ティーリア
『では私はこの辺で』
「何かあったら勝手に出てくるから頑張ってね」
グリモワールとプニちゃんは、街の景色が視界に入った途端、勝手に鞄の中へと消えていってしまった——それにしても自分のスキルなのに、いまいち仕組みが分からなくて困る。
わたしの意思とは関係無しに利用できるのはある意味便利とも言えるが……しかしこの場合、便利というよりかは都合良くと表した方がいいのかもしれない。
なんてことを考えていると、ルディウスが肩にポンっと手を置いた。
「さて。昨晩も話をしたが、まずはティーリアに入るところからだな」
「うう……なんか緊張してきたんだけど」
「グリモワールが平気って言うなら平気なんじゃないか? それに、オドオドしてたら怪しまれるだけだぞ」
ティーリアは堅固な外壁も去ることながら、強力な結界も張り巡らさせれている。貴重な文献や研究のデータを外部に漏らさない為である。逆もまた然り、外部からの侵入者に対しても結界は大きな役割を果たしている。
つまりティーリアに足踏み入れるのには、正当な理由と身の潔白を証明する必要があるのだ。
グリモワールは『妥当な線でいくのならば魔術の見聞を深めに来た……そんなところでしょうか』と話していたが、そもそも何も知らないわたしにとって、そんな理由でさえも少し問い詰められただけでボロが出そうなものである。
「あそこだ。それにしても随分とまあ……」
ルディウスが指をさした場所には様々な人達が列を成していた。見るからに魔法使いっぽい人や、大荷物を抱えた行商人、明らかに位の高そうな貴族らしき人もいる。
「ここでは身分の差なんて関係無い。訪れる人間はああやって平等に検査を受ける。ほら、行くぞ」
そう促されるまま列に並ぶと、すぐにわたし達の順番が回ってきた。強面の衛兵二人に案内され、入り口横にある小屋へと連れて行かれた。
「どうぞ。おかけになって下さい」
中はテーブルと椅子だけの簡易的なもので、とても検問をするような雰囲気では無かった。声をかけてくれた女性も衛兵とは打って変わって腰も低く、柔和な表情で出迎えてくれた。
変わった所といえばテーブルに置かれた分厚い本くらいだろうか。見た目だけでいえば『魔導書』のようにも見えた。
「……ミオ様とルディウス様ですね。ティーリアを訪れるのは初めてとのことですが……どのようなご用件で?」
「俺は護衛としてこのお嬢ちゃんに付き添って来た。魔術に関してはさっぱりだし興味もない」
「わたしは故郷で病床に伏している祖母の為に来ました」
「では治癒魔術をお調べに?」
「はい。ティーリアには往古来今、様々な魔術の研究が進んでいると幼い頃から聞かされ育ちましたから」
これは一字一句グリモワールが考えたやり取りだった。話の途中ルディウスが肘で小突いてきたのは、思っている以上に棒読みになっていたからだろう。こんなことなら話術のスキルを会得しておけば良かったと後悔した。
「なるほど。しかし護衛ですか。出身はどちらで?」
「北のウルルスラって辺境の町だ。とてもじゃないが子供が一人で旅をする距離じゃないからな」
「ルディウスさんは祖母の教え子でして、その縁もあって今回の旅路に同行してくれたのです」
「……事情は分かりました。では最後にここにサインだけ頂けますか?」
女性は本をめくり何も記されていないページを開いた。。本には蒼白い光がまとわりつくように輝いている。
「ティーリアを訪れる方の中には魔術を悪用しようとする人間もいます。サインをして頂くのは貴女方が嘘を言っていないかの最終確認です」
「……分かりました」
『見聞だろうが、親の治療だろうが、理由は適当でいいのです。要は嘘だとバレなければ』昨晩の言葉が脳裏をよぎった。
『そして必ずそれを見抜く仕掛けを用意しているはずです』グリモワールがどこまで想定していたのかは分からない。が、怖いくらいに昨晩告げられた展開が続く。
「はい。確認は終了です」
「……え?」
女性はわたしとルディウスの名前を指でなぞると、淡々と告げた。
「ようこそ、ティーリアへ」
意外……というより抱えていた緊張感とは裏腹に、呆気なく、わたし達の素性確認は無事に終わりを迎えた。
「そちらの扉から宿へと向かえます。その際に寄り道はしないで下さいね」
「買い食いもダメかい?」
「とんぼ返りが御希望でしたらご自由に」
「残念だったな」
「わたしはお腹空いてないよ」
「宿で軽食をご用意出来ますのでご安心を。ティーリアでの過ごし方は宿の者から説明があります。それではミオ様、ルディウス様に神のご加護がありますように」
「あの……拘束というか、制限が多い感じなんですか?」
「……」
「あ、あのー」
「……」
ぜんっぜん無視だ——女性は祈りのポーズをしたまま一切動かなくなってしまった。それこそ瞬きすらしていない。電池が切れたロボットようだ。何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
「おら、行くぞ」
「う、うん。ありがとうございました」
微動だにしない女性に少し後ろ髪を引かれながらも、わたしは胸を撫で下ろしていた。無事に第一関門を突破したとはいえ、下手くそな演技など直ぐに見抜かれてしまうのではとハラハラしていたからだ。
その方法が魔術を使用するというのだから尚更だった。恐らくあの名前を指でなぞる行為がそれに当たったのだろう。
しかし魔術といえばそれこそグリモワールの真骨頂である。わたしとルディウスには隠蔽系の魔術が施されていた。魔術を使った痕跡すら残さない完璧な隠蔽魔術。グリモワールには悪いが、実際結果が出るまでは眉唾物だった。
「……しかしバレたら懲罰ものだな」
苦笑いのルディウスも恐らく同じ思いだったのだろう。
「ひとまず宿に向かうんだっけ」
「おっと、そうだったな。タラタラしてて悪目立ちしてもしょうがない。さっさと手続きを済まそうか」




