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知らない間にメンバーから激重感情を抱かれて帰れないダンジョン探索録  作者: Schuld


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19/21

2-6

 さて、自衛軍において性差というものを殊更意識させないように教育されるとおり、それが日常となった人間が、多少の学生生活を送ったくらいで〝習性〟になるまで叩き込まれたものを忘れるだろうか?


 答えは否である。


 シャバから四年も離れれば、日常の感覚なんてものはあっさりと薄れる。最初の半月は、教授相手に敬礼することが非常識であることを覚えるのにさえ苦労したのだ。それが今更、パラミリの世界に戻ってきて記憶が復活している中で、どうして薄れてしまおうか。


『でしたら、お願い、できますか?』


「エッ、エッ、エッ……」


 綺麗なタオルを渡されたフェアルリリムは大いに焦った。


 普通は男性が女性に体を拭いてくれと頼むことはない。


 逆はあったとして、尋常な貞操観の持ち主であれば酷いセクハラだと腹を立てるか〝そっちのお誘い〟だと判断するであろう。


 汗を拭くとは、布越しであっても体に触れる赦し。


 もしや、この夜〝そういう雰囲気〟になってしまうのかと、人間関係についての修行はまったく未熟なフェアルリリムの顔は、瞬間湯沸かし器の勢いで赤くなった。


 しかし、自衛軍で青春を使ったコウゲツには、彼女を探索者の仲間、つまり〝軍人と同じカテゴライズ〟をしているため、羞恥心というものはない。


 当たり前だ。必要となれば外骨格はパージされ、局所がどうのこうのなく治療を受ける必要があるのだ。それを相手にする必要もあるとなれば、何をか況んやというものである。


 これは翻訳云々ではなく、価値観のすれ違いだ。


 されども、面と向かってお前は女とカテゴライズしていないと言うよりは、マシなのかもしれないが。


『この服は、汗を吸います、けど、量が多いと、あふれ、ます』


「エッ、アッ、アッ、ソッ、ソノノノノ……」


 謎の鳴き声みたいな声しか出せなくなったリリムにタオルを押しつけて、コウゲツは椅子の上に据わると手首の操作パッドを弄った。


 このスキンスーツがピッチリしているのは、当人の体格に合わせて作っているからではない。そうであったならば、体を一人でねじ込むことすら困難であろう。


 では何故、ここまで体の筋が浮き出るほどのフィット感を出るのかと言えば、電気刺激によって伸縮する特殊複合繊維が使われているからだ。


 選択脱衣コマンドを押せば上体の通電が止まり、空気が抜ける音と共に広がる。


 そして、汗の香りが部屋に満ちた。


 コウゲツ自身の体臭に、毎日のシャワーが楽しみだという彼に染みついた石鹸の匂いが合わさって、まるで洗濯したての洗い物のような香りがした。


 彼女の父と、似た匂い。甘えて胸に飛び込めば、鼻腔一杯に甦る懐かしい香り。


 頭が父の姿で一杯になる。


 頭を鉄塊で殴られたような衝撃が無垢なフェアルリリムを襲う。


 男の匂い。それもたっぷりと運動で熟成された異性のそれを嗅ぐのは、彼の物だと初めてではないだろうか。コウゲツの外骨格は臭気センサー対策で中の匂いが漏れることを防ぐフィルターを搭載し、当人は不潔な状態で人前に現れることは絶対にない。


 汗など不快さしか感じさせないはずのそれが、甘い匂いをしているのは彼の健康状態が良いからだ。普段から運動して汗腺を清潔に保ち、栄養の整った食事は細菌を減らして、汗の酸化による嫌な臭いを防ぐ。


 蜜に誘われる蜂の如く、ふらりとリリムの足は部屋に踏み込んでいた。


 それを全く気付かず、コウゲツは背部の接着も解いて背中をがばりと開けて、脱皮するように脱ぐ。


 するとだ、あまりのギャップに干渉式使いの脳味噌が盛大にバグを起こした。


 刺青。コウゲツの体には、びっしりとは言わないが多くの刺青が施されていたのだ。


 二年も一緒に探索者をやっているが、全く知らなかった。


 こちらで体に刺青を入れるのは犯罪者の刑罰を除けば、基本的にヤクザな仕事に就く人間、それも女が多い。


 特に探索者は、未帰還に終わった自分の遺骸を誰かが見つけた時、判別が付きやすいように墨を体に刻み込む。


 だから彼が兵隊をやっていたことを加味しても、刺青をしていることは全く理屈としてはおかしくないのであるが……あるが……。


 清純で清らかな男性だと思って来たことも相まって、壮絶なまでのギャップであった。


 列島人に分かりやすいように表現すれば、教室の窓辺で詩集でも捲っているのが似合う図書委員で眼鏡に三つ編みのあの子が、服を脱いだら全身タトゥーだらけだったといえばご理解いただけるだろうか。


 コウヅキの体には、それだけの強い衝撃を叩き付けるに相応しい刺青が踊っていた。


 まず、左肩を覆うように描かれたそれは、頭蓋骨だ。ナイフを咥えた不気味な意匠を前面に押し出しているのみならず、右の眼窩から顔を出し、巻き付くようにしているのは海蛇である。


 最先鋒、攻め入るとなれば真っ先に敵地を踏み、守るとあれば全滅するまでゲリラ戦を続ける海兵隊の強襲偵察要員である。その覚悟と、水底を這い、必要とあらば致命の毒を注ぎ込む存在であることをモチーフとしたのだろう。


 その刺青は盾型の縁に切られており、背景には海軍の象徴である旭日。そして、モットー・スクロールには海兵隊のモットーである〝Semper Fi〟と刻まれている。


 右肩を彩るのは、軍人がミートタグと呼ぶ、肉片になっても識別できるように名前、血液型、生地、そして宗教を記す文字が流暢に描かれていた。やらない部隊も多いが、撃破された時に野ざらしで放置される可能性が多い海兵隊員ならば、九割が入れている〝もしも〟の保険だ。


 そして、背中を見て彼女はゾッとした。


 その美しさと、悍ましさに。


 コウゲツの背中でのた打ち、地獄の悪鬼と思しき青い肌の怪物に絡みついているのは、巨大なムカデではないか。西方においては死者に絡みつき、石の下に潜む邪悪な生物として恐れられている節足動物をモチーフに選ぶのは、西方人の感性として異常でしかなかった。


 その畏怖は怪物と呼べる巨体となれば尚更で、以前戦ったカマキリと同じく、死の象徴に等しかった。


 それを背中に入れる意図が、ある意味では常識人である彼女には理解が及ばない。


 しかも、他と色彩が異なるそれは、何か特別な技法によって施されたのではなかろうか。マットで肌に馴染んだような、皮膚の深層から滲む色合いは、両肩の物とは刻み込む方法そのものが違うのだろう。


 しかし、西方人からすると異質なモチーフであっても、百足は列島人、特に武人が愛する意匠であった。毘沙門天の使徒であるとされ、何にでも向かっていく獰猛性は〝勝ち虫〟として昔より好まれ、時には後退することができないという俗説から旧軍でも使われたほどだ。


 不退転。その覚悟を敢えて〝和彫り〟で入れたのは、たった四年間の御奉公のつもりであったとしても、彼が軍務に本気であったからだろう。


 とはいえ、これだけ軍を愛しているような刺青を入れていた男が、大学に行きたいため予備役に入ることを選んだのは、正に上層部からすれば青天の霹靂であったろうが。


 肌を伝う汗。ある程度のインターバルを挟みながらも長時間の自重トレーニングを行っていた体は、スキンスーツの圧迫から解放された途端に大量の雫を溢した。


 大きく発達した胸筋を彼は隠す気がなかったようで――事実、列島の海水浴場の写真はポルノとして扱われ、ドスケベ春画扱いをうけたそうだ――惜しげもなく晒し、前腕と並んで男性の魅力とされる鎖骨も丸出しだった。


 あまりの開放感に硬直するリリム。


 どうしたら、どうしたらいいのだと思考がこんがらがり、頭の中でかつての師に助けを求める。


 しかし、脳内の師も流石の困り顔であった。彼女もこんな状況に出くわしたことなどないだろうから。


 触れるか、どうするか。


 そう悩んだ時だった。


 玄関扉が開く音がした。貴族の館らしく大きなそれは、気を遣っても大きな音を立てるため、屋敷の何処にいても分かる。


 フェアルリリムの背中が跳ねた。


 まさか、こんな夜深くにアゼリアが帰って来るなどととは思っていなかった。


「こっ、コウヅキ! 服を着てください!!」


『なぜ、ですか?』


「勘違いされます!」


 弁明するまでもないが、フェアルリリムはこれといって悪いことはしていない。汗を拭おうかと言い出したのも、まぁセクハラの範疇ではあるが、テンパった結果の発言であるので擁護できよう。


 だが、それを聞くまでに、処女を拗らせまくった王女様が抜剣しないでいてくれるだろうか?


 それは希望的観測が過ぎるというものだ。


 彼女はコウヅキから脱ぎだしたと言っても聞き入れまい。況してや、彼の低性能な翻訳機で完璧な仲裁ができるはずもなし。


 このままでは強漢魔として処される。王女の神威迸る刃を前にすれば、干渉式の障壁を何重にすれば耐えられるかも分からない。彼女は今、自分の首が断頭台に据えられていることを知って冷や汗を流した。


「早く着て! 殺される前に!」


『穏やかではないですね』


 そういうこともあって、フェアルリリムは慌ててコウゲツにスキンスーツを着させた。そうしなければ、彼はそのまま玄関まで戦友を迎えに行きかねなかったからだ。


 汗を拭いてくれると言ったのに……という不承不承な顔でスキンスーツを着た彼は、仕方がないとタオルを取り返して顔と頭を拭った。そろそろ給水した汗を浄水する小型水筒パッケージを取り替えなければならないと、インジケーターの色から察しつつ。


 コウヅキが身なりを整え終えるまでの時間稼ぎになればいいと思ってエントランスに向かえば、アゼリアは酷く上機嫌であった。


 何か良いことでもあったか、足取りは軽く、この遅くまで拘束されていたとは思えないほどに喜んでいる。


「……お帰り」


「おや、フェアルリリム、まだ起きていたのですか? 九つの鐘も疾うに過ぎましたよ」


「……瞑想してたから……アゼリアは……?」


 騎士は珍しく自分の社交に興味を持ったなと驚きつつ、まだ温めている段階の腹案であるため、悪戯っぽく内緒だと笑った。


 それから外出用の外套を外しながら、奥の自室へと引っ込んでいく。


 おそらく上からベリアリューズのいびきが聞こえてきているので、コウゲツも寝ていると思ったのだろう。


 命拾いしたと分かった途端、堪えていた汗がどわっと背中を伝う。彼女は表情に出ない方だし、顔の汗も少ないが、緊張するととにかく背中が洪水のように汗を掻くのだ。


 ともあれ、窮地は脱した。あとは一休みして、今日は寝てしまおうと思い直し、彼女はコウヅキに一言謝罪する。


 彼としては向こうから言いだしたのに、顔色を色々変えたと思えば、突然服を着直せと言われたので腑に落ちないことは多いが、相手は謎な部分が多い術師だ。そういうこともあろうと自分を納得させ、運動を再開した。


 そして、朝の鐘が鳴る。


 この館には住み込みの従者こそいないが、アゼリアが苦労なく過ごせるよう、定時でやってくる使用人がいるため朝食は用意されているのだ。


 規則正しく生活するコウヅキとフェアルリリムが朝食用の食堂に降りていくと――なんと恐るべきことに、貴族は朝食、昼食、夕食と全ての食堂を分けている――アゼリアの分は用意されていなかった。


 どうしたのかと思って聞いてみれば、面倒だ面倒だと言って憚らない社交に朝から正を出し始めたというではないか。今日は何処ぞの豪商を訪ねているとかで、戻ってくるのはまた夜遅くだという。


 これが数日続くため、しばらく迷宮探索は勝手ながら休みにしたいという伝言に、二人は不可解ながら頷いた。


 問題は、ツケと借金だらけのベリアリューズが、仕事のない日々、つまり収入が断たれたことにどれだけ耐えられるかであった…………。

すけべ未遂! そして清楚だと思っていた男の子が刺青だらけで情緒を破壊される童貞(処女)の図、真逆の第一段はアゼリア卿ではなくフェアルリリムでした。


でもね、私の性癖なんだ……大人しそうな見た目の子が、モンモン背負ってるの……。

あとピアスとかスプリットタンとか……。

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