53.ウルフに誤解を与えてしまったようです
それからしばらく、僕達はその場で休んでいたのだが、ウルフはずっと僕達のそばに居続けた。
別にもう誰もウルフを拘束したりしていないし、自由にどこかに行けばいいのにね。
「かわいいですね、このウルフ。ずっとアークさんの事を見ているみたいですよ?」
「確かにね。……さっき、つい食べ物あげちゃったけど、それがいけなかったのかもなぁ。もうないって言ってるんだけど……」
「でもウチもテイニーはんもあげたで? でもアークはんの事をずっと見とる。きっとアークはんの事を気に入ったんちゃうか?」
気に入った、か。
でもあいにく、僕にはウルフを従える程のカリスマ力は持っていない。
ヴァルドの話によれば、今の僕の余剰カリスマ力は7だけ。
対してこのウルフを使役する為に必要なカリスマ力は50である。
すなわち、43もカリスマ力が足りないのだ。
僕が今使役している魔物はみんなEランク魔物だし、その中でも低カリスマで使役できる子ばかりだから何とかなっていた。
でもウルフはDランクの魔物だ。
だから使役したくても当分の間は使役ができず、連れて行く事はできないという事になる。
ちなみにテイニーの余剰カリスマ力は5とのこと。
メルにもカリスマ力はあるようだが、その数値は18だとか。
つまり誰もこのウルフを使役できるだけのカリスマ力を持ち合わせていない。
「ヴァルドに見てもらったんだけど、僕も含めて、この中の誰もウルフを使役する為に必要なカリスマ力は持っていないんだ。だから連れて行く事はできない」
「そうなんですか。それは残念です。とってもかわいいのに……」
「そやな……。でもいくらかわええとは言っても、やはり野生の魔物である事は変わらん。使役できなければやはり危ないのや」
誰にも縛られない野生の魔物。
かつてのレクなど人間に友好的な種族は野生でも例外的に人間の町に溶け込んではいるが、その他の種族はまず使役しないと町に入れられないとされている。
攻撃性が高かったり、知性が低かったりで、町での生活を一緒に送るには色々と支障がでるからだ。
そしてウルフという種族もそんな使役しないと町に入れられない種族のうちの一つ。
残念だけど、僕達はこのウルフを連れて行く事はできないのだ。
……そろそろ僕達はここを移動する事にしよう。
あまりもたもたしていると、もう一泊野宿回数が増えてしまうからね。
できれば今日中に港町ティズまで到着してしまいたい。
ここで、ウルフとはお別れだ。
僕達は荷物をまとめてから、移動を開始する。
するとウルフはついてこようとする。
やっぱり、食べ物をあげてなついてしまったんだろうか?
でもここは強く断らないと。
どちらにせよ、途中まで付いてくることを許したとして、町までは一緒に入る事ができないから、そこでお別れとなる。
長くいても別れが辛くなるだけなのだから。
「ウルフくん、付いて来ちゃダメだ」
クゥーン……
ぐっ、やはり断るのは心が痛むな。
でもそう言ってウルフを諦めさせようとしても、やはりウルフは付いて来ようとする。
走って距離を離そうとしても、今度は走って追いつこうとしてくる。
僕達が走る速さよりもウルフの方が断然速いからあっという間に追いつかれてしまう訳で。
……ここは、もっとはっきりとした言い方をした方が良さそうだな。
「よし、分かった。ウルフくん、君にチャンスをあげよう。チャンスをものにできたら、僕達に付いて来てもいい。だけど、ダメだったら、きっぱりと諦めるんだ。いいね?」
……ガゥッ!
「良い返事だ。さて、そのチャンスの内容は――僕の従魔、ゴンに勝つ事。それができれば付いて来ても良い。どうする?」
ウルフは僕の声を聞いた後、ゴンの事をじっとみつめる。
ゴンはウルフの視線など、どこ吹く風で、全然関係ない方向をぼーっと見ているが。
ウルフはしばらくすると、こくんとうなづいた。
「それは肯定とみていいね? それじゃ、早速始めよう。みんな、ちょっと下がってて」
僕の言葉を聞き、テイニー達は僕から距離を置く。
さて、これで準備はオッケーだ。
「じゃあウルフくんから先制してくれていいよ」
ウルフは僕の声を聞いても戸惑った様子を見せている。
まるで本当に攻撃しても良いのかどうか迷っているような……。
その様子を見たゴンはこちらの方をちらっと見て、どうするのかたずねるような仕草を見せる。
「それならゴンから攻撃をして。ただ、実力差を見せつけるだけでいい。決して致命傷は与えないように。できるかい?」
「…………任せろ」
ゴンは僕の意思を確認すると、すぐさまウルフの背後へと回った。
目の前から急にゴンの姿が消え、戸惑うウルフ。
そんなウルフに対し、ゴンは棍棒を振るい、ウルフは地面に倒れる事となった。
ゴンの一撃を受け、立ち上がれないウルフ。
どうやら勝負はあったようだ。
「……ウルフくん、申し訳ないけど、こういう事なんだ。だから君を連れて行けない。申し訳ないけど、諦めてほしい」
僕がそう言うと、ウルフの目には涙が浮かんでいるように見えた。
気のせいだろうか?
だけど、僕はそれからはウルフの方を振り返らず、置いていくようにその場を後にした。
振り返れば、ここまで言った意味が全くなくなってしまうような気がしたから。
「ええのか、アークはん? あんな別れ方をして?」
「……うん。これ位しないと、あのウルフくん、ずっと付いて来てしまうような気がして。それじゃ後々もっと辛くなると思うんだ」
「……そうですよね。ずっと一緒にいたら、それだけ別れが辛くなる。わたし、その気持ち、分かります」
「そうだニャ。あっしもテイニーともう会えないと思うと、胸が張り裂けそうになったニャ。きっと長く一緒にいたら、あのウルフとの別れもそれ位辛くなるニャ」
ずっと長く一緒にいると別れが辛くなる。
長くいると、それだけ愛着が湧くだろうし、その分だけ別れが辛くなるという事だ。
だからまだ出会って間もない今であれば、その辛くなる度合は少ないだろう。
僕達は、振り返らずにひたすら歩き続けた。
そして、しばらく歩いた後、振り返ってみると、そこにはウルフの姿はなかった。
どうやら、さすがに諦めてくれたらしい。
あの感じのダメージなら、少ししたらきっとウルフは立ち上がれて、問題なく行動できるだろう。
そしてここは比較的辺りの魔物も弱い事だし、ウルフ一体でも生き延びる事ができるはず。
ウルフにはここで達者に生きてほしいものだ。
「どうやらアークはんの意思が伝わったようやな」
「……うん。良かった。これで、良かったんだ」
「辛いですよね……。すいません、こんな事になるなんて、わたし、全然想像できていなくて……」
「あっ、いや、テイニーは気にしなくていいんだよ。元々僕達は野生にかえす為にウルフを地上まで連れてきたんだ。そこに僕が勝手に情を入れてしまって辛くなっただけなんだから」
「……そう、でしょうか?」
「うん、そうなんだよ。だから気にしないで、テイニー。それよりも歩くペースを早めないと、もう一泊野宿しないといけなくなるよ? 何だかんだあって、僕達、結構進むペースが遅くなっているからね」
「……そ、それは大変です! アークさん、急ぎましょう!」
慌ててそう言うと駆けだすテイニー。
しかし、全然違う方向へと走っていくので、すかさずリザがテイニーの所まで追いかけていって、進行方向の修正をしに行っていた。
テイニーの方向オンチ具合は相変わらず健在だな……。
「なあ、アーク。ちょっと一旦、離れてもいいか?」
「あっ、うん。いいけど、ちゃんと合流してよ? 港町の方向に僕達は歩き続けるからさ」
「ああ、分かってる。町に着くまで位には合流するから心配すんなって」
そう言うとヴァルドは空高く飛んで行ってしまった。
一体何をしたいんだろうな、ヴァルドは。
こういう時にどこ行っているのか少し気になったりする。
……まあ、町に着くまでには合流するって言っているし、僕達はそのまま町を目指せば良い話だろう。
僕達はひたすら歩き続けた。
町までは思いのほか距離があったようで、日も暮れかけた頃、ようやく町の近くまでたどり着く事が出来たのだ。
「あーやっと着きそうですね……。長かったです……」
「これで何とか野宿は回避できそうだニャ、アーク?」
「うん、そうだね。それはいいとして、問題はまだヴァルドが戻って来ていない事なんだけど……」
町に着くまでには合流すると言っていたヴァルド。
だが、未だにその姿は見えない。
このままじゃ合流しないうちに町の中に入ってしまうぞ?
少しペースを緩めつつ、町の門まで向かっていると、空から高速でこちらに飛んでくる何かが見えた。
そしてそれはあっという間に僕の近くまで降り立つ。
「ヴァルド、遅いじゃないか。今までどこ行っていたの?」
「すまんすまん。ちょっと気になる事があってな……。それより、ちょっとあっちでアークと話をしてもいいか?」
「あっちで話すって、別にここで話せばいい事じゃないか?」
「いいじゃねえか別に。この近くじゃ門番の視界に入るし、一人で話していたら変に思われるだろ?」
……今更何言ってんだ、ヴァルドは。
一人で話しているように見えるなんて日常茶飯事じゃないか。
別にこの距離なら話している内容なんて門番に聞こえるはずもないし。
どうして町から離そうとするんだろう。
意味が分からない。
けど、別に断る理由もないか。
「ごめん、みんな、先に行ってて。よく分からないけど、ヴァルドが僕に何か話したい事があるらしいんだ」
「そうなんですか? 何を話したいんでしょう?」
「……テイニーはん、ここは素直にウチらは町に行く事にしようや。早くゆっくり休みたいやろ?」
「それはそうですけど……アークさん、大丈夫ですか? 先に行っていても?」
「うん、問題ないよ。できれば町の入口付近で待っていてくれると助かるかな」
「はい、分かりました! それではそのようにしておきますね!」
言葉を交わし終わると、テイニーやメル達は町の門の方へと向かっていった。
僕や僕の従魔達だけが、ヴァルドが指定した方向へと移動していく。
「一体こんな所に呼び出して何のつもりだよ、ヴァルド?」
「まあ見ていれば分かるさ。……もうそろそろ着いている頃だと思ったんだが、意外と遅せえな。おっ、あそこを見ろよ、アーク!」
ヴァルドが指さした先には、深紅に染まった毛に覆われたウルフがいた。
もしかして、あのウルフは……!?
「ヴァルド、もしかしてさっき僕達から離れていたのって!?」
「ああ、あいつの様子を見ていた。そしたらあいつ、強くなる為にひたすら努力していたんだ。その結果、返り血を浴びまくって、まるで赤い毛で覆われたウルフのようになっちまったって訳さ」
返り血を浴び過ぎて毛の色が変わる……。
どんだけの魔物を倒してきたんだ、あのウルフは。
それに、どうしてこんな事を!?
「ウルフ、なんでそんな事をしたんだろう?」
「まさか気付いていないのか、アーク? お前があいつの事を弱いと言って突き放したんだろうが。だからあいつは必死に努力した。お前に認められる実力を手に入れる為にな」
「……えっ? いや、僕はそんなつもりで言ったんじゃ……」
僕は自らの言動と行動を思い返してみる。
すると確かに、そんな感じに捉えられなくもない事に気付いた。
……ええっ!?
何か余計にややこしい事になってきているんですけど!?
どうするんだよ、この展開!?




