ティーリア‐5
「そんなにすごい人なの?」
「多分な」
アビィの言動はさておき、ルディウスの話を聞いてみると彼女はかなり優秀な人物のようだった。
さほど魔術に対して興味を示していないルディウスが言うくらいなのだから、研究者……ひいてはそれがティーリアの研究者ともなると、それは当然であるようだ。
「別に興味がないわけじゃない。ここの奴らが嫌いなだけだよ」
「でも安心したよ。とりあえず会話が成立しそうな人で」
「どうなることかと思っていたが、最後に運が向いてきたな」
「でも『魔導書』について、わたしが知っていることって……そんなに無いんだよね」
「それこそ本人の出番だろ」
「うん。そうなんだけど……」
そうなのだが、こちらから呼びかけてもグリモワールからの反応が一切無くなってしまったのだ。正確にはアビィと出会う直前、耳元で囁かれたあの瞬間からだ。それからというものグリモワールはうんともすんともいわなくなった。もちろん姿を現すこともない。
「そうなるとアビィの奴に渡せる情報も少なくなるか。だけどいいんじゃないか? 噂程度のものでも構わないって本人も言っていたし」
「そうだといいんだけど」
アビィには申し訳ないが、知っていることを伝える位しかしわたしには出来ないだろう。噂程度でも構わないとはいえ、予想や憶測等で適当な事を話すのも気が引ける。
そんなことよりも、今はグリモワールの言葉が引っかかっていた。『『魔導書』のことは——』と言い残し、それ以来反応が無いのは何故なのだろう。考えられるのは——。
『魔導書』について口外しないでほしい、もしくはグリモワールの存在を明かさないでほしい——あの口ぶりだと、その辺りだろうか。
もしもその通りならば、アビィにはどこまで話をすればいいのだろう。馬鹿正直に全て話すのはなんだが嫌な予感がするし、それはもちろんグリモワールも求めていないのだろう。
グリモワールは、最初からティーリアで姿を現そうとしていなかった。それが関係しているのならば、運が向いてきているどころか、変なことに頭を突っ込んでしまっているのかもしれない。
「それにしても遅いな……っと。噂をすればなんとやら。お出ましのようだ」
ルディウスが窓を指差すと、そこには歪な箒に跨ったアビィの姿があった。追っ手から逃げる姿もだが、空からの訪問なんて逆に目立ちそうなものだが、彼女にとっては正面から侵入するよりも幾分かは安全と判断したのだろう。
「いやはや、お待たせ致しました。今日の追っ手は特にしつこくて、少しばかり苦戦してしまいました」
「それは別にいいんだけど……なんでアビィは追われてるの?」
「いかんとも気に食わない案件が舞い込んで来たからです。病を治す秘術だか、不老不死だが知りませんがそんなものを魔術に求められても困ります。魔術とは生活の一助になる位が丁度いいのですよ。ワタクシは常々そう思うのです、ハイ」
一を聞けば、聞いていないことまでも二、三と返してくるアビィ。かなりせっかちな性格をしているのだろう。それは『魔導書』のことを聞きたくて仕方がない様子を見ても分かる。
「では次はワタクシからですね。ミオさんはあの時、確かに『魔導書』と仰ってました。しかし、ワタクシの箒を目にした際の反応から推測するに、貴女達は魔術に対して免疫が少ないと思われます」
「まあ、うん。そうだね」
「ワタクシ、追っ手を撒きながらも熟考したのですよ。何故それなのに『魔導書』のワードが出るのだろうと。もしかしてミオさん、貴女って聖女だったりします?」
『魔導書』の説明をすることばかり考えていたわたしにとって、その質問はまさかのものだった。分かりやすく呆気に取られているとルディウスが間に割って入ってきた。
「その質問は『魔導書』とは関係無いだろ」
「なるほど。やはりそうでしたか」
「……なんでそうなるんだよ」
「人間とは大抵予期せぬ質問に対して、はい、いいえ、で答えてしまうものです、ハイ。それにミオさんの素直な反応と、ルディウスさんの少し慌てた様子を見ればバレて当然では?」
何かを観察する能力は、流石は研究者といったところだろうか。どうやら言い訳は出来なそうだ。ルディウスも言葉に詰まってしまい明らかに動揺している。
「ま、どうでもいいんですけど」
「どうでもいいの?」
「はい。既に西の聖女と名乗る方ともお会いしましたし」
「それって……ミカゲちゃんとジルドさん?」
「おや? 既に接触済みでしたか。まあ、それはそうと、なのでミオさんが聖女とてワタクシには特段驚きも無いのです。『魔導書』に関しての情報がより確実になっただけのことですから」
ひとまずは安心してもいいのだろうか——とはいえ、聖女に関して突っ込まれても『魔導書』以上にわたしは自分を理解していない。それどころか未だに実感が無いのだから答えようもない。
「本来、ティーリアに研究者が集まったのは『魔導書』より伝わった魔術の解明が始まりです。神の御業とも称される魔術の数々は、当初の研究者達を魅了しました。そしてその利便性と、それ以上の危険性に驚愕したといいます。神様なんて研究者の立場からこんなことを口にするのは少し憚れますが」
「アビィは『魔導書』のことを知ってどうするの?」
何気なく聞いた質問はアビィにとっては、わざとらしく大きく首を傾げるほどの愚問とも捉えられたのかもしれない。
そして少しだけ笑みを浮かべると「ただ知りたいだけ。それが研究者であり、ワタクシという存在なのです」と言った。




