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時間稼ぎ‐2

「挨拶だけのつもりが……参りましたね」


 ドゥライヤの目つきは背筋が凍るものだった。その迫力に思わず後退りそうになるのを堪える。獲物を観察するような視線は、研究をしている自分と重なった。


「立場は逆転しているけど」ロブレスは小声で呟いた。


「……? 何か言ったか?」

「お気になさらず。そうですね、正直に言ってしまえば、珍種には興味があります」後ろ髪を掻きむしるロブレス。


「いい返事を聞きたいものだ」

「そうですね……」


 他愛もない世間話で時間を稼ごうとすれば逆に怪しまれる。一度勘ぐられれば話にならなくなる。なんせ相手は百戦錬磨だ。


 目の前で鎮座する男は、一癖も二癖もある商人相手に幾度となく有利な交渉を進めてきた曲者。手練手管の詐欺師と比べてもなんら遜色はない。


 ならば会話の内容を本音を含んだこちらの領分に誘導すればいい。事実、珍種に興味を惹かれていることは本心である。それならばとロブレスは口を開いた。


「……進化と口にすれば簡単ですが、本来生物が姿形を変えるのは気の遠くなるような年月を必要とします。それだけならまだしも、珍種に至っては知能指数さえも飛躍的に向上している。なんせ言葉を操るのですから」


「饒舌だな」鼻で笑うドゥライヤ。何かを勘ぐる様子はない。ロブレスは話を続けた。


「肉体と瘴気がどのように交わい、どのような過程を踏み進化を遂げるのか。それはやはり珍種自体を調べることが謎を知る近道となる」

「つまり喉から手が出るほど()()が欲しいのでは?」

「……仰るとおりです」

「ふむ。つまり交渉として好条件なのでは?」

「それが難しいところなのですよ。知能が上がるということは、感情が芽生えるというと。感情がある相手に実験を行うことは人道に反します」

「私には違いが分かりかねる。死ねば同じだ。ただの肉だ。涙も流さないし、笑いもしない」

「気持ちの問題ですよ」


 いくら話し合っても、この男とは分かり合えることはないだろう。だが、今はそれが好都合だった。答えの出ない押し問答ほど時間稼ぎに適しているものもない。


「……私は金が好きだ。なんでも手に入るからな」

「なんでも? 流石に命は無理でしょう」

「そうだな。だが、それに限りなく近いものなら可能だと私は思っている」


 何故この男が人造人間(ホムンクルス)に興味を持ったのか、理解に苦しんでいたが、このやり取りでハッキリした。ドゥライヤは人造人間を医療目的で求めていない。

 

「どうでしょうね。ただ、貴方が考えているような事は人造人間を利用したとしても不可能だと思いますよ」

「……博士。君は何か隠しているね」


 ぎくりとした。会話の内容に嘘は無く、不自然な態度を取ったつもりもなかった。この男は自分の何を見てそう判断したのだろうか。顔が強張るのを必死で抑えた。


 ロブレスはアビィとのやり取りを反芻していた。ミオがこの件について解決の糸口になると話していたが……。


 しかし、それがどれほど信用できるものなのかは判断しかねることだった。解決とはドゥライヤを一時的に追い出すことを指しているのか、それとも二度と近づけないような作戦があるのか。


 どちらにせよこれ以上引き延ばしは不可能。自分に興味を失ったドゥライヤを引き止めるのは難しい。だったら賭けに出ようと考えた。


 危ない橋ではあるが一定の妨害は可能だろう。それどころか相手は、今後の交渉の材料を失うことになる。


「一つ断っておきます。アビィにこの話を持ち掛けても無駄です。これは断言できる」

「難敵の首を縦に振らせるのが私の真骨頂だよ、博士」

「あいつには脅しも効きません。ですから、提案があります。製造方法は教えることは出来ません。が、出来のいい人造人間を一体、貴方に預けようじゃありませんか」

「……」


 ロブレスはドゥライヤが小さく反応したのを見逃さなかった。


「どうですか? これは貴方にとって、またとないチャンスだと僕は考えています」

「理由は?」

「製造方法を貴方が知ったところで、それを扱うことは不可能。これがまず一つ。そして製造を可能とするのはこの研究所のみです」

「……」


 ドゥライヤは眉を顰め聞き入っているが、明らかに不快感を示している。


「何かとお忙しい貴方にとって、それは大きなデメリットとなのでは」


「ふむ……」ドゥライヤは考え込む仕草をすると、目を伏せた。そして「手を打とうか」と笑みを浮かべた。


 なんとかなりそうだと、ロブレスは安堵の表情を溢す。すると奥の部屋から物音がした。まるで重い物を引きずったような音だった。


「おい」


 ドゥライヤは取り巻きの一人に声をかけた。そして物音がした部屋に向かうよう指示を出す。ロブレスは「僕が行きましょう」と取り巻きを制した。


「博士に何かあったら大変だ。一緒に行くといい」

「しかし……」似たような音が再び響いた。今度は怒声も混じっている。


 あの部屋にはミオとスライムがいる。怒声は男の声だった。アビィのものではない。騒音は何かのトラブルとだと直感した。


「何か不都合でも?」

「……いえ」


 ロブレスは大きく息を吐き出すと「行きましょう」と踵を返した。

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