邂逅
かれこれ二十分ほど経っただろうか。忙しなく動き回る研究者達を眺めながら待っていると、巨大な猫に跨った少女がこちらへと向かってきた。
少女は透き通るような淡い水色の髪色をしており、変わり者の多い研究所(もちろんアビィも含む)の人達の中でも一際目立つ風貌をしている。猫にいたっては白と黄色のストライプだ。
それを見たプニちゃんは、なんだか嬉しそうに囁いた。
(ねえねえ)
「ちょっと喋っちゃダメだってば」
(これが黙っていられるもんか。見てよ、あの子の艶やかな髪色を。まるで繁殖期のスライムのようじゃないか)
「それ、失礼かもよ」
(……なんでよ)
あの髪色が生まれつきなのか、染めているのかはもちろん分からないが「スライムみたいだね」なんて言われたら、きっと肩を落とすに違いない。
「へい! そこのフタヅノアカメトンボモドキのフンみたいな髪色のお嬢さん!」
(ミオ、呼ばれてるよ)
「わ、わたしのこと?」
確かにアビィ渾身の変装術により、現在わたしの髪色は変化している。華やかなピンク色を基調にし、毛先に向けて徐々に白くなるという可愛らしい色なのだが……そんな色のフンがあるなんて青天の霹靂である。
仮に、アビィがその謎の生物の存在を認知しているのなら、これはわたしに対する嫌がらせに近いのではないのだろうか。
ていうか……そのトンボなんなんだよ。
(スライム色とどっちがいい?)
「……どっちもどっちかな」
(そんな……)
「フタヅノアカメトンボモドキのフンさんってば、聞いてるの!?」
「変な名前付けないでください。って今、君が喋った……よね」
目の前まで近づいてきた猫はこちらを見上げながら「当たり前だろ」と尻尾をピンッと立てた。
「そ、そうだよね」
考えてみれば驚くようなことではなかったのかもしれない。なんせ水色の球体がペラペラと悪態をついてくる世界だ。それに比べたら猫が言葉を発することくらい、なんのこっちゃない……のだろう。きっと。
「ほら、ウミネも挨拶しなって」
「こんにちは。ウミネです」
「この子口下手だから勘弁してやって。でも決して悪い子じゃないんだ。恥ずかしがり屋さんなだけなのさ。きっと誰もがそんな時代を経験すると思うんだけど、今が正にそんな感じ。じゃ、さっそくだけど案内するね」
早口で捲し立てた猫は、尻尾をブンブン振り回しながらテクテクと歩き始めた。どうやら少し興奮気味のようだ。
(なんだか口喧しい猫だね。まるでアビィみたいだ)
「ははっ」
間違っても同感だとは口に出さないよう笑って誤魔化し、猫の後を追っていく。お喋りな猫の話を聞きながら、いくつもの分かれ道を通り、いくつもの扉を抜けていく。
しかしなるほど。案内されて改めて実感した。研究所はまるで蟻の巣のように道が左右に枝分かれをしているので、こうした案内人がいなければ、初見の人は間違いなく迷ってしまう。
ティーリアの中枢となる研究所——アビィと一緒だったとはいえ、やけにすんなり入ることが出来たなと感じていたが、これなら不審者に侵入を許したとて今度は脱出することが困難になるだろう。
そんなことを考えながら歩いていると「着いたよ。まあ、ゆっくりしていきなよ」と猫が豪華な扉の前で立ち止まった。ウミネは猫から降りるとドアノブに手をかける。
「なんか……随分と立派な扉だね」
「偉い人達とか上客もちょくちょく来るからね」
「そんな所に案内されるなんて、逆に緊張しちゃうよ」
「驚くほど珍妙な髪色してる癖に今更何を言ってるんだ。こちとら眼圧が急上昇して思わず目玉が飛び出てしまう寸前だったんだぜ。それに君はアビィ先生のお客様。つまり変な趣味思考も納得の上さ」
途中からただの悪口になってるし、さらっとアビィも巻き込まれてる。だけど、この手のタイプは、きっと悪気は無いんだと思う。そう思いたい。
「さてと俺はここまでだ。残念ながら動物は入れない決まりなのさ。なんせアレルギーの問題がある。前にくしゃみが止まらなくなって激昂した貴族がいたんだよ。俺からすりゃあ鼻持ちならない馬鹿がくしゃみしようが何しようがお構い無しなんだがな」
悪気は無いんだと……思いたい。それにしてもよく喋る猫だ。それとも元々こんな風にお喋りな生き物なのだろうか。
「あの、どうぞ……」
「ありがとう。ウミネちゃん」
「じゃあまたな!」
「君もありがとうね。沢山お話ししてくれたから楽しかったよ」
「……? 必要最低限しか話してねぇけど」
だとしたら大概だ。無口なウミネとはいいコンビなのだろう。
「あのコンビも研究者なのかな。ウミネなんてまだ子供なのに」
(スライムまでとは言わないけど、アビも然り、人は見た目によらないね)
「本当だ——……っ!」
ウミネと派手な猫を見送りながら、そんな会話をしていると、突然扉が勢い良く開かれた。
「おっと、失礼」扉を開けた男と目が合う。そしてすぐに血の気が引いた。
聞き覚えのある声。
悪趣味な服装。
顔を背けたくなる蔑むような冷たい目。
目の前に現れたのは、奴隷商人ドゥライヤだった。
「研究者の方かな。すまないね」
「あ……い、いえ」
ドゥライヤは言葉違いこそ柔らかいが、決してこちらから目を逸らさず、かといって道を開ける素振りもない。威圧的にわたしとプニちゃんを見下ろしている。
「こ、こちらこそ扉の前ですみませんでした」
わたしは慌てて道を開けると、ドゥライヤは何も言わずに足を進めた。取り巻きと研究者数人が、その後を追っていく。
「見つけちゃったよ」
(どうする? 追う?)
目的がドゥライヤの発見だけならば、このまま様子見してもいいかもしれない。だが今はそれだけじゃない。ネルの妹が関わっている。
ここでドゥライヤを放っておいて悠長にアビィのことを待っていたら後々後悔するかもしれない。何かあってからではネルに顔向けも出来ない。
悩んでいる暇は無かった。そもそも現時点で自由に動けるのはわたしだけなのだ。
グリモワールとネルは依然として行方知らずだし、ルディウスは今も治療中。プニちゃんは力を使い果たしているし、アビィもいつ戻るかは分からない。
「……追いかけよう。あの様子だと、わたしに気づいていないし」
するとプニちゃんは「いいね。そうこなくっちゃ」と開口一番、檻をすり抜けた。
「何やってんの!?」
「コソコソしてたら動きにくいよ」
「バレちゃうじゃん!」
「バレてないからこそ堂々とすればいいんだよ」
ぐっ。それらしいことを——しかし、ごもっともな意見なのかもしれない。やましいことや隠し事は、口にせずともバレるものだ。
「優先すべきはネルの妹さんの救出と、ネルの発見。ドゥライヤを追えばその両方に辿り着ける可能性が高い。身バレを恐れて萎縮してたら追えるものも追えなくなる」
プニちゃんは自分で役立つなんて口にしていたが、やっぱり頼りになる存在だ。特に、決断力の高さや瞬時に状況を理解する事に長けている。
「ほらいくよ! 見失ったら面倒だ」
かといって先陣切って飛び跳ねていくのはどうかと思うが……。ドゥライヤに怪しまれないことはもちろんのこと、スライム好きの研究者に出会さないことを祈るのみだ。




