ティーリア‐6
アビィのはにかんだ笑顔眺めていると、なんだか隠し事をしているのがバカらしく思えてきた。きっと彼女は嘘なんてついてないし、全てを正直に話してくれている。『魔導書』のことも心からの興味で聞いてきているのだろうと感じられた。
グリモワールには少し申し訳ない気もしたが、わたしはアビィに知っていることを全部話すことにした。
「なるほど、なるほど。そんな経緯が。それで肝心のグリモワールさんはどこにいらっしゃるのですか?」
アビィは目を輝かせながら、布団を捲ったり、クローゼットを開けたりしている。流石にそんな見え見えの場所には隠れていたりはしないだろうが、それほどにグリモワールの存在に興味が惹かれてたのだろう。
「グリモワールはここにはいないよ。今頃、研究所にいるんじゃないかな!」
「なんと研究所に。『魔導書』本人が存在しているのなら、是非ともお話を伺いたいのですが……そうですか、よりにもよって研究所ですか」
どうやらプニちゃんはグリモワールの行き先を知っていたようだ。それにしてもわざわざ姿を隠し続けていたのに、なんでわざわざ研究所に……。
言ってくれれば良かったのにとプニちゃんを問い詰めるも、素知らぬ顔で「聞かれなかったから」とはぐらかされた。下手くそな口笛がいかにも白々しい。
もしかしたら何か隠し事をしているのかもしれない。もしくはグリモワールに何か口止めをされているか。どちらにせよ、何かを企んでいるのかもしれない。
「アビィ、次は俺達の質問にも答えてくれよ」
「それはもちろん。ワタクシが知っていることならば何でもお答えしますよ」
「ある男を探している。この街にいることは間違いなんだが、いかんせん足取りが掴めない。街の奴等もあんな感じだしな」
「んー、その質問は彼等には些か難しいかったかもしれませんね」
「?」
「そうはそうとて、よりにもよって人探しですか。ご期待に添えられると良いのですが」
「なんだよ、随分と自信がなさそうじゃないか」
「あはは、なんせ研究所から抜け出したのは三年振りですから。世間の情報には疎いんです」
「……冗談だよね」
「本当ですよ。太陽を拝んだのも久々でした。まるで肌が焼かれる感覚に陥りましたよ、ハイ」
三年って……しかし、なるほど。これでようやく腑に落ちた。どうりで蒼白い肌をしているわけだ。身体を覆い隠すようなブカブカな白衣は、太陽光からその身を守る為だったんだ。
「考えられんな。その間はずっと研究をしていたってのか」
「はい、研究と観察です」
「観察?」
「ええ、街の人達の——」
「はいはいはい! どうやら話が逸れているようだね。今はドゥライヤのことでしょ。全く僕が仕切らないと直ぐに話が脱線するんだから」
「おっとこれは失礼しました……って、プニさん。今ドゥライヤと仰りましたか?」
「まさか知っているのか?」
「知ってますとも。なんせワタクシが研究所から脱走する起因となった人ですから。先ほども少し述べましたが、病を治す秘術やら、不老不死のことをやけに熱心に聞かれてましたね」
ドゥライヤがそんなことを? どこか悪いところがあるのだろうか。しかし、らしい目的だと妙に納得できた。あそこまで成功を納めているからこそ、長生きしたくなるのは人の性なのだろう。
「言葉一つ一つはどうも身勝手に聞こえまして。あの人を我儘と表現するには少し弱い——あれは傲慢です。お金に物を言わせれば何でも出来ると勘違いした典型的な傲慢な人間」
「正にその通り。人を見る目があるな」
「嫌いなタイプなだけですよ。研究者に対する見下した態度も大きな減点です。しかし、金払いがいい相手に所長はとことん甘いので、困り果てていたのですよ。それならもう逃げてやれと今に至るわけです、ハイ」
お金で命は買えないが、寿命や病気対しては最大限に抗うことは出来る。きっとそれはこっちでも同じなのかもしれない——が、どうやらドゥライヤはそれを頼む相手を間違えた感は否めない。
「何やら幼い子を連れていましたが……」
「おい! 今なんて言った!?」
部屋の隅で静かに話を聞いていたネルは、その言葉に飛びつくと、すごい剣幕でアビィに詰め寄った。
「ですから、幼い子を連れて」
「どんな子だった!? 特徴は!?」
「えっと……特徴ですか。そう言われても困りますね。頭からすっぽりと外套を被っていましたから。何も話しませんでしたし、幼い子と表現したのは体躯を見て判断しただけですから」
何故ドゥライヤが研究所に奴隷を連れているのかは不明だが、十中八九、その子はネルの妹だろう。
「ネル、今は少し落ち着こう。僕と散歩でもどうだい?」
「ああ、そうした方がいい。焦ったらやれることも出来なくなる。それに無事を確認出来たのは不幸中の幸いだ」
「何か危害を加えるような素振りはありませんでしたよ。どうやらドゥライヤさんは客人として招かれたようですし、その子を丁重に扱うように仰ってましたから」
アビィは中途半端な慰めを口にするタイプじゃない。出会ったばかりだけど、言動を見ていれば、それは何となく分かる。なのでネルの妹の安否に関しては信用できるに違いない。
「……ごめん。大きな声出して」
「ご家族を心配なさるのは至極当然のことです。お気になさらず」
「さあ、ネル。一緒に夜風に当たろうじゃないか。そして将来について語らおう」
「あ、プニちゃん!」
「なんだい?」
「ネルに変なこと吹き込まないでよね」
「……失礼な」
ネルのことはプニちゃんに任せていれば安心だろう。ネル自身も危険に対応できる能力があるのはこの目で確認済みだし、プニちゃんも言葉だけは達者なので、上手くネルの手綱を取ってくれるに違いない。
「さて、どうやら目的が一致したようですので、やることは決まりましたね」
「そうだな」
「どうするの?」
「あん? どうするって……研究所に向かうんだよ。他に何があるってんだ」
「だってアビィは今逃げてる途中なんだよ。グリモワールだって本当に研究所にいるのか分からないし」
「ルディウスさんは話が早くて助かります」
「そうだろ? ミオはあれこれ考えすぎなんだ。人生ってやつは行動することが大事なんだよ。死ぬわけじゃあるまいし、ダメならダメで次に進めばいいだけなんだ」
死ぬわけじゃあるまいしって……。それを言われたらそれまでだけど、危険なことには変わりはないのではなかろうか。
アビィだって追っ手を撒くのに魔術を使っていた。それはつまり、そこまでしなくては逃げきれない相手だったとも取れる。ドゥライヤだって目的の為には手段を選ばない人間だろう。人攫いをしている時点で、それは分かりきっていることだと思うんだけど……。
「そうと決まれば、今から行くか!?」
「今から!?」
「ワタクシはグリモワールさんと話す為、そしてミオさん達はドゥライヤさんを探す為。目的は違えど、辿る過程は同じ。喜んで協力致しましょう」
「ちょっとアビィまで!?」
な、なんでこの人達はこんなにノリノリなのだろう。冗談抜きで結構危ないと思うんだけど……それとも、わたしがおかしいのだけなの!?
「助かるよ。研究所に忍び込むならアビィがついていることも大きいしな」
「お任せ下さい。抜け出すことが可能ならば、逆もまた然り、侵入することも可能です」
「頼もしいな」
「ちょいと待ったぁっ!!」
ルディウスとアビィが硬い握手を交わしていると、プニちゃんが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
そしてこの時点でわたしには嫌な予感しかしなかった。いや……わたしじゃなくてもそう感じるはずだ。なんせ、一緒にいたはずのネルの姿がどこにも見当たらないのだから。
「えーっと、ごめんね。ネルに逃げられちゃった」




