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「まったく、勤勉な男だ。四半刻で情報が上がってくるだろうとは言ったが、身繕いを優先しても私は怒らないというのに」
本当に三十分もしない内に、セレスティアの手には分厚い書類の束が収まっていた。
外務卿である彼女の個人邸宅には、堅いセキュリティの備わった電算機とプリンターなどが設置されており、重要な情報、あるいはデータよりも紙の方が可読性の高い情報は印刷されてくるのだ。
そして、送られてきたのは株式会社防人組概要と銘打たれた文書。
ネットから適当に拾ってきた情報のごった煮ではなく、外商部の伝手を使って情報を集め、それをAIに分析させた上でタナカ外商担当が査読し、セレスティアが読みやすいように現地語に変換した物だ。
「設立は今から五年前か。以前は大手の下請けで世界晶探索傭兵、及び農場警備部隊を派遣……列島の草刈り場になった、東夷の地で活動していたようだな」
「ああ、あの蛮族に王朝が乗っ取られたという帝国ですか?」
「そうだ。今は列島の経済的奴隷に近いな。外交的に列島は謙っているが、良いように世界晶採掘をされ、鉄鉱山や炭田を買われて、地方行政官が金に負けて土地を租借させている時点でな……」
列島は基本的に低姿勢を崩すことはないが、その対価と言わんばかりの確実さで〝実〟を取っていく狡猾な国家である。親書では相手を必ず上に置くが、鉱山開発やプランテーションにおいては、現地人を雇用せず列島人を使い、その列島人が住まう場所や生活の施設、そして娯楽においてまで全てを国内企業の合同事業にて賄う。
これは肥沃な土地を借りてやっている農業でも同じであり、支配者に金は入るが、現地人には旨味が一切ない、ある種の収奪を行わないが苛烈なプランテーションだ。
とはいえ、無理もない。
今まで作業用外骨格はおろか、削岩機やトラクターに使ったこともない現地人を雇用して、モノになるまで教育するのにどれだけのコストがかかるか。それならば、専門学校にて知識と技能を獲得した列島人の若者を送り出し、企業的集団鉱山や農場を運営した方が遙に効率的だ。
それに、現地人が提供する食事に列島人は満足できないし、況してや娯楽とあっては問題外だ。そして、感染症の都合で〝病気〟を貰われては、脆弱な列島人なんぞあっと言う間に斃れてしまう。
故に、列島の企業は全てを自分達で賄うことにした。
何より、国内に働き口を用意し、自国通貨が外に漏れないのが美味しい。そして外貨は、そのプランテーションで作った“あまり”を吐き出すだけで、列島産のブランド欲しさに有力者が買っていく。
正に経済的収奪といってよかろう。
灌漑を行い、土壌を改善し、柵で囲われた農場の中では青々と現地人の畑が雑草の群れに見えるほどの収量を誇る田畑が広がる様を見て、果たして近隣の農民は何を思うのか。
さりとて、それも見るからに屈強そうな外骨格を纏った――警備用のそれは、敢えて怖ろしげな意匠にされている――警備兵を前にすれば、どんな馬鹿でも多少は考えを改めよう。
「サキモリグミは、そういった仕事を主としていたのですね」
「ああ、ただ三年前に西方開拓に中小企業補助金が出されるようになって、その補助金を欲してアルテンハイムに出張所を出したようだな。それでお前の大事な男が一人で放り出されたわけだ」
「従姉殿!!」
揶揄われて顔を真っ赤にする従妹を可愛い可愛いと笑えば、茶も益々美味くなる。列島産の砂糖を固めて乾菓子に金箔を貼った、上等な菓子もまた美味く感じた。
「おや、収支報告書までついているな。タナカめ、どんな手を使った? ああ、そういえばヤツは元財務相官僚だと言っていたな。税務の伝手で手に入れでもしたか」
「普通、そんな帳簿は表に出ないのでは? というより何故財務卿の部下が市井に……」
「聞いて驚けよアジー、列島はな、租税計算のために企業や個人にまで帳簿を提出させているのだ。その上で“必要とあれば銀光の帳簿を開かせて”金の流れを把握し、脱税やら何やら全てを掌握する怖ろしい電子の妖精を飼っている。そして、官僚よりも成功した〝さらりまん〟とやらの方が給金が良いらしいぞ」
「普通、反乱でも起こりませんか? そこまでしたら……」
西方ではありえないことであるが、列島では普通なのだとセレスティアは歴史を説いた。
彼女は友好国を視察しないほど愚かではない。列島の歴史書を公的にも私的にも集め、全ての情報を調べて、列島人が如何なるものか、列島がどのような国家かを把握している。
その上で、彼女は上手く列島と付き合い、多くの利潤を得ているのだ。公私ともに渡って作ったパイプは太く、多くの専売事業の仲介として、領邦に利得をもたらしていた。
外務の付き合いとは正しく相手と上手くやること。欲しい物をくれてやり、必要な物を貰い、そしてお互いに分水嶺は超えない。
これが肝要なのだ。
この操作に誤って戦争を起こすような者は三流どころではなく論外。戦争とは最後の手段であって、これを上手に避けながら相手を屈服させねばならない。如何に強力な軍隊を持っていたとして、それは交渉の札であって実際に切ってはならない。
何故ならば、使えば手札とは減るからだ。少ない手札は相手に余裕を与え、嘲りを受けることを、彼女はタナカの趣味であり、布教されたカードゲームとやらから学んでいた。
とはいえ、苦境に陥ることを疎み、暴発する相手を完全に制御しきることは不可能であるのも事実だが。
「何はともあれ金の動きは全体の動き、大体見ていれば分かるが……なんだ、西方の動きがえらく小さいな? アジー、君はドラゴンを狩ったらどうしている?」
「それはコウヅキの会社にドラゴンに由来する素材は任せ、世界晶は法典どおり組合に」
「となると、この利益はおかしい。列島ではドラゴンの肝は、癌とか言う長生きするとかかる病に効くらしくてな。その売上げは等量の金より多いと聞く。今の世界的金相場からすると異常だ」
ふーむと頷きながら書類をめくる外務卿。そこで、ぴたりと手が止まった。
関係者一覧のページで、社長の顔と名前を見た後、見るからに浅ましそうな男だなと思った後で、提携会社に朱印貿易社というものがあり、その社長と防人組社長の家名が同じなのだ。
「ははぁん、なるほど分かったぞ……アジー、知っているかい? なんとだね、列島には最低公定価格制度というものがないんだよ」
「はぁ!? えっ!? それでは、どうやって買い占め人に対抗するのですか!?」
「別の制度で対応しているのさ。これはアレだな、親族の会社に捨て値で右から左に流し、身内で利益を得ているのだろう」
ギシリと空気が鳴った。体内に霊力を循環し、戦士として振るう人間の外に、制御されていなければならないモノが漏れ出して、世界が悲鳴を上げたのだ。
もしもアゼリアがもう少し未熟であったならば、希少極まりない天目磁器が粉砕されていただろう。
「落ち着けアジー。私達もやっていることだ」
「しかし! しかし! では、コウヅキの献身はどうなるのですか!!」
そんなものは知らない方が悪いのでは? と思ったセレスティアであったが、可愛い従妹が激怒に駆られているのであれば仕方がない。それに、自分達の上前もピンハネされているのに、一番に気遣うのが想い人というのが何とも愛らしく、肩入れしてやりたくなったのだ。
「コウヅキ、コウヅキ……おお?」
関連社員の名簿までどうやってか入手してきたタナカの資料には、きちんとコウゲツの資料も乗っていた。帝国でいえば騎士従卒の筆頭くらい、旗手程度であろうか。そこに様々な勲章ともいえる物を持っていることが目だったが、最大の特徴は〝経歴欄が黒塗りだらけ〟であることだった。
電子データの抜けではなく、一度記録した情報を抹消する際、AIは整合性を保つために紙と同じく非公開事情を適当な乱数を放り込んで、完全に修復不能なブラックデータ化する。
これが施されている軍人というのは、そう多くない。
特に、こちらに列島が飛ばされて数百年。大凡、公式に戦争と呼べる物をしていない列島軍人にとっては異様だ。
「星の数よりメンコの数、だったか」
「それは? どういう意味ですか?」
「爵位よりも金と同じような物だ。君の想い人、かなりの傑物だな?」
なるほど、無知を理由に使われている人間というのは珍しくはないが、当人に自覚されない方法をとっていると見る方が正しいのかとセレスティアは考えを改めた。
彼女の知識に照らし合わせれば、平民、それも軍隊上がりからすれば銀六百は大した金額なのだろう。そして、列島人は漏れなく家名を持つ奇妙な国家ではあるが、外務卿である彼女が聞いたことのない名前である故、名家の出身ではなかろう。
となるとだ、彼は上手く操縦されているのではないか。
同年代の平均を大きく上回る給与によって迷彩し、自分が搾取されていることを気付きづらくする。そして、このような遠方にいれば、地元の詳しい人間から「それっておかしくないか?」という指摘も届きづらい。況してや、列島の情報を殆ど持たぬ西方人と連んでいれば尚更だ。
だとすれば、思っていたよりも問題を解決する方法はあるかもしれない。
「ふむ……そうだな、私が思いつくあたりで解決策が幾つかある」
「本当ですか!」
「まず、我々が列島の外骨格を輸入することは不可能だ。そういった条約がある」
「えっ!? 買えないのですか!?」
「列島の軍部は同盟国にしか武器を売れない決まりがあるらしい。そして、今のところ、彼の国は多くの友好国を持っていようが、その友好国の反乱を〝たまたま居合わせた軍が鎮圧した〟としても、武器は売れん」
だからだと一つ置いて、彼女は腕を組みながら椅子の背もたれに大きく体を預けて、足を組み直した。
「会社とやらを立てればよい。こちらの都合のよい面子で、都合のよい決まりで、そして都合のよい差配でな」
「……そういえば、列島の会社は勅許書状が要らないのでしたね」
「そうだ。そして、社長が外国人であっても列島人は文句を言わん。私が手続きをして、君が社長の新しい傭兵会社を立てれば良い」
「そんな手が!!」
「まぁ、列島本土で事務作業をする者を集める手間があるけどね。それはタナカに言えば何とかなるだろう」
列島で出社準備を終えて、スーツに着替えた男性が大きくクシャミをしたようだが、そんなことを露ほども知らない外務卿は、とりあえず金を積めば何とかなるだろうという、金満貴族的な節を隠そうともしなかった。
いや、なるにはなるのだ。実際に法外な報酬を提示された人間は、実績にもなるし、恩も売れるし、懐も温かくなると頑張ってやる。
だが、達成するまでには凄まじい困難が付き纏い、骨がダース単位で折れていく。自分のコネを総動員し、伝手の伝手まで使って、時には横紙を破る必要もあるだろう。
それでも列島のサラリーマンとして、涼しい顔を薄い笑みの仮面で被甲して、殊更誇るようでもなく報告しなければいけないのだ。
なんてことはありませんでしたよと。
おお、これこそが列島の勤め人が誇る優雅さにして美徳だ。
そのせいで交易国からの無茶振りが強くなっていくのだが、それはそれで取引需要が増えるので悪くない。結局、昔から列島人は身を粉にして働く習性ばかりは変わらないのであった。
「西方人が法律で社長になれなかったとしても、タナカの上司で次の就職先を欲している者もいるだろうからね。適当に肩書きだけ寄越して、金を貰いたい人もいるだろう」
近々会う予定があるから、その時に細かく話を詰めておくよといってから、セレスティアは思い出話を聞かせてくれないかとねだった。
「しかし、我が家系からドラゴン・スレイヤーが出るとはね。何代ぶりかな」
「初代様は当方からの遊歴騎士でしたからね。あのお方も竜殺しだったと」
「そうさ、今も家長が継ぐ剣は竜骨を鍛え、筋を柄に巻き、竜血に浸して仕上げた本物の竜からなる剣さ。といっても、竜の恨みが強すぎて抜くだけで凄まじい負担だろうから、親愛なる陛下も儀式の時にしか抜いたことはなかろうさ」
現フッガー=マルチェク王にして帝国方伯は、初代から伝わる宝剣を王位の証として持ち歩きはするが、抜くことはない。干渉式によって呪いを自らに刻んだ古のドラゴン、その名残は山すら割るというが、担い手に絶え間ない苦痛で蝕むのだ。
「そうですね、たしかに母はあれを鬱陶しそうにしておりました。なので、私も竜の剣を作る気にはなれませんでした」
「で、どこまで狩ったんだ? エルデスト級までいったかね?」
「いえ、コウヅキのデータだとエルダー級にも届いておりませんよ。ドラゴンスレイヤーといっても、まだまだです」
竜は生きた年数が大きさとして露骨に表れる生物であり、ダンジョンの怪異もその例には漏れない。そのため、どの程度の脅威度かを区別するため成体のドラゴンはアダルト級、エルダー級、エルデスト級と区別される。
今まで討伐した物はエルダー寄りのアダルト級であり、深度Vであろうとエルデスト級の目撃など、ここ百年以上はない。ダンジョンに集る者達を商売にしている〝大地の大虚〟という迷宮のある領邦では、中間層でエルデスト級が出たことがあるとも聞いたが、この辺境ではそうそう出てくるまい。
しかしだ、ドラゴンスレイヤーがいるというだけで、PMCとやらの箔は上がるであろう。
さすれば、それを擁立した自分の株も上がる。
密かに策謀を練りながら、第二席外務卿は喜んで従僕に、可愛い従妹の好物で昼餐と夕食を用意するように命じた…………。
マストカウンターである唐突な社会戦攻撃が防人組を襲う!! さぁ、手札に抗う術はあるのか!!
何もないならリーサルだがよろしいか!?
ということで、西方における列島事情でした。
よろしければ、窓際の観葉植物に霧吹きを吹きかける調子でコメントいただけると、筆者のやる気がブーストされますので、ちょちょっとお願いいたします。




