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時間稼ぎ

 良かれと思い誘導した場所にドゥライヤがいたのは計算外だった。この広い研究所でバッタリ出くわすなんて運が悪いとか表現出来なかった。ウミネと視界を共有をしていなかったら、到底間に合わなかっただろう。


 ドゥライヤと接近させてしまうのは危険だが、この際もう仕方がなかった。あのまま放っておいたら部屋に這入ってしまう可能性があったし、珍種の件で騒ぎを起こされても困る。


 アビィが合流するまでそう時間はかからない。ロブレスはミオ達を目の届く場所に留め、ドゥライヤの足止めに神経を注ぐ事に切り替えた。


「やあ、ロブレス久しいな。……今は博士と呼んだ方がいいかな?」

「今まで通りで構いませんよ」


 相変わらず口調と表情が釣り合っていない。ロブレスはこの男が大嫌いだった。金の為とはいえ、こんな奴にへりくだる連中の気が知れなかった。


 椅子には腰掛けず壁際に寄りかかると、わざとらしく腕組みをした。彼なりに不信感を表したつもりだった。


「たまたまなんだが、いい検体を手に入れたんだ」

「何度頼まれても無理なものは無理だとお伝えしたはずですが」


 男の名はドゥライヤ。表向きは名の知れた商人——だが有名なのはむしろ裏の顔だろう。本人は上手く隠しているつもりだろうが、取り巻きの柄の悪さまでは隠せていないようだ。それともわざとそう見せているのか。


「確かアビィとかいったかな」


 ロブレスの眉が動く。ドゥライヤはそれを見て口角を少し上げた。目敏い男だと思った。


「彼女の人造人間(ホムンクルス)の論文を拝見させてもらった」

「……いくら積んだんです?」

「そこそこさ。いやあ実に素晴らしかった。医学にも精通している話も確かなようだ」

「何が言いたいのですか」

「彼女には弟がいたらしいね。そしてそれこそが研究者を目指した理由だとも」

「誰から聞いたのですか?」

「もちろん、本人さ」


 アビィがティーリアでの地位を確立したのは、正にドゥライヤが口にした論文が大いに影響している。医療や魔術では手に負えない病気や怪我を、人造人間を利用して治癒するという研究結果をまとめたものだ。


 物議を醸し出すと同時に、アビィが如何に優秀かが証明されたのだが、その論文は世に広まることなく研究所に保管されている。


「彼女は後悔しています。いまだにね」

「君の力が借りれないのなら彼女にお願いするだけさ」

「無駄ですよ。アビィは同じ過ちを繰り返すほど愚かじゃない」

「人の気持ちは変わるよ、ロブレス。ほんの些細な揺らぎ一つで」

「決意は揺るがないものです」

「これを見てもそう言えるか? ロブレス博士」


 ドゥライヤが合図をすると取り巻きが、大きな麻袋を引きずり出してきた。


「さて、話を戻そう。察しのいい博士なら薄々お気付きかと思うが……」

「先ほどの検体、ですか」

「話が早くて助かるよ。さあ、取引をしようじゃないか」


 取り巻きが麻袋を開ける。中には衰弱し切った獣人が横たわっていた。呼吸は浅く顔色も悪い。意識も朦朧としている所を見ると、かなり乱雑に扱われていたと推測出来た。


「研究者として湧き上がってくるものがあるのでは」挑発するような口調にロブレスは苛立ちを覚えた。


 しかしその苛立ちはドゥライヤに図星を突かれた事に対してであった。舌打ちを抑えて深呼吸をする。アビィから話を聞いた上で尚、好奇心が湧いてくる自分の欲望を抑え込むように。


「……そちらの条件は?」

「無論、人造人間(ホムンクルス)を使用した医療術だ」


 厄介な男に目をつけられたとものだと目眩を感じた。ロブレスは堪らずかぶりを振った。果たして、この男を制御出来る人間がこの世に存在するのだろうか。


 欲望のままに行動し目的の為に手段を選ばない。

 狡猾で残忍——その内面はまるで悪魔のようだ。




 室長にこってり絞られただろうと様子を見に行ったが、アビィは友達ができたと逆に興奮していた。ここ数年の塞ぎ込んでいた姿からは想像が出来ないほどはしゃいだ様子に少々面を食らった。


「どんな奴らなんだ?」

「スライムを抱えた女の子ですよ。見かけませんでした?ミオさんとプニさん」

 

 それを聞いて再び驚いた。それは先ほど声をかけた少女のことだった。見慣れない奴らだと思ったが、そういうことかと腑に落ちた。


「絶対手を出しちゃだめですよ」

「歳下に興味はないさ」

「スライムにです、ハイ」

「もう断られたよ」


 アビィがここまで他人に気にかけるのは珍しかった。特に弟の事件以降その傾向は顕著だった。


「ワタクシ、この件が落ち着いたらここを出ます」

「おいおい。マジかよ」

「マジです。あの男の件もなんとかしてくれそうなんですよ、ハイ」

「お前……変な事に首突っ込んでんじゃないだろうな。ドゥライヤなんてシカトしてればいいんだよ。室長がなんとかしてくれるだろ」

「頼りになりません。あんな人は」


 伏し目がちにアビィは声を落とした。確かにここ最近のアザムストの様子はおかしかった。やけに資金繰りを気にするようになり、以前まで相手にしなかった相手と交渉を進めるようになった。ドゥライヤもその内の一人だった。


「とにかく! ワタクシ今から方々に頭を下げなくてはいけません。そこでロブレスにお願いがあるのです」

「嫌だよ。巻き込むなって」

「そこをなんとかなりません?」

「んー。ならないなぁ」


 アビィの懇願は結局断れないのが悩みの種だった。アビィはそれを承知の上で用事を押し付けてくる。それだと少し悔しいので、いつもこうして冷たくあしらうのが、ロブレスのいつものパターンだった。


 惚れた方の立場が弱くなるのは、いくら魔術の研究が進もうとも覆らない現実だろう。しかし、この時のアビィは少し様子が違っていた。


「デートしましょう」睨むような目つきでアビィはいった。ムードの欠片も無いその言動に、思わずロブレスは吹き出した。


「どういう風の吹き回しだ?」

「散々誘ってきてたのは嘘でしたか?」

「嘘なんかじゃねぇよ」

「助けて頂けるのなら貸し一です。デートの誘いに乗ってやろうと言っているのです」


 あくまで恋人的なものではなく、お友達感覚でと念を押されているような言い方に、再びロブレスに笑みが溢れた。


「……よし、いいだろう」


 とはいえ、アビィに頼られることに悪い気はしなかった。それどころかどんな無理難題でもこなしてやろうという気になるから男とは単純なものである。


「二人が無茶をしないように見張ってて欲しいのです。今、ミオさんの仲間が一人行方不明になっていますが、妹さんが捕まっているの原因なのです。この研究所に乗り込んだ可能性があるのですが、その件が絡むと余計に無茶をしそうで心配なのです」

「そりゃまた無茶なことを。因みにそいつはどんな奴だ?」

「……珍種です。しかも意思疎通も可能ですし、人間と同じような感情も持ち合わせています」

「まじかよ」


 仮にアビィの話すことが本当ならば、かなり危険な状況だった。珍種は珍しいから珍種なのであり、珍しいから研究のしようがないし解明のしようもないのだ。


 どのように進化を遂げたのか。何が起因するものなのか。体質は? 遺伝は? 数え上げたらキリが無い。そしてそれは研究者の心をくすぐる好奇心や知識欲を刺激する。


「捕まったら最後だな」


 率直な意見だった。実際、話を聞く前に珍種を発見していたらロブレス自身どんな行動をとったのかは分からない。少なくとも捕獲という選択肢を選んでいただろう。


「ミオさんはワタクシ秘伝の変装術を施してます。なので最悪ドゥライヤと出会してもやり過ごせます」

「だからあんなけったいな色してたのか」

「思いついたのがあの色だったんですよ」

「最近フンの研究してただろ」

「ええ。まあ、黙ってれば分からないでしょう、ハイ」

「本当に友達かよ」

「……? ええ、友達ですよ」

「……まあいい。とりあえずドゥライヤと引き離すのが無難だな。丁度ウミネの手が空いている。珍種のことは出来る限り対応する」

「ワタクシもさっさと頭下げて合流します。どうかそれまでお願いします」

「そうと決まればさっさと頭下げてこい。お手のものだろう」

「一番得意まであります、ハイ!」


 アビィは前髪を一つに結ぶと踵を返して走り出した。どうやらあれが謝罪時のスタイルらしい。

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