終焉を語る者達
「戦闘スタイルって、どういう事だ?」
恒星が訊ねると、アリスは箸を置き、小さく頷いた。
「例えば、この国ではAR技術が発達しておるじゃろう? そしてアメリカでは、そのARが生活だけでなく“戦闘”にも組み込まれておるのじゃ」
街を歩けば、空中広告や案内表示、建物を彩る立体装飾が至る所に存在している。
だが、それらは単なる映像ではない。
ATASのコミュニケーション時同様、人が触れることのできる状態で作り出すことも可能である。
「この国では、“ARデザイン技師”という専門資格を持った者達が、都市空間そのものを設計しておる」
アリスは窓の外へ視線を向けた。
「街の景観を作るだけではない。警察や軍にも、その資格を持った者がおる。戦闘時に有利となるAR環境を構築するためじゃな」
「AR環境?」
「用途は様々じゃ。例えば、一時的に空中に足場作り本来では行くことのできない道から先回りし犯人を捕らえる……など。まぁ極端な話、この国では“地形そのもの”が武器になる、ということじゃ」
恒星は思わず周囲を見回した。
店の外を行き交う人々。
頭上へ浮かぶ広告。
空中へ展開された無数のウィンドウ。
それら全てが、場合によっては戦闘へ利用される。
そう考えた瞬間。
未来的で華やかだった街並みが、急に別物のように見えた。
「なるほど……。もし誰かが連れ去られた時、攫った奴がその資格持ちだったら――」
「簡単に逃げ切れるじゃろうな」
アリスは即答した。
「妾達の中にARデザイン技師の資格持ちはおらぬ。攫われた時点で、かなり厳しいと考えた方が良い」
それを聞き、恒星は黙り込む。
クレアが最初に言っていた、“この国では絶対に一人になるな”という忠告。
あれは大袈裟でも何でもなかった。
短い沈黙が流れる。
「じゃがまぁ、心配するな。妾達生徒の中にはいないだけで……」
重くなった空気を変えようと、アリスが口を開きかけた、その時だった。
「お兄様ー」
由宇奈と恒がこちらへやって来た。
二人とも、恒星達の空気の変化へすぐ気付いたらしい。
「何かあったんですか?」
由宇奈が少し不安そうに訊ねる。
恒星は慌てて笑顔を作った。
「いや、何でもないよ。それより、みんなどこ食べに行ったんだ?」
「えっと、綾人さんと光さんはイタリアンで、徹さん達はフレンチだったはずですよ、お兄様」
「それからルイさん達はデザート食べに行くって言ってました」
(良かった……ちゃんと複数で行動してるな)
少しだけ安心する。
とはいえ、完全に気は抜けなかった。
恒星は無意識に周囲へ意識を向ける。
「それにしても驚きました」
恒が面白そうにアリスを見る。
「アリスお姉ちゃんの事だから、もっとお兄様とイチャイチャしてるのかと思ってました」
「そ、それはしたいのは山々なのじゃが……!」
アリスが少し顔を赤くした。
「妾は一応王女じゃぞ。幼い時はよかったが、いつどこで誰に見られておるか分からぬのじゃ。いつまでも子供みたいな真似は出来ぬ」
「そうですか」
恒がにこりと笑う。
「では、恒がお兄様とイチャイチャしておきますね」
そう言うと、恒は自然な動作で恒星の隣へ腰掛けた。
「はい、お兄様。あーんです」
完全に見せつける気満々だった。
恒星へ差し出される寿司。
そして。
アリスの視線。
ちら。
ちらちら。
めちゃくちゃ気にしていた。
「アリスお姉ちゃんもしたいならしていいんですよ?」
恒が追撃する。
「お兄様に、“あーん”って」
「べ、別にしたいなど思っておらぬわ!」
アリスが勢いよく否定した。
「ただ……相変わらず仲が良いのうと、そう思っただけじゃ」
言葉とは裏腹に、明らかに我慢していた。
今にも泣きそうな顔をしている。
(いや、そこまでか?)
流石に少し可哀想になった恒星は、ため息を吐きながら口を開いた。
「……アリス。その寿司、美味そうだな」
「む?」
「良かったら食べさせてくれないか?」
一瞬。
アリスの目が輝いた。
「し、仕方ないのう!」
凄く嬉しそうだった。
「食べさせてやるから、もう少し近う寄れ」
恒星が身を乗り出す。
自然と両手が塞がり、アリスが食べさせる形になった。
「よし……あーんじゃ」
寿司が口へ入る。
その瞬間。
(――っ!?)
恒星の顔色が変わった。
「ど、どうしたのじゃ!? 不味かったか!?」
アリスが不安そうになる。
ここで本音を言えば確実に落ち込む。
恒星は必死に耐えながら首を振った。
「だ、大丈夫……」
「本当か?」
「……ちなみに聞くけど、アリスってワサビ大量に入れるタイプ?」
「当然じゃろ」
アリスはきっぱり答えた。
「あの鼻へ抜ける刺激が堪らんのじゃ」
どうやら、かなりのワサビ好きらしい。
しかも量がおかしい。
普通の人間でも厳しいレベルで入っていた。
元々ワサビが苦手な恒星にとっては、もはや拷問でしかない。
「ほれ、折角じゃ。もう一つ食べるか?」
「いや、ちょ――」
「あーん」
断る隙が無い。
半ば強引に二個目を食べさせられる。
限界だった。
恒星の身体が小刻みに震え始めた。
「ダーリン!? 一体どうしたのじゃ!?」
「さぁー?」
恒がいたずらっぽく笑う。
「アリスお姉ちゃんに食べさせてもらえて、嬉しくて震えてるんじゃないですか?」
「そ、そうなのか!?」
アリスが一気に嬉しそうになる。
違う。
完全にワサビである。
だが訂正する余裕は無かった。
結局その後も何度か食べさせられ、恒星はボロボロの状態で店を出る事になった。
昼食後。
恒星達は、アリスの強い希望によって博物館へ向かっていた。
その道中。
前方に、人だかりが見えた。
道路脇の広場に、大勢の人が集まっている。
中央には簡易的な演台。
そして、その上に立つ白いローブ姿の男。
「――人類は救われねばならない!」
スピーカー越しの声が、街中に響く。
周囲には同じ白い服を着た者達が立っており、通行人に冊子のような物を配っていた。
胸元には、翼を模した紋章。
「悪魔によって傷つけられた人々よ! 絶望する必要はありません!」
男は両手を広げ、熱を帯びた声で続ける。
「神は我々を見捨ててはいない!」
「全ては神の御意思のもとにあるのです!」
その言葉に、周囲の人々が静かに耳を傾けていた。
中には祈るように目を閉じる者もいる。
ただの街頭演説とは思えないほど、空気が真剣だった。
「……何だあれ」
恒星が小声で呟く。
するとアリスが、少しだけ表情を曇らせた。
「“終焉の会”じゃな」
「終焉の会?」
「宗教団体じゃ。世界的犯罪者たちを"悪魔"と呼び、神による救済を説いておる」
アリスは演説を見つめながら続ける。
「炊き出しや孤児保護、医療支援なんかも積極的にやっておってな。悪魔による被害を受けた地域や人にはかなり支持されておる」
「へぇ……宗教とはいうけど、慈善団体みたいじゃないか」
「まぁの。ただ、思想はかなり極端じゃ。熱心な信者も多い」
その時。
演説していた男の視線が、一瞬こちらを向いた。
妙に鋭い目だった。
だが男はすぐ穏やかな笑みに戻り、再び演説を始める。
「恐れてはなりません! 神は必ず人類を導いてくださる! すべては神の名のもとに!」
恒星は無意識に足を止める。
――終焉。
救済を語るには、不自然な言葉だった。
「……行くぞダーリン。あまり関わらん方が良い」
アリスがそう言って歩き出す。
恒星はもう一度だけ演説の方を振り返り――そして、何となく胸に引っ掛かるものを覚えながら、その場を後にした。
数分後。
博物館にたどり着く。
到着した瞬間。
「こっちじゃ!」
アリスが勢いよく走り出す。
「お、おい!」
慌てて後を追う。
「さっき“一人になるな”って言ってたのアリスだろ……」
「仕方ないのじゃ!」
アリスは目を輝かせている。
「妾は考古学が好きなのじゃ。ここには歴史的価値の高い物が大量にある! 考古学者にとって夢のような場所なのじゃ!」
周囲を見れば、研究科の生徒らしき者達も興奮した様子で展示を見て回っていた。
どうやら、この博物館はかなり有名らしい。
展示説明は英語表記だったため、恒星達は再びACを起動する。
すると展示横へARウィンドウが展開され、サポートAIによる解説が始まった。
しかも、ただ翻訳するだけではない。
展示物が使われていた時代の様子まで立体映像で再現される。
原始時代の大地。
古代文明の都市。
滅びた戦場。
映像はまるで、その場へ直接入り込んだかのような没入感を伴っていた。
「ダーリン、これを見てくれ」
アリスが指差した先には、人類の頭蓋骨標本が並んでいた。
「こちらが一万年前の新人。そっちが二十万年前の旧人。そしてあっちが百五十万年前の原人と、四百万年前の猿人じゃ」
「……それで?」
「何じゃその薄い反応は!」
アリスが本気でショックを受けていた。
「もっとこう、“おおーっ!”とかあるじゃろ普通!」
「いや、急に骨見せられても……」
アリスは呆れたようにため息を吐いた。
「まぁ良い。一応聞くが、ダーリンは人類誕生の歴史についてどの程度知っておる?」
「学校で習う程度かな」
(そもそも、この世界と元の世界で歴史が同じとも限らないしな……)
下手に知ったかぶりをするのは危険だった。
「では問題じゃ」
アリスがニヤリと笑う。
「最初の人類はどれじゃ?」
恒星は、とりあえず猿人を指差した。
「学校ではそう習う。じゃが、実際は違うらしいのじゃ」
「違う?」
「四百万年前より遥か以前――既に“人”は存在していた」
アリスの声音が少し変わる。
「しかも猿人のような未発達な存在ではない。現代人とほぼ同じ姿形を持ち、知性は我々を遥かに超えていたと言われておる」
「……それが先人類?」
「うむ」
アリスは静かに頷いた。
「だが彼らは、四百万年前を境に忽然と姿を消したとされておる。まるで猿人と入れ替わるようにな」
「消えたって……何で?」
「それが分からぬから浪漫があるのじゃ」
アリスは楽しそうに笑った。
「妾はこれから先人類の骨を見に行くが、ダーリンも来るか?」
「もちろん、お供します」
奥へ進むにつれ、人通りは減っていった。
やがて辿り着いたのは、厳重な警備が敷かれたエリアだった。
警備員へ何かを提示すると、アリス達は中へ通される。
「ここは?」
「VIPルームじゃ。一般公開できぬレベルの貴重品が保管されておる」
中には古代文明の遺物らしき物が並んでいた。
黒曜石にも似た金属片。
用途不明の機械。
現代技術では再現不可能と言われる素材。
だが恒星には、その価値がいまいち分からない。
結局、アリスの後ろを付いて行く。
そして。
「――これが先人類の骨じゃ」
展示されている骨。
一見すると、現代人とほとんど変わらない。
だが。
(……何だ?)
見た瞬間。
胸の奥がざわついた。
頭が妙に熱い。
呼吸が浅くなる。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく聞こえた。
気付けば恒星は、吸い寄せられるように骨へ近付いていた。
「ダーリン?」
アリスの声が遠い。
「待つのじゃ! 展示物には――」
止める声も届かない。
恒星の指先が、骨へ触れた瞬間。
視界が暗転した。
(……何だ、ここ)
次の瞬間。
恒星は、全く知らない場所へ立っていた。




