どれ、検索してみるか」


「ネット? ……ああ、コウヅキがたまにみているやつですか」


「そう、辞典から宣伝、芝居場まで何でも入ってる便利な物だ。私はつまらん夜会の時は、イヤホンを片耳に隠して〝ラクゴ〟とやらを聞いているぞ。えーと、株式会社サキモリグミ……ああ、あったあった」


 器用にフリック入力して高機能ウェブクロウラーを使えば、あっと言う間に株式会社防人組の公式ホームページに辿り着く。


「ん? んー……んんー?」


 しかし、スワイプしても出てくるのは微妙な声。どうしたのかと問えば、外務卿は言った。


 聞き心地は良いが、実態は何一つとして分からぬ、重要な情報が書いていないと。


 まぁ、よくある中小企業が形だけ作ったHPであり、最新ニュースも二年前の支局設立で止まっている。それくらいといえば、慰労会での国内旅行にて、胡散臭い笑顔を並べた社員達くらいであろうか。当然の、その中にコウヅキはいない。


「これはちと根深いというよりも……浅すぎて面倒なやつだぞ」


「浅くて面倒とは?」


「巨船は遠浅の砂浜には乗り上げられんのだ。まぁ、タナカの報告を待つか」


 喋っている間に冷めてしまった茶を入れ替えさる指示を出しながら、端末は銀盆の上に載せられた…………。

ということで社会戦の時間だ。尚、初手10割コンボの模様。

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