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神のい(ら)ない世界  作者: ..
5.1. 修学旅行編
20/21

生活支援システム

「許嫁って……恒星、この子と結婚するのか!?」


 綾人が目を丸くする。


「元々は日本とフランスの関係強化を目的とした政略結婚だったらしいのですが、本人同士相性が良く、“自分達から結婚したいと言い出した”みたいですよ」


 恒の説明に、みんなが一斉に恒星を見る。


「つまり……こっちの俺が見つからなかったら、俺が結婚することになるのか?」


 周囲に聞こえない程度の声で、恒星は恒へ確認する。


「まぁ、そうなりますね」

「……」


 恒星の脳裏に、ふと由宇奈の顔が浮かんだ。

 別世界の出来事。

 しかも、自分自身が決めた事ですらない。

 頭ではそう分かっている。

 だが、それでも妙な居心地の悪さが胸に残った。

 どうやらこの世界でも十八歳からが成人らしく、そのタイミングで正式に婚約を結ぶ予定だったらしい。


「……ちなみに、もし見つからなかった場合って、婚約を無しにしたりは――」


 恐る恐る聞いてみる。


「下手をすれば国際問題になりますね」


 恒が真顔で返した。

 あまりにも即答だった。


(いや、重すぎるだろ……)


 恒星は思わず頭を押さえる。

 軽い気持ちで触れていい話ではないらしい。

 由宇奈への妙な後ろめたさと、突然降って湧いた婚約話への困惑。

 その両方を抱えたまま、恒星はとりあえず抱きついたままのアリスを引き剥がした。


「あと、“恒君”って呼ぶのやめてくれ。普通に恥ずかしい」

「そうか?」


 アリスは腕を組み、少し考え込む。


「まぁ、もうお互い十五じゃからのう。もっと大人っぽい呼び方に変えるべきか」


 数秒後。

 アリスはぱっと顔を上げた。


「――ダーリン、というのはどうじゃ?」

「何でそうなる!?」


 予想の遥か斜め上だった。


「えー、良いと思ったのじゃが」

「却下!」

「却下されても、妾は気に入ったぞ」


 どうやら決定らしい。

 頭を抱える恒星。

 その横で、みんなは完全に面白がっていた。


「そうそう、紹介するのじゃ」


 アリスが後ろを振り返る。


「こちらの三人は妾の護衛――ルイとアラン、それからマリーじゃ。とはいえ、同じ士官学校の生徒じゃし、歳も同じじゃから気を遣わんでよいぞ」


 最初に前へ出てきたのは、長髪で背の高い男だった。

 やたら姿勢が良い。


「ただ今ご紹介に預かりました、アラン・フェイユと申します」


 胸へ手を当て、妙に芝居がかった礼をする。


「いやしかし、日本には美しい女性が多いですねぇ。そちらの貴女、もし良ければ今夜お食事でも――」


 アランが光へ近づこうとした瞬間。


「おっと、怖い怖い」


 綾人がするりと間へ割り込む。


「やめぬかアラン。見苦しい」


 アリスが呆れたように言った。


「お主、先程も街のおなごを口説いておったじゃろう。ダーリンの前なのじゃ、少しは慎め」

「これは失礼」


 そう言いながらも、まるで反省した様子は無い。


「うちのナルシスト馬鹿が申し訳ありません」


 今度は、落ち着いた雰囲気の少女が前へ出る。

 同年代とは思えないほど大人びていた。


「私は“マリー・ノエル”。修学旅行中、何度か会う事になるでしょうし、覚えておいて」


 簡潔。

 だが、どこか面倒見の良さそうな空気がある。

 そして最後の一人へ視線が向く。

 フードを深く被った人物だった。


「あっちはルイ・スコット。別に人見知りって訳じゃないんだけど……明るい場所だと大体ああなの」

「……」

「しかも暗い場所でも面倒臭い」

「……」


 散々言われても、ルイは何も反応しなかった。

 ただ静かに立っているだけだ。


(キャラ濃いな……)


 恒星は少しだけ疲れた目になった。


「なぁダーリン。妾達、まだ昼食を食べておらぬのじゃ。一緒にどうじゃ?」

「ちょうど俺達もまだだったし、いいよ。でもどこ行く?」

「そういう時はLSSを使うと良いぞ」

「LSS?」

「“生活支援システム”――LSSじゃ。日常生活を補助してくれる統合支援機能じゃな」


 アリスは慣れた手付きでACを操作する。

 空中へ半透明のウィンドウが展開され、指先の動きに合わせて幾何学模様のUIが滑らかに切り替わっていく。


「起動は簡単じゃ。ホーム画面右下のアイコンへ触れればよい」


 言われた通り操作した瞬間、視界の端へ淡い光が走った。

 次の瞬間、複数のウィンドウが空中へ展開される。

 青白いラインが視界全体を走査するように流れ、網膜へ直接情報を書き込まれるような感覚が走った。


『生活支援システム――LSSへの接続を確認しました』


 無機質ながらも妙に澄んだ機械音声。


『初回アクセスを確認。ユーザー認証を開始します』


 視界中央へ幾重ものリング状エフェクトが浮かび上がる。

 光の輪が虹彩のように回転し、恒星の身体を上から下へ走査していった。


『認証完了』


 直後、空中へ巨大なインターフェースが展開される。


『これより、貴方を担当するATAS――自律思考行動システムの個体抽選を開始します』


「抽選?」


 意味が分からず戸惑う。

 その瞬間だった。

 目の前へ無数の光粒子が集まり始める。

 粒子はまるで電子の霧のように空間を漂い、幾何学的なラインを描きながら徐々に輪郭を形成していく。

 人型のフレーム。

 髪。

 衣服。

 瞳。

 まるで3Dモデルが現実空間へ直接“生成”されていくようだった。


 そして。

 一人の少女が、恒星の目の前へ静かに降り立った。

 長い髪がふわりと揺れる。

 服の質感。

 呼吸に合わせた胸元の動き。

 視線の揺らぎに至るまで、あまりにも自然だった。


『初めまして、マスター』


 少女が柔らかく微笑む。


『これより、貴方専属のATASとして行動補助を担当いたします。まずは、私へ名前を付けていただけますか?』


 恒星は思わず言葉を失った。

 映像だと理解していても、到底そうは見えない。

 ATASと言われなければ、本物の人間と見分けがつかないほどだった。


「ほぉ……人型とは、随分運が良いのう」


 隣でアリスが感心したように目を細める。

 アリスが感心したように言う。


「妾の知り合いでも、ほとんどおらぬぞ」

「珍しいのか?……っていうか、アリスのそれ何?」


 アリスの足元には、一羽の鶏がいた。

 胸を張っている。


「この子は妾のサポートAI、“ゴーちゃん”じゃ!」


 誇らしげだった。


「可愛いじゃろう?」


 鶏はフランスの国鳥なだけあってアリスはかなり気に入っている様だった。

 よく見ると、他の三人や周囲の客達の傍にも、様々な生き物がいる。

 犬、猫、鳥、果ては小型のドラゴンまでいた。

 これらはLSS利用者同士にしか見えないらしい。


「それよりもダーリン、名前を付けてやらねばならんぞ」

「そっか。名前名前……じゃあ、ステラで」


『素敵なお名前をありがとうございます』


 少女――ステラが微笑む。


『ATASサポートAI・ステラ。これより、マスターの生活支援を担当いたします』


「よろしく、ステラ」


『はい。よろしくお願いします』


 まず恒星は、ATASに何が出来るのか聞いてみた。


『主に、マスターからの質問や依頼への対応です』


「それだけ?」


『はい。私達は事物へ干渉出来ませんので』


「事物へ?」


 恒星が首を傾げた瞬間。

 ステラがすっと近づいてくる。

 そして、そのまま恒星の胸へ手を伸ばした。


「――っ」


 手が、そのまま体をすり抜ける。


『このように、私達は物理的に人や物へ触れる事が出来ません』


 確かに感触は無かった。

 改めて、“映像”なのだと思い知らされる。


『ですので、出来る事は情報検索や生活支援、各種サポートが中心になります』


 それを聞き、みんなは少しだけ残念そうな顔をした。


 だが、どうやら“コミュニケーションモード”へ切り替えれば触れる事も可能らしい。

 ただし公共の場での使用は禁止。

 人の数だけAIが存在するため、接触事故防止の観点から制限されているのだという。


「早速だけど、昼ごはんにオススメの場所探してくれ」


『了解しました』


 ステラの周囲へ幾つものウィンドウが展開される。


『現在位置周辺の評価、混雑状況、レビュー傾向を参照した結果、“シティキッチン”が最適かと思われます。徒歩一分程度です』


「近いし、ちょうどよさそうだな」


 全員の了承も得て、恒星達はシティキッチンへ向かう事になった。


「ここがシティキッチンか」


 到着した綾人が周囲を見回す。


「店多すぎて迷うな……」


 内部には様々な飲食店が並んでいた。

 元の世界のフードコートのような簡素な造りではなく、一つ一つが独立した店舗になっている。

 匂いだけでお腹が空いてくる。


「色々あるし、各自好きなところで食べるか。時間決めて集合って事で」

「それで構わぬが――」


 アリスが少し真面目な顔になる。


「みな、決して一人にはなるでないぞ」


 その声音に、恒星は少し引っ掛かりを覚えた。


「それと、悪いが少しだけダーリンと二人にして欲しいのじゃ」


 恒と由宇奈も一緒に食べたかったのか、嫌そうな顔をしていたが、最終的には渋々了承した。

 恒星とアリスは寿司屋へ入る。

 席へ着き、注文を終えたところで、恒星は小声で尋ねた。


「さっきの“一人になるな”ってやつ、前から感じてる視線って関係ある?」

「気付いておったか……」


 アリスの表情が変わる。


「カジノを出た辺りから、三人組が妾達を尾けてきておる」

「三人って、そこまで分かるのか?」

「……ダーリン、妾が透視の特異体質者なの、忘れておるのか?」

「えっ……いや、そういえばそうだったね」


 いきなり知らない情報を言われ、何とかごまかそうとする。


(透視……だからカジノでカードのイカサマを見抜けてたのか)


「でも、何の目的で?」

「個人的なものではないじゃろうな」


 アリスは静かに答える。


「恐らく、“特異体質者狩り”じゃ」

「特異体質者狩り?」

「この国では人体実験や研究が半ば黙認されておる。特異体質者は高値で取引されるからの」


 ぞくり、とした。

 修学旅行の事前説明でも桃から注意するよう言われていたのを思い出す。

 あれは脅しでも冗談でもなかったのだ。


「それとな、ダーリン」


 アリスが真っ直ぐ恒星を見る。


「間違っても変に戦おうなどと思うでないぞ」

「いや、でも人数いるし――」

「恐らく無理じゃ」


 即答だった。


「何故なら妾達は、まだこの国での“戦い方”を知らぬからな」

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