華招-1
それは御影にとって屈辱の一言だった。
聖女として生まれ変わり、元々優れていた身体能力は目に見えて向上した。同時に、強力で特別な力も手に入れ、少し口煩いが頼りになる相棒も出来た。
これまで向かうところ敵無しだったし、何よりも邪魔だてする者がいない世界で、まるで自分が神様に選ばれた特別な存在だと思い込んでいた。
夢に描いていたことを現実にする力を得た今、今度こそ自分の理想郷を築ける。クソみたいな現実なんかではなく、ここでなら全てをやり直せる。御影はそんな風に確信していた。なのに、それは全部勘違いだったと気付かされたからだ。
万能とも思えた地上の世界での生活で、初めて絶望にも近しい恐怖心を植え込まれたのだ。
何をしても振り払えず、どうやっても攻撃は届かない。御影はそんな相手に対し、睨みつけることしか出来なくなっていた。
「……何なんだよ。てめえ、なにもんなんだ!?」
それに対し少女は小さく囁く。
——雷槍。
躊躇なく振り下ろされる指先。それに呼応する様に、稲光がバチバチと音を上げながら、うねる蛇の様に地面を這う。それは瞬きするよりも速くジルドの足元に直撃すると、全身を駆け巡り脳天を突き抜けた。
結果——ジルドは抵抗することすらままならず、行動不能に陥った。
『魔導書』を操る聖女の使者——これはジルドの一族が担ってきた使命。一族の誰もが紛うことなき実力者であり、実際ミカゲもそれを目にしてきている。そのジルドが抗う術なく追い込まれる光景は目を背けたくなるものだった。
大の字で空を見上げるジルドは、口から煙を吐き出して「バケモノだネ」と苦笑いをした。
「……あのデカ女の差金か?」
「違うナ。敵意は無かっタ」
それどころか、澪は『地上の世界』に馴染んでさえいないとジルドは感じていた。ならばわざわざ余計な問題を起こさない事が得策だし、寝た子を起こすのは後々面倒になる。それは過去の経験からも重々承知していた。
あの少女に何が出来る訳でもあるまい。自分達の障壁にはなり得ない。
それがジルドの予想であり、そして澪に対する印象でもあった。甘く見てたか、と自分の判断を後悔する。
「じゃあこいつは何なんだよ」
「考えたくも無いガ——」
ジルドの脳内に『魔導書』の存在が浮かぶ。
優雅に宙を漂う少女は、間違いなく『魔導書』の力を操っている。しかも驚くべきに制限も制約も無しに。しかし、それはジルドにとってはあり得ないことだった。
自らの意思を持ち、尚且つ行動を縛られることも無く、聖女の魔力を経由せずとも、少女は『魔導書』を操っている。
常識ではあり得ない。だが、目の前の現実が常識を拒否している。認めたくはないが、もう認めるしかなかった。
「『魔導書』そのものダ」
「……は? お前、何馬鹿なこと言ってんだ」
「常軌を逸していることは間違いなイ」
「ていうかさ……お前は大丈夫なのかよ」
「ダメ。替えが必要ダ」
「なら良かった。なるべく早くしてくれよ」
それならば時間さえ稼げれば——御影は少女に対し、応戦の構えを取った。それを見た少女は呆れたように口を開く。
『大陸の再建——それが貴女の使命と耳にしました。真意の程を確認させて頂けますか?』
「その前に名前聞かせてくれよ」
「グリモワールとでもお呼び頂ければ」
冷たく抑揚の無い声でグリモワールは言った。てっきり口が聞けないものだと思っていたので、御影は少々面を食うも、時間稼ぎをするならば、むしろ好都合とその質問に答えことにした。
「使命なんて大層なもんじゃない。こいつと目的が重なってるっていうか……」
『それにより招く結末が同じならば、私はそれを阻止しなくてはなりません』
「聞けよ。こいつらの民族はよ——」
『華招の民。使者の役割を担い、一族復興を目論む流浪の民……ですよね?」
「知ってるなら何で邪魔をすんだよ!」
『一族復興、それはそこで寝転ぶ馬鹿の大願でしょう。本題は貴女です。西の聖女よ、華招の民の復権は西の政権奪取を意味することは分かっているのですか?』
「……それは、まあ、何となくは聞いたよ」
西は陸繋ぎである他の国とは異なり、一つの大陸として存在する。他の国は統治する者が定まっているのに対し、西の大陸にはそれが一切無い。様々な民族がその地に住まい、各地域を支配する者が何人も存在する。
華招の民は、過去に西の大陸を統一した唯一の民族であり、それによりその名を世界に轟かせた。しかしその歴史は長くは続かなかった。現在、華招は衰退の一路を辿るのみであり、結果、世に知らしめたものは愚暗としての悪名だけとなった。
『華招の民は、圧倒的な兵の多さで西を掌握し統一しましたが、しかし遥か海を渡った他国にも知れ渡るほどの圧政を敷き、自らの首を絞め滅亡をした』
「だからなんだよ」
『貴女はそれを知っているのですか?」
「同じ失敗を繰り返さなけりゃいいんだろ」
『西は今、安定しています。それは多くの民族が望んだ形であり、あるべき姿でもあるのですよ』
話しても無駄——それがグリモワールに対する印象だった。そして恐らく全てを知りながら対話をしている。つまり誤魔化しは効きそうにないと感じた。
御影達がこの場を凌ぐにはジルドの回復が必要不可欠。再び会話を引き延ばす御影。
「えーっと、よく分かんねえんだけど。難しい話は苦手なんだ」
『貴女の真意を尋ねているのです。華招の民が再び勢力を拡大することは、西の大陸で再び戦火を巻き起こします」
「昔なら……だろ。アタシは実際この目で見たけどよ。今や華招の民は少数民族だぞ」
『だからここを訪れているのでしょう?』
「さっきから遠回しすぎねえ?」
『人造人間は利用させないと言っているのですよ』
御影とジルドがティーリアを訪れた目的は、人造人間の製造方法を得る為だった。華招の民の復権そして大陸の統一。その為には圧倒的な兵力が絶対に必要。今や少数になれ果てた華招にとって、人員を増やすことは急務だった。
『命令に背くことは無く、死をも恐れない軍隊は、西の統一において大いに役立つことでしょう』
「んー、華招の民だけならそうかも知れねえけどさ。今回はアタシもいるんだぜ。馬鹿な真似はさせねえし」
『……以前にもいたんですよ』
「あん?」
グリモワールは地面に降り立つと、再び右手に魔力を込め、初めて感情を込めて言い放った。
『貴女達と同じ愚か者が』




