店員さん
鈴がもう一度鳴った。
開いたガラス戸から冷たい風が入り、レジの横に吊るされた菓子の袋がかすかに揺れた。
お父さんだった。
私と目が合うと、お父さんの口が少し開いた。
怒鳴られる。
けれど、お父さんは店員さんに目を移し、笑った。
「いやあ、よかった」
家では聞いたことのないほど穏やかな声だった。
お父さんが近づいてくる。店内にはほかに客がいない。蛍光灯の下に値札の束が積まれ、その向こうで古い冷蔵庫が唸っていた。
「すみません。娘がこちらへ来ていたんですね」
店員さんは値札を貼る手を止めた。親指の腹に赤いインクがついている。
「ええ、今いらしたところですけど」
「トイレに行ったきり戻らなくて。腹が痛いと言っていたので、心配で探してたんです」
「そうでしたか」
「お騒がせしてすみません。ほら、梨央も謝って」
「……すみません」
お父さんが笑った。
「ほんと、困った子で」
店員さんは小さく頷き、値札を一枚剥がした。
その音を聞いているあいだに、お父さんは私の前に立った。
「帰るぞ」
出口へ行くには、お父さんの横を通らなければならなかった。
私は足を動かせなかった。
店員さんが値札を置いた。
「あら、怪我してるじゃない」
視線の先で、破れたズボンに血が滲んでいた。
「トイレで転んだみたいで」とお父さんが答えた。
「痛くない?」
首を振りかけた。膝はまだじくじく痛んでいる。
お父さんが私を見た。
「……大丈夫です」
「消毒ぐらいした方がいいんじゃない?」
「車に救急箱があるので、大丈夫ですよ」
「そうですか」
店員さんは頷いた。けれど、値札には手を伸ばさなかった。
「お腹は?」
「はい?」
「お嬢ちゃん。お腹が痛かったんでしょう?」
お父さんが私を見る。
「……もう、痛くないです」
「よかったですね」
「ええ、本当に」
お父さんも笑った。
店員さんは値札の束を指先で揃えていた。もう貼ってはいない。
服の内側で、便箋の角が肌に当たった。
警察を呼んでください。
私は息を吸った。
「あの」
店員さんが顔を上げた。
「はい?」
お父さんもこちらを見た。
私は服の裾を握った。
「どうしたの?」と店員さんが聞いた。
「……あの、その」
お父さんの手が肩に置かれた。
「何か買いたいのか?」
指が肩の骨に食い込んだ。
店員さんはレジの向こうにいる。目が合っているのに、何も言えなかった。
「お腹が空いてるんだろ。さっきから何も食べてないもんな」
お父さんは私の顔をのぞき込んだ。
「そうだろ?」
私は頷いた。
「さあ、戻ろう。弟たちも待っていますから」
お父さんは店員さんに頭を下げた。
頭を下げているあいだも、肩の指は離れなかった。
「でも、膝から血が出てますよ」
「お気遣いなく。もう出ますので」
お父さんは私を棚の陰へ寄せた。
レジが見えなくなった。
お父さんの声が低くなった。
「手紙は?」




