上機嫌なお父さん
高速道路を降りると、道は山の斜面に沿って何度も曲がった。畑の石垣の上には柿の木が並び、枝先の橙色が右の窓から消えたかと思うと、次のカーブでは左に現れた。
菜々は実を見つけるたびに「りんご」と呼んだ。晴は最初こそ「柿だよ」と直していたが、途中から一緒にりんごの数を数え始めた。私も菜々がまだ見つけていない木を探して窓に顔を近づけ、「りんご!」と声を上げた。
菜々は得意そうに笑い、晴は「姉ちゃんまで」と呆れた。
最初の道の駅には水車と足湯があった。水車はゆっくり回っているのに、羽根から落ちる水は勢いがよかった。石を打つ音が途切れず、足湯の湯気が日差しの中を薄く流れていた。お父さんはいつも休憩を十分以内で切り上げる。ところが今日は自分から足湯へ行こうと言い出した。
「時間、大丈夫?」
「今日は急ぐ旅じゃない」
お父さんは靴下を脱いで悠の隣に座った。仕事から帰ったお父さんの足は、いつもひどい臭いがした。悠が鼻をつまむと、お父さんは脇腹をくすぐって笑わせた。お母さんは靴を脱いだものの、湯には入らず縁に腰かけていた。
晴が自動販売機で瓶入りの牛乳を買うと、お父さんは残りの五人の分まで買ってくれた。
「こんなに買っていいの?」
「今日はなんでもいいんだ」
「じゃあ、あとでソフトクリーム」
「食べよう」
「海で貝殻も拾う」
「拾おう」
私も足湯に入りたかったが、菜々の靴下が片方見つからなかった。菜々は私が探しているあいだ、片足だけ湯に入れて笑っている。もう片方の靴下はぬいぐるみの首に巻いてあった。自分でやったくせに「見つかった」と喜ぶのだから、怒る気にもなれない。
ようやく靴を脱ごうとしたところで、お父さんが私を見た。
「梨央は、楽しくないのか?」
「楽しいよ」
「そうだろ。父さん、頑張ったんだ」
「うん。ありがとう」
お父さんは満足そうに悠の頭を撫でた。私は靴紐から手を離した。
お父さんの返事が早いほど、私は落ち着かなくなった。いつもなら、ソフトクリームは昼食のあと、貝殻は荷物になるから三つまで、と条件をつける。今日のお父さんは一度も断らない。そのかわり、私たちがどれほど喜んでいるかを確かめようとした。
お母さんは売店で観光パンフレットを一枚取った。海沿いの道が線で結ばれ、端に「三ツ瀬岬」と印刷されている。
「そこに行くの?」
「ええ」
「ホテルもそこ?」
お母さんは答えず、パンフレットを私のノートに挟んだ。
「梨央。下の三人を見ていてね」
「いつも見てるよ」
「……そうね。いつも助かってる」
お母さんは私の髪を耳の後ろへよけた。指が冷たかった。
車へ戻る前、お父さんは近くにいた男性に頼み、六人並んだ写真を撮ってもらった。画面を確かめたあと、もう一枚撮ってほしいと言った。
「誰か写ってなかった?」
「菜々が目をつぶってた」
けれど菜々はちゃんと笑っていた。お父さんが二枚目を頼んだのは、自分の顔が気に入らなかったからかもしれない。最初の写真ではお父さんだけが口を閉じていた。
国道へ戻ると、お父さんは私たちが小さいころよく聴いた歌を流した。晴は子どもっぽいと嫌がり、悠は歌詞を間違えたまま大声で歌い、菜々は同じところを何度も歌い直した。
お父さんは声を合わせなかった。ハンドルの上に両手を置き、私たちが歌っているあいだ、ときどきルームミラーを見ていた。




