研究所‐3
「さあ、どうする」
「どうするとこうするも、まずはそこをどきなさい」
「嫌だと言ったら?」
「実力行使です」
「手加減しねえぞ」
「それはこっちの台詞ですね、ハイ」
アビィは会話を繋ぐことで何とか隙を作ろうとしているようだ。その証拠に度々目線がルディウスの方へと向いている。
しかしハイランダーはそれを見越してか、余裕の表情を浮かべており、明らかにこの状況を楽しんでいる。幾度となくこのような場面を経験しているのかもしれない。
恐らく、少なくとも、ハイランダーはわたしとルディウスを見逃すことは無いと直感した。
「まあまあまあ、ここは僕に免じて引いてはくれないかい。えーっと、ハイランダー君だったかな」
「スライム?」
「おっと、ただのスライムとみくびられては困るな。僕は『青』を率いるプニちゃんだぞ」
プニちゃんは身体を変形されると、檻の中なら外へと飛び出した。そしてハイランダーの元へ無防備に近づいていく。
「ちょっとプニちゃん!」
「ここは僕に任せてよ」
「任せてって……」
申し訳ないが、任せるだけならまだしも、プニちゃんがこの事態を好転させるとは到底思えない。返り討ちに合うのが目に見えている。
だからと言ってアビィに任せては相手を大怪我させてしまう可能性がある。それは最悪、ハイランダーの死を意味する。ルディウスは助かるとはいえ、それは最後の手段として残しておきたい。
どうにか穏便に済ます為には、まず、アビィと同じように相手の気を引きルディウスを逃すことを優先させた方がいい。
「待って! 怪我人を人質にして、女二人相手に凄むなんて恥ずかしくないの!?」
「涙ぐましいな、おい。隙を作ろうと必死じゃないか」
ハイランダーは突きつけた杖に力を込める。「……が、あぁ」と、ルディウスは声にならない声をあげた。
「逃げることより戦う道を選んだ方がまだ可能性はあるんじゃないか? お前らが束になってかかってこようが、何の支障もないがな」
「そっか、なら安心だよ。後でぐちぐち文句言われたらたまったもんじゃないからね」
ちょっと、プニちゃん!? わたしが言えたことじゃないけど、そこまで煽っちゃうの!?
いったい、その根拠の無い自信はどこから湧き上がるのだろうか。小一時間かけて問いただしたいものである。
「三人で来い。現実ってやつを見せてやる」
「だけどそれには及ばないんだ。だって君如き、僕だけで十分なんだから」
「——っ!? お、お前。何者だ、このやろう……」
ハイランダーが後ずさるのも無理はなかった。それはわたしを含め、この場にある全員が目を疑う光景だったのだから。
「言ったろ。プニちゃんだって」
やる気はあるがどこか頼りなく、小柄め脆弱なスライムの姿はそこには無かった。プニちゃんは身体を何倍にも大きく膨らませ始めると、周りの民家をも覆い尽くすほどの大きさであっという間にハイランダーを飲み込んでしまったのだった。
「はい。おしまいっと」
「おおー、これはプニさん素晴らしいですね。あなたに少しだけ興味が湧いてきましたよ」
「ええー、ちょっとやめてよ。僕、実験台にはなりたくないからね」
ハイランダーは水中に閉じ込められたかのように踠きながら苦悶の表情を浮かべている。口からは水泡が溢れ、見えない壁を叩くような仕草を見せるも、それは虚しい抵抗に終わった。
何やら魔術も駆使しているようだが、その度に杖の先端が一瞬光るだけで、プニちゃんに対してはなんの効力も無い。そうこうしている内に、ハイランダーは微動だにしなくなってしまった。
「ミオ」
「……え?」
「どうする」
「どうするって……何が」
「何がって、始末していいならこのまま始末するけど」
「だ、だめ! そんなの絶対だめだよ!」
「じゃあ解放するね」
プニちゃんはまるでゴミを捨てるようにハイランダーを地面へと放り投げた。
わたしはこの時、共に行動する仲間が魔物なんだと改めて認識した。いつもと変わらない態度が、その恐ろしさを強調させた。苦戦することもなく、躊躇することもなく、プニちゃんはハイランダーの息の根を止めようとしたのだ。
「はぁ、助かりました。肝冷やしましたね」
「プニちゃん、今のって……」
明らかに別スライムである。とてもじゃないがプニちゃんだとは思えなかった。攻撃方法もさることながら、それは凄く……残酷な戦い方だった。
しかしアビィは驚いた様子も無ければ、慌てる様子も無い。安堵の表情こそ浮かべれど、普段と変わらず平然としいる。彼女もまた、このような場面に慣れているのだろうか。
「ミオさんもお手柄です。無闇に命を奪うのは……どうにも気が引けるものですから」
「え?」
「おーい、ルディウス。情けないな、負けっぱなしじゃないか」
「そうだ、ルディウス大丈夫なの!?」
「……だ、大丈夫に、見える……のか?」
「ごめん。見えない」
洋服は衝撃で破れ、顔は裂傷だらけ。指一本動かさず、地に伏せているところを見ると、全身打撲をしているかもしれない。それだけならまだいいが、骨折なんかしていたら目も当てられない。
「……そうだ、プニちゃん! ネルを治療したみたいに同じことをできないの!?」
「残念ながら出来ないんだ」
そう口にすると、プニちゃんの身体は空気の抜けた風船のようにみるみる萎んでいった。最終的に拳程度の大きさまで萎むと「色々と使い果たしちゃったから。あはは」と、いたずらに笑った。
笑い事ではない——このままではルディウスが大変なことになる。後遺症だって残ってしまうかもしれない。なんでわたしは使い道の無いスキルを会得してしまったのだろう。戦う勇気が無いのなら、せめて皆を癒せる力があれば良かったのに。
すると「ワタクシの出番ですね」と、アビィがルディウスの元に駆け寄り、いつもの歪な箒を杖へと変化させた。そして流れるように頭上へとかざすと、ルディウスが暖かく淡い緑の光に包まれた。
「はぁ。生意気な癖に喧嘩も弱い。おまけに髪もボサボサなんて、いいところが無いですね」
死人に鞭を打つかのように、アビィは辛辣な言葉を並べた。なんだか、少しだけ呆れているようにも感じた。
「ぐっ、最後のは……関係無いだろう、が」
「いえいえ、関係大有りだから困るのです。まるで……弟を見ているかのようですから、ハイ」
ルディウスはゆっくりと目を閉じると、そのまま眠るように気を失った。




