華招-2
語尾を強めた規格外の存在から、先ほどよりも確実で明確な殺気が放たれた。それは獣よりも獰猛で、人の悪意よりも仄暗く、相対する者をいとも容易く絶望へと引き摺り下ろす。
(これは……不味いナ……)
ジルドはその姿を見て直ぐに全てを悟る。万全な状態で迎え撃ったとしてもジルド達の勝ち目は無いに等しく、逃げることも不可能。
瞬きよりも速く着弾する魔術、空間全てを瞬時に移動する俊敏性、何よりグリモワールが『魔導書』そのものだとするのならば、まだまだその実力は計り知れない。
実力者は相手との差を明確に推し測る。ジルドは瞬時に思考を切り替えた。あわよくば二人がかりでと策を講じていたが、グリモワールには油断も慢心も無い。ならば御影が時間を稼いでいるこの瞬間に全てを決断しなくてはならない。
(さてさテ……)
選ぶ道は限られていた。そしてそのどれもが死と隣り合わせであり、薄氷を踏むような選択となる。
(どうしたものカ)
大義を果たす為には命すらも惜しまない——そんな心持ちは常に持ってはいたが、あくまでも心待ちである。死んでしまえば何も無い。意思を継ぐ者がいようとも、形を変えてしまうことだって十分に考えられる。
だからこそ、ジルドは死ねなかった。華招の民の復権の為には、自ら先陣に立つことこそが理想の未来を掴み取ることが出来るのだ。
「愚か者だ? そんなもん知らねえ。アタシはアタシだ。そりゃあ失敗だってあるかもしれねえ。だけどそんなもん気合いで乗り越えてやる」
『素晴らしい思考だと思います。しかし、その一度の失敗が全てを白紙に返すことだってある』
「そこまで理解しているならお前が協力してくれたっていいんじゃないか?」
『馬鹿なことを。私がどれだけ……いえ、貴女に話しても仕方がないでしょう』
「……?」
ジルドは既に替えを済ませていた。後はどうこの場を凌ぐか、ただそれのみに注力する。
『とにかく。人造人間さえ諦めれば、私もここは引きましょう』
「……少し考えさせろ」
グリモワールの提案は渡りに船だった。結局のところ、御影にとって華招の問題など自分の命と比べるまでも無く、死すら覚悟していた状況を無傷で脱せるのならば、ここは引きの一手が至極当然のことである。
『直ぐに答えを出さなくても結構。そうですね……一日だけ猶予を与えます』
「随分と優しいんだな」
『その代わり。下手な考えを持たない方が身の為と思っていることですね。少なくとも私がティーリアに滞在している間は』
「アタシはともかく、後ろの男は諦めが悪いぜ。まさかお前、一生ティーリアで過ごすわけでもないだろ」
『私が対策を打たないとでも? 馬鹿なことを口にする前に、さっさと身支度を整えることです』
「ふん。おい、ジルド! どうすんだよ!」
選ぶ道は二つだった。目障りな障壁を一か八かで突破するか。命懸けで目の前の脅威を振り切り、また一から仕切り直すか。
「……」
「おい、ジルド」
いずれにせよ、ただでは済まないことは間違いなかったが、今ならば無傷で引き返せる。一族復興の大願成就の為、なんとしても人造人間の製造方法を入手しなくてはならないが、そこは命あっての物種。
あと一歩、あと少し手を伸ばせば、目的に届く場所まで辿り着いた苦難を思うと歯痒さを感じるが——ジルドは握った拳を緩めると、グリモワールに問いかけた。
「……なぜお前はそのような形で存在していル」
『そうですね……聖女様のお導きとでも言っておきましょうか。ああ、そうそう。他言無用でお願いしますね』
「ふン。こんな馬鹿げた話題なぞ誰も信じないサ。変人扱いされるのが関の山だヨ」
グリモワールは右手を静かに下ろし踵を返す。もうジルド達には何も出来ないと確信しているのだろう。人造人間について念を押すどころか、振り向く様子すら無い。
「最後に聞かせろよ」
『なんですか』
「あの女。お前を実体化させたくらいなんだ。相当な実力者なんだろ」
到底真似出来ない事をやってのけているミオの存在は、のちのち自分達の邪魔になるのは目に見えてた。それどころか、現時点においてかなりの脅威である。この時既に御影の興味は人造人間などではなく、ミオへと移り変わっていた。
『そうですね……』と、グリモワールは歩みを止めると大きく首を傾げた。そして笑顔で答える。
『百点満点中……二十点。そんな所でしょうか』
「はぁ?」
自身の好敵手となり得ると考えた相手に対するグリモワールの評価に、御影はまるで自分さえも馬鹿にされている気分になった。
『だけどそれでいいんです。私は……それがとても心地良いのですよ。なのである意味、百二十点です」と、グリモワールは宙に花丸を描いた。
「意味が分からねえよ」
『分からなくて結構です。では』
グリモワールは再び踵を返す。
「お、おい!」
次の瞬間グリモワールの体は眩い光に包まれる。そしてその姿を忽然と消し去った。魔力の残滓すら一切残さず、まるで最初からここに存在しなかったかのように。
「な、なんなんだよ。あいつ」
「はははハッ!」
「……雷に打たれておかしくなっちまったか?」
「いいネ。欲しいヨ、あの力」
人造人間の製造は、ジルドの数ある計画の一つに過ぎなかった。むしろ大量に製造を進めた所で、全てを完璧にコントロール出来かねないデメリットもあった。
そうなると大量の兵士の生産が、自らの首を絞めかねない行為ともなり得る。その点を踏まえればジルドにとっては誰も逆らうことの出来ない個の力こそ、もっとも欲するものだった。ジルドは御影こそがその役割を果たすコマとして考えていた。
「あれこそ正に一騎当千。グリモワールの存在だけで世界をひっくり返せル。まア、あの化け物を懐柔出来ればの話だけどネ」
「それこそ不可能だろ」
「いいヤ、可能性はあル。なんせ、あの化け物には感情がある」
「あん?」
「いやア、御影。あれはいい質問だったヨ。あれこそが奴に付け入る唯一突破口。見ただろウ? あの無垢な少女のような微笑みを」




