選択
それにしてもこの通路……これって、一体どこまで続いているんだろう——だいぶ進んではみたが、一向に景色は変わる様子はなかった。
ただひたすらに道が真っ直ぐに伸びているだけだ。
「……どうしよう。プニちゃんも心配だけど、このままだとわたしも危ない気がしてきた」
ジメジメしてて薄暗いし、吹き抜けてくる風の音は不気味だし、それになんか臭いし……。なにより、プニちゃんを一人にしてしまったのが心配だった。
考えたくもない事が、どうしても脳裏を掠めてしまう。わたしはそれを振り払うように歩を進めた。
そんなわたしを救ってくれたのは、鞄から飛び出てきた一匹のスライムだった。名札には『イーちゃん』と記されていた。
「聖女様!」
「イーちゃん!」
そうだ、鞄には『青』の皆がいることを忘れていた。失礼な話だが、普段プニちゃんばかりが外に出ていたから、すっかり頭から抜け落ちていた。
「もう少し早く出てきたかったのですが……」
イーちゃんはしきり頭を上下に動かしている。どうやら謝罪をしているみたいだ。プルプル動くその姿を眺めていると、徐々に気持ちが楽になっていった。
「ううん。本当に安心したよ」
このままの状況が続いていたら、絶対に不安に押し潰されていた。グリモワールやプニちゃんが、いつも支えていてくれていたありがたみが、今になって身に染みた。
「そう言って頂けるなら幸いです。皆、力を使い果たしておりまして、ようやく自分が動けるようになったばかりのものですから」
「力を?」
「はい。プニが不届き者相手に引けを取らず立ち回れたのは『青』の力を集結させたからです」
なるほど。どうりでプニちゃんのあの強さだ。単純な足し算でも百匹分の力が集まれば、それが強力なものになるのは当たり前だ。
「なんとなくではありますが状況は把握しています。プニの生命反応も感じますので、ご安心なさって下さい」
「本当に!? 良かった……」
隠し扉の向こう側の騒々しい気配は只事ではなかった。一人でこんな場所を彷徨って、変な想像ばかり頭に浮かんでしまっていたが、それが分かっただけでもホッとした。
とはいえプニちゃんだって力を使い果たしている。危険な場面に出くわせば、どうすることもできないだろう。現時点で無事とはいえ、一刻も早く合流しないことには現状は変わらない。
「とにかく進みましょう。私が罠にハマって絶命しても気にせず進んで下さい」
「わざわざそんなもの仕掛けないと思うけど……」
「いえ、油断はいけません。奥から巨大な鉄球が襲いかかってきたり、毒蛇蠢く落とし穴が設置されていても不思議ではありません」
「怖いって……」
「天井から無数の槍が降り注いだり、致死性のガスが吹き付けられたり」
「ねえってば」
「水責めも考えられます。この空間を覆い尽くすほどの大量の水は、いとも簡単に我々の命を奪うことでしょう」
……なぜこんなにネガティブ思考なのだろうか。拭われたはずの不安が倍になって襲いかかってくるんですど。
だけどこの通路自体が侵入者を惑わすものだとしたら、あながち間違っていない……のだろうか。
「まあ、考えすぎだとは思いますが。さ、行きましょう」
「……」
イーちゃんは煽るだけ煽って何事もなかったかのように飛び跳ねると、その勢いのまま進み始めた。
しかも全く罠を気にしている様子はない。プニちゃんにも同じことが言えることだが、『青』に属するスライムは、少し変わり者が多いような気がする。
良く言えば個性が強いということなんだろうけど、先代の聖女様はどんな具合にこの子達と付き合っていたのだろうか。
……先代の聖女様、か。
「ほら、行きますよ!」
「う、うん!」
イーちゃんを後ろから眺め、先代ってどんな人だったんだろう——ふと、そんなことを考えた。
きっと優しくて立派な人なんだったのだろうな、と思った。だって、こんなにも『青』に慕われ、今も愛されているのだ。
皆はわたしにも良くしてくれるけど、それは先代への恩があるからだろう。プニちゃんもそんなことを話していた。だけど……だけど、わたしは何もしてあげてない。それどころか助けらればかりだ。
「ねえ、イーちゃ——」
「どうやら分かれ道のようですよ」
先代の事を尋ねようとすると、突然イーちゃんが立ち止まった。
「待ってて下さいね」
「どうしたの?」
「こちらの通路の様子を見てきます。すぐに戻りますのでしばしお待ちを!」
「でも……危なくない?」
罠のこと忘れてない? こんな別れ道ほど怪しいと思うんだけど……。
「大丈夫ですよ!」
「ちょ、ちょっと!」
イーちゃんはそんなこと全く気にする素振りを見せず、別れ道の一つを選ぶと、迷うことなく進んで行ってしまった。
「行っちゃった」
どうするべきか。後を追った方がいいのだろうか。考えるまでもない。追った方がいいに決まっている。
イーちゃんに何かあったら大変だし、そもそもわたしが余計なことをしなければ、こんな場所に迷い込むことはなかったのだ。
これは自分で蒔いた種。安全な場所から日和見なんて都合が良すぎる。
よし、行こ——。
「……」
「また別れ道があるだけでした」
「……そう」
「ええ」
「無事で良かったよ」
「しかし参りましたね。仮に同じような分かれ道が続いているとするなら、選択肢は無限に広がっている可能性があります」
左右の二択がずっと続くのか……。正解を選び続けるのは、運だけでは無理があるなぁ。
そりゃあ手当たり次第に進んだり、戻ったりしていればいつか正解に辿り着くかもしれない。
「うーん、困ったね」
だけど時間をかければかけるほど、ネルの件が手遅れになるかもしれない。プニちゃんだって心配だ。
「二択か……ん? なんかこの状況、さっきもあったような……」
なんだっけな。あ、そうだ。ドゥライヤの後を追っていた時だ。あいつの姿を見失って、そこでも二択を迫られたんだ。
「どうしましたか?」
「ううん。なんでもないよ」
だけどあの時はたまたまだ。
たまたま選んだ道が正解だっただけ。今回のケースに似ているだけで全く別物だ。
「あれ? ちょっと待って」
「?」
あの時、わたしは迷わずに道を選んだ記憶がある。なんでだろう。なんでわたしはあの時——。
「……そうか。もしかしたら!」
「何かいい案が浮かびましたか?」
「イーちゃん、信じてついてきてくれる?」
「ええ、もちろんです!」
わたしは確信めいたものを胸に、迷わず走り出した。




