ティーリア‐2
視界に広がった街並みは、至って一般的で、厳重な警備やそびえ立つ外壁からは想像出来ない、ごくありきたりな光景だった。
「なんか……トットとあまり変わらないね」
「がっかりしたか?」
どちらかというと、拍子抜けをしたと表現するのが正しいのかもしれない。
トットのように民家が立ち並び、商店街が賑わい、少し遠くを見渡せば田園が広がるような、いわゆる牧歌的な雰囲気ではなく、もっと精練された近代的な建物等を想像していたからだ。
魔術の研究に特化している魔導都市なんて説明を受けたものだから、余計にそんな先入観が植え付けられてしまっていたのかもしれない。
それに、宿までの道すがら、魔術を扱っている人は見かけなかったし、研究施設も箒に乗った魔法使いも見当たらなかった。わたしの知る常識内で想像出来る、魔法使いが居住しているような雰囲気ではないことは確かだった。
それに加えて、気に掛かったのはすれ違う街の人々だ。皆どこか活気がなく、無表情で、冷たい印象さえ感じられた。
「変わり者が多いんだよ」
ルディウスは周りに聞こえるようにわざとらしく、声を大きくした。しかしティーリアの住人達はそんな嫌味すらもどこ吹く風で振り向きもしなかった。まるで聞こえていないような素振りだ。
「ちょっと、やめなよ」
「実際、本当の話だぜ。魔術だが魔法だか知らないが、少なくとも、俺の理解の外側で生きている連中がわんさかいるんだ」
魔術以外に興味がない……そんなところだろうか。しかし、そう言われてみれば確かにしっくりくる。無関心——そんな印象を強く受けた。
「大袈裟かと思ってたら、本当にこんな感じなんだ」
「御影はボクの事をイマイチ信頼してないネ」
「だってアンタ嘘くさいもん。見た目から喋り方まで」
口が悪い奴だとルディウスを一瞥していると、進行方向からそんな会話が聞こえてきた。
声の主は年端といかぬ小柄な少女と、前髪の長い少年だった。お互いカラフルな派手な服装で、明らかに街の住人とは毛色が違って見える。列に並んでいた時には見かけなかったので、わたし達よりも早く此処に訪れているのだろう。
「それにしても、こんなところで魔術の研究ねえ」
「ひとまず御挨拶と行こウ。きっと歓迎されるヨ」
ジロジロ見るのも失礼だとは思いつつも、正面から歩いてくる二人組に、どうしても視線が奪われてしまった。物静かな街中で一際元気よく話す二人はある意味で目立ってたし、お互い進む方向的にもどうしようもなかった。
しかし、どうしようも無かったのだが、どうやらそれでも彼女の気に触ってしまったらしい。目が合うと同時に少女はこちらを睨みつけると、わたしの前に立ち塞がるように立ち止まった。
「何見てんだ。デカ女」
わたしの身長はさほど高くない。かといって小さくもない。つまり平均的といって差し支えない。しかし目の前の少女からすれば大きく映るのだろう。親の仇を見つけたかのようにすごんでくる少女はそれほどまでに小柄で華奢な体格をしていた。
気が優しくて力持ちとはよく聞くが、ここまで逆をいくパターンも珍しいかもしれない。表情と口調から気の強さが容易に窺える。
「おいおい。いきなり絡んでくるなよ」
「なんだ、てめえ」
そしてルディウスとは絶対に交われそうにない。
「ごめんなさいネ。彼女、少し神経質なんダ」と、少年が割って二人の間に割って入った。前髪のせいで鼻から上は隠れているが、白い歯を見せて笑ってる。
「ううん。こっちも悪気は無かったはいえジロジロ見ちゃったのは確かだし。ごめんね」
「話の分かる人で良かったヨ。ボクはジルド、こっちの爆弾娘は御影だヨ」
「わたしは澪、こっちの目つきが悪いのはルディウス」
ミカゲとルディウスは、ジルドを挟んで一世代前の不良同士のように睨み合っている。放っておくとお互い手が出てしまいそうな勢いだ。
「ルディウス、大人気ないよ。やめなって」
「……おい。大人気ないだ? それじゃあまるで私が子供みたいな言い方じゃないか」
「おっとっと、そこまでにしとこうカ。ではでは、またご縁がありましたラ」
「あ……うん」
ジルドはミカゲの首根っこを掴むと、無理矢理ルディウスから引き剥がした。ミカゲはそれに抵抗するように、ギャーギャーと文句を言いながら手足をバタバタとさせている。
しかし次第に諦めたのか、まるで人形のように引きずられて行ってしまった。呆気に取られるわたしをずっと睨みつけながら。
「なんだあいつら?」
「あのミカゲって子……子供じゃなかったのかな」
「どっちにしろガキだろ。初対面の相手に絡んで来るなんて碌なもんじゃねえな」
「……」
その言葉を借りるなら、それに応戦していたルディウスもまた碌なもんじゃないなと思ったが、それは黙っておくことにした。
「まあいい。さっさと宿に行こう。また変な奴らに絡まれたら堪らん」
「ははっ、そうだね」
宿の受付にはすでに連絡が入っていたらしく、パンフレットのような紙を手渡され、直ぐに部屋へと案内された。何やら細かい文字で長々と記されていたが、ティーリアに滞在する上での注意点が書き綴られているのだろう。
「後で下の食堂で落ち合おう」
「分かった」
「何かあったらすぐに言えよ」
「大丈夫だよ。グリモワールにプニちゃんだっているんだから」
「確かにそうだ」
何かあったら助けを呼ぶよ、ルディウスは笑いながら部屋へと向かっていった。
「さっそくイチャモンつけられてたね!」
室内に足を入れるやいなや、プニちゃんが鞄から飛び出してきた。鞄の中は堅苦しいのだろうか、まんまるの体をぐいーっと伸ばしている。
「中から聞いてたの?」
『失礼ながら視界を共有させて頂いてました』
「う、うわぁっ! グリモワール!? いつのまに……」
「ミオが絡まれた時、グリモワールが飛び出して行きそうで止めるの大変だったんだよ」
「そうなんだ……よく止めれたね」
「百匹でギリギリだったよ!」
「……お疲れ様」
どうやら喧嘩っ早いのは、ルディウスだけではないようだ。確かにグリモワールは、わたしに対して不利益な事が起こると、異常なほどに、敏感に反応する傾向がある。
今でこそルディウスとは何もなかったかのように過ごしているが、あの時も口調が変わるほどに激昂していたのは記憶に新しい。
『実際危険でした』
「だけどせっかくティーリアに忍び込めたのに台無しになるところだったからね」
「危険?」
それが、あの狂犬のようなミカゲのことを指しているのならば、まあ、なんとなく分からなくもない——しかしジルドに至っては仲裁に入ってくれていたし、わたし自身、ミカゲに対して失礼な事を口走ってしまった可能性もある。
でもそれがグリモワールが危険視する程の状況を生み出したとは思えない。どちらかというとルディウスとミカゲの方が喧嘩になり得えそうな雰囲気だった。
「もしかして気付いてない?」
「なにが?」
『彼女もまた聖女なのですよ」
「は? え、だって、聖女ってもっとこう穏やかでお淑やかで……」
間違っても、あんな風に凶暴で、口が悪いイメージはないのだけど。
「へえ、まるで自分がそんな風に振る舞ってるような言い方じゃないか」
「……」
『失礼なプニ公は後で天井から吊し上げるとして』
「僕吊し上げられるの!?」
『以前にも申しましたが、私達が指す聖女とは救世主の意味合いが強いのです。彼女もまた、誰かに必要とされた者なのでしょう』
だとしたら、第一印象は最悪だったに違いない。なんせあそこまでご立腹だったのだ。わたしには幸い頼りになる仲間がいてくれてはいるが、それでもやはり同じ境遇に置かれた他の聖女には興味があった。
もちろん、それはただの好奇心などではなく、出来れば仲良くなりたいとさえ考えていたのだが、この分だと叶わぬ願いとなってしまいそうだ。
『しかし、それが何者に必要とされたのかは定かではありませんけどね』
「これはあくまでただの勘だけど、あの子は少し面倒なタイプかもしれないね」
『あの生意気な目つきと口調からして面倒なタイプなのは確実です』
グリモワールは少しイラついているのだろうか、プニちゃんを両手で引き伸ばしたり、指先でクルクルと回したりしている。
プニちゃんも慣れたもので抵抗することなく、されるがままになっている。なんだかんだで仲は良いのかもしれない。
「でもね、朗報もあるんだよ」
『珍種が目覚めました』
「なんで先に言っちゃうの!?」
「じゃあ、もう怪我は大丈夫なんだね。良かったよ」
『だけどこれにも一つ問題が——』
「ルディウスを目の敵にしているんだ。彼らにしてみれば仲間の救出を邪魔した憎き相手だろうし、当然っちゃ当然だけど」
よくもまあ、次から次へと問題が起こるものだ。しかしよく考えてみれば珍種君にとっては当然の反応だろう。仲間の奪還を、すんでのところで阻止されたのだから。
頭が痛くなるのが、ルディウスがそれに対してどう反応するのかも、なんとなく想像がつくことだ。
『少し話をしてみますか? 暴れるようなことはしないと思いますが』
「うん、そうだね。わたしから事情を話してみるよ。きっとルディウスと話すよりは良いと思う」
言葉が通じる相手ならば、真剣に話せば伝わることもあるだろう。あとはルディウスがタイミング悪く部屋に来ない事を祈るのみだ。




