ティーリア‐4
結論から述べてしまえば、わたし達の聞き込みは、大した成果を得ることができなかった。それどころか、むしろ大失敗といっていい。
最初は目立たぬように、遠回しに、少しずつドゥライヤの情報を集めようとしていた。が、聞く人尋ねる人いかんせん反応が悪いので、後半はバレて上等のあからさまな質問をしていたのだが、ティーリアの人達は本当に魔術以外に興味が無かったのだ。
グリモワールが『噂にすらならない』といった理由が改めて理解できた。
「人間味のない奴らだ」
大きなため息の後、ルディウスは呟いた。
「どいつもこいつも蒼白い顔して魂が半分抜けてるんじゃないか? 終いにゃあ魔術、魔術と同じことばかり言いやがって。なんでこっちが質問攻めに合わなきゃなんないんだよ」
恐らくティーリアを訪れているくらいなのだから、わたし達を魔術に対しての有識者と彼等は勘違いしているのかもしれない。
口から出てくるのは、どんな系統の魔術を扱うか、何か新発見があったのか、はたまた未知の文献の謎を紐解いたのか、二言目にはそんな質問ばかりだった。
その度に術者ではないことを伝えたのだが、あからさまにがっかりされたり、舌打ちをする人まで出てくる始末。
ドゥライヤの情報も掴めず、その上悪態を突かれる無意味な聞き込みは、わたしとルディウスの精神をいとも簡単に疲弊させた。
『澪様』
途方に暮れてベンチに腰掛けていると、突然耳元でグリモワールが囁いた。遂に堂々と姿を現したかと驚いて振り向くと、横には大股を広げながら天を仰ぐルディウスしかいない。
『魔導書のことは——』
「んんっ?」
「……なんだよ。お前までおかしくなっちまったのか。やめてくれよ」
「違うんだよ。さっきから『魔導書』の声が——」
「むむむっ! 貴女、今、確かに、『魔導書』と仰いましたね!?」
「は……はい?」
どこから現れたのか、声の主は、おでこがぶつかりそうな位に顔を近づけてくると、猛烈にまくしたてた。
「ほうほうほう。見た所、ティーリアの方ではないですね……ないですよね? これは研究所からスタコラと逃げてきた甲斐があったというものです、ハイ。いやね、こう見えてワタクシ今日は散々でして。招かざる客人にほとほと嫌気が差していたのですよ。しかし、その不運を乗り越えた先に、今度は素晴らしき出会いが待ち構えているなんて誰が想像できますか。こんなことを口にしては研究者らしからぬと、どやされてしまいそうですが、神様なんて存在を少しだけ疑ってしまいますね、ハイ」
「……はい」
ブカブカの白衣を纏った少女は、息継ぎもせずに、矢継ぎ早に言葉を並べた。しかもそれだけに留まらず、こちらの意見は聞こうともせずに、こちらが若干引いた視線を送ろうとも、なんにもお構い無しにだ。
「さっそく詳しいお話を聞かせて頂くとして、しかし現在、残念ながら研究室に戻ることが叶わないのです。確実に捕縛される絶望の未来が待ち構えておりますゆえ、出来ることなら何処かに身を潜めながらなどはいかがでしょう」
少女は指の間に赤、青、緑の液体が入った試験管を挟んでおり、分厚い丸眼鏡、あほ毛が目立つ三つ編みおさげのいでたちで、住人達と同じく肌は青白く血色が悪い。
ティーリアの研究者だと尋ねずとも、いとも簡単に理解することができた。そしてどうやら彼女の中で、話を聞くことは確定事項になっているようだ。
「えっと、お嬢さんは……」
「ええ、正にその通り。研究者のはしくれでございます。まあ、こんな格好を見れば赤子でも分かりそうなものですが、貴方が万が一、億が一と間違えている可能性を危惧して尋ねられているのならば、その見た目とは裏腹に、思慮深く、そして用心深い性格をしていらっしゃるのでしょうね」
「よし。ミオ、後は任せた」
「……それはずるくない?」
ルディウスに限らず、このタイプを苦手とする人は少なくないだろう——むしろ得意な人がいるならお目にかかりたいものだ。
どこか不躾で、猪突猛進で、おまけに思ったことを容赦なく口に出すタイプ。普段ならば出来るだけ避けて通るところだが、しかし、これは同時にチャンスとも感じた。
ティーリアの住人達とは違ったベクトルで会話が成立しなそうではあるが、ある意味彼女が一番こちらに興味を示してくれたからである。
タラタラと時間をかけていたら、ネルの妹の安否に関わってくるかもしれない——わたしは意を決し、彼女に賭けてみることにした。
「えっと『魔導書』のことを教えてもいいんだけど……」
「なるほど、交換条件ですか」
「いや、あの、そんな大袈裟なものじゃなくて……」
「それに見合うものをワタクシから提示出来るのかは定かではありません……が、『魔導書』の情報を入手できるのであれば、それを飲まない選択はあり得ませんね」
目立たない場所でドゥライヤの話が出来るのも、こちらとしては都合が良い。彼女が信用できる相手なのかはさておき、苦手なタイプが悪人だとは限らない。
「それはこっちも同じだから。貴女に——えっと、そういえばお名前は……?」
「これは失礼致しました。ウルスカ=アビィと申します。お好きな呼び方でどうぞ」
「よろしくねアビィ。わたしは澪。こっちは」
「ルディウスだ」
「『魔導書』のことが、アビィに対して有益な情報なのかは分からないよ?」
「構いませんとも。噂話程度でもいいのです……っと」
アビィは突然振り向くと、慌てながら「どうやら追っ手が現れましたね」と言った。だが、その視線の先には特に変わった様子はない。
「ミオさん達を巻き込むわけにはいきません。何処かで落ち合えませんか? 追っ手を撒いたら直ぐに向かいますので」
「それならわたし達の宿はどうかな」
「構いません。では後ほど!」
「ちょっと! 場所分かっ——は?」
アビィは、確かにさっきまで試験管を持っていた。しかし、今は柄がウネウネと曲がった箒をガッチリと掴んでいる。もちろん試験管は見当たらない。
魔術でも使ったのだろうか。研究者であるのなら、それは当たり前のことなのかもしれないが、魔術に慣れていないこちらからすればかなりの驚きである。
「分かりますよ。旅人が使用する宿は一つしかありませんからね。ではっ!」アビィは箒に跨ると、そのまま急上昇し、空の彼方へと猛スピードで消えていった。
「す、すご。あれならどこまでも逃げられそう」
「逆に目立ちそうだけどな」
「そう言われると、確かに」
「それで、あいつ何時に来るんだ?」
「……あ」
いつ訪れるか不明な客人を待つのは、なんだかそわそわするものだ。そして結局、アビィが部屋の窓をノックしたのは、日付が変わる直前だった。




